記録39 勝ちたいんだよ
お昼休憩になったので、リザシオンは沢山作ってきたアップルパイを配っていた。
「わ〜!アップルパイだ!え、もらっていいの?ありがとう〜!」
クローチェの満面の笑みが見れてリザシオンもニコニコだ。
そんな時、リザシオンの背後で何やら圧を感じる……。そっと振り返ってみれば、そこにいたのは、クローチェの従兄のアルジェントだ。
「わ、アルジェントさん!ど、どうしたんですか?あ、アップルパイどうぞ」
アップルパイを渡せばアルジェントは受け取る。
「お前、クローチェのこと好きなんだってな」
「え……一体誰から!?」
アルジェントはムスッとした表情で後ろの方にいるココを指さした。
「勇者君、知ってる?アルジェント様も姫様のことめちゃくちゃ好きなんだよぉ」
いたずら好きなココはそんな情報まで教えてくれた。
「え、そうなんですか?で、でもクローチェに向かってチビとかノロマとか姫の威厳ゼロとか……め、めちゃめちゃ酷いこと言ってたのに……?」
リザシオンは信じられないといった表情でアルジェントのことを見てしまう。
「照れ隠し、だよね〜。でも、好きって気持ちは隠すなんてもったいないよー。ねぇ、リザシオン」
ひょこっとリザシオンの隣に現れたのはフォルティだ。
ギラギラした目でリザシオンとフォルティを見るアルジェント。フォルティは気にせず微笑みを浮かべている。
よく考えてみれば、フォルティもクローチェのことを気に入っている。リザシオンもクローチェが好きで、アルジェントもクローチェが好き。
(あれ、もしかして青組ってとんでもないメンバーが集まってる?)
今さらそんなことに気づいたリザシオンであった。
「あそこの男子達、何やってんの?」
「な、何だか、空気がピリピリ、してますね……」
「作戦会議とかじゃない?」
ミーチェ、ルナーリア、クローチェは仲良く一緒にランチを食べていた。
お昼休憩が終わり、午後の部開始だ。
午後の部、最初の競技は玉入れである。
「よっしゃー!投げて投げて投げまくるぜ!」
「投げまくっても籠の中に入らなければ意味がありませんよ」
フィクの冷静なツッコミは完全に無視してアガットはやる気満々だ。
ぴぃ〜と笛がなり、赤、青、黒の玉が一斉に籠にめがけて投げられる。
「よし、次の玉っ!って冷たぁああ!?」
アガットが思わず手にした物を投げ捨てた。
よく見れば、氷の玉である。あちこち黒組の陣営内に氷の玉が紛れていた。
「こんなことする奴は……!!」
バッと赤組の方を見れば、氷の魔法の使い手、ミーチェがニヤリと笑っていた。
「クソッ!ミーチェめ!」
アガットは氷の玉をミーチェに投げつけようとした。しかし、ガシッと肩を掴まれる。振り向けば、フィクが立っていた。
「アガットさん、もしうっかり姫様に当たったらいけないでしょう?」
「で、でもさ!ミーチェのやつ妨害してきたんだぞ!?このままとか嫌すぎる!!」
そこで何故かフィクはフッと笑った。
「大丈夫です。ちゃんとやり返します。そして姫様には危険がないように」
アガットが「ど、どうするんだよ」と聞くと、フィクはパチンッと指を鳴らした。
すると、びゅおおっと強い風が吹く。ミーチェがいる赤組陣営に向かって。
「わわわー!?玉が転がっていくー!」
コロコロと風に吹かれて転がっていく玉を追いかけてわちゃわちゃする赤組のメンバー達。
「おお……すげえ!!」
アガットは目をキラキラさせてフィクの方を見た。
「さ、気を取り直して玉入れ再開ですよ」
フィクは不敵な笑みを浮かべていた。
その後の競技も、やりたい放題妨害仕返しと、ドタバタしつつも誰も大怪我することなく順調に進んでいた。
「むむむ……」
クローチェは得点が書かれたボードの前に立っていた。
僅差で青組……リザシオン、アルジェントのいる組が優勝候補となっていた。
「あ、姫様みーつけたっ」
クローチェの後ろにやってきたのは、優勝候補青組に所属しているココだ。
「ココ!すごいね、青組。お昼休憩の時にやっぱりすごーい作戦会議してたの?」
「作戦会議?そんなことしてないよぉ。そうだ、もうすぐ最後の競技、リレーがあるよね~」
「リレーに勝てば、私達赤組が勝てるんだよね〜。うう〜何としてでも勝ちたいっ!」
クローチェがそう言うと、ココがにぃっと笑った。
「姫様にいいこと教えてあげるっ」
「ひぇえ……青組の皆さん、は、速いです……それに緊張感がすごいです……」
ルナーリアがビクビクしながらリレーの様子を見ていた。
「なんで青組があんなに緊張感ヤバいか知ってる〜?」
しれっと赤組陣営の席に座っているココがそう聞けば、ルナーリアはふるふると首を振った。
「姫様にカッコいい所を見せたいからだよぉ。ま、主に勇者君とアルジェント様がね〜。あぁ、あとはアルジェント様が圧をかけてくるんだよね。絶対に勝てよ〜って!」
「な、なるほど……それが青組の強さ、なのですね」
「クローチェの順番、まだかな~」
前半にサクッと走ったフォルティがクローチェの姿を探している。
何も言わないがアルジェントもクローチェの姿を探していた。
「アルジェント君〜、顔怖いよ~。眉間にシワよりまくりだよ」
「黙れ」
「あぁ、ごめんね。君っていつもそんな顔してたもんね」
「殺すぞ、ひょろひょろ吟遊詩人」
「君、顔怖いし、身長も高いから女の子に怖がられそう〜。特に小柄な子から」
「叩き潰す」
アルジェントが拳を握った瞬間、リザシオンが慌てて飛び出す。
「わー!喧嘩ダメ!」
「お前も叩き潰す」
「え、えええ!?」
リザシオンが青ざめたその時、同じ青組の魔族が駆け寄ってきた。
「アルジェント様〜勇者君、そろそろ準備した方が良さそうだよ!」
リレーもいよいよ終盤。青組優勢は変わっていない。
アルジェントがさらに差をつけて、アンカーのリザシオンにバトンを渡す。
バトンを渡される時、すごい睨まれた。
アルジェントは何も言ってなかったが、『絶対に勝て。勝たないと殺すぞ』と思っているのがリザシオンに伝わった。
(と、とにかく頑張るぞ……!このまま全力で走れば絶対に勝てる!)
リザシオンが自身を鼓舞していると、ある音が聞こえた。
足音だ。
リザシオンはチラッと後ろを見る。
「え、クローチェ!?」
「びっくりした?私、走るの好きだし得意なの!!」
アルジェントのおかげで差がかなりあったはずなのに、既にクローチェが迫っていた。
(うう〜どうしよう!勝ちたい、クローチェにカッコいい所見せたい!でも、クローチェが負ける姿を見るのツライ……!あークローチェ可愛い!目をキラキラさせて走ってる!!)
リザシオンの走るスピードを少し落ちてしまう。
クローチェはニヤリと笑った。
リレーが始まる前、ココが教えてくれた『いいこと』というのはこれだ。青組のアンカーはリザシオンだという情報。
「どっちが勝つかしら」
魔王代理はワクワクした表情でリレーの様子を見ていた。
ゴールのテープが目前に迫る。
リザシオンが先か、クローチェが先か……。
そんな時だった。
「待てぇええええ!!」
突如、後ろで叫ばれて思わず振り返る2人。
「あ、アガット!!」
黒組アンカー、アガットが2人のすぐ後ろに迫っていた。
すっかり黒組のことを忘れていた2人は動揺してしまい、走るスピードがほんの少し落ちた。
アガットは一気に加速し、転がり込むようにゴールのテープを切った。
「よっしゃああ!黒組の勝ちだー!!」
魔王城の初の運動会は黒組の勝利で終わった。
青組は負けてしまったが、リザシオンはアルジェントに叩き潰されることはなく無事でいる。そのかわり、「今度、俺と勝負しろ。その時に叩き潰す」とリザシオンとフォルティに言って魔王城を去っていった。
ミーチェとアガットも随分、魔族と仲良くなれたようだった。
魔族達と楽しげに会話している様子を見てリザシオンも自然と口角が上がった。
「アルジェントさんとも仲良くできたらいいけど……」
「そうだねぇ。彼、とっても面白いもんね」
「アルジェントさんを煽るようなこと、やめときなよ……。フォルティ、戦闘とか得意じゃないし、本当に叩き潰されそう……」
「リザシオンは本当に優しいねぇ」
リザシオンとフォルティが会話していると、他の魔族達に声をかけられる。
2人は魔族達の輪の中へと向かった。
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