記録35 職業人体験中!

魔王城内の図書館をふらふら歩くリザシオンはクローチェの後ろ姿を見つける。

リザシオンが声をかけようとすると、クローチェが後ろを振り返った。


「え、ゆ、勇者!?」

「く、クローチェ……!なんで君がここに?」

「私は職業人体験中で今、司書の仕事を……って、勇者こそ何でここにいるの!?まさか、また私達と戦う気?」

クローチェの纏う空気が殺気に満ちる。リザシオンは慌て手を振り「違う!違うから!」と声を上げた。

「ミーチェから話を聞いた!人間を襲うように魔王は指示を出してないって!僕らも真犯人探しを手伝う!今日は魔王代理の知っている情報を聞きに来たんだ。それで、今は魔王代理の会議が終わるまで待っている状態で……!」

「真犯人探し、手伝ってくれるの!?」

クローチェがそう言えば、リザシオンは力一杯頷いた。

すると、クローチェがはにかんだ笑顔を見せた。

「ありがとう、私達の話を信じてくれて」


リザシオンは思わず口元を手で覆う。

こうしていないと、口から心臓が飛び出しそうだった。

(はにかんだ笑顔のクローチェ……可愛いっ!!それに、ありがとうって!クローチェからありがとうって言われた!!)


「え、なんで勇者、口元なんか押さえてるの?まさか、体調が悪いの?」

クローチェが心配するので、リザシオンは慌て「大丈夫!元気だから!」と言った。


その後、リザシオンはクローチェからおすすめの本をいくつか紹介してもらい、二人は別れた。


リザシオンはニコニコ笑顔だった。

クローチェからおすすめされた本を読むのも楽しみだし、今日はいつもと違う雰囲気の服装のクローチェを拝見できた。

今日のクローチェは、いつもの華やかなゴスロリドレス姿ではなく、上品なクラシカルな服装だった。静かな図書館にピッタリのコーディネートである。


読書スペースでさっそく本を読もうと思ったところで、リザシオンはハッと顔を上げた。


「あ、魔王の歴史について書かれた本を読もうと思ってたんだった」


クローチェがおすすめしてくれたのは、武功を上げた魔族の伝記だ。これも十分、おもしろそうだが、やっぱり魔王について書かれた本は気になる。

リザシオンは来た道を戻って行った。



魔王関連の本が並ぶ本棚をうろうろするリザシオン。どの本にしようか迷っている。

「う~ん、クローチェに聞いてみようかな……」

そう思っていると、近くでクローチェの声が聞こえる。

どうやら誰かと会話しているようだ。

リザシオンは声が聞こえる方へと向かった。



「右から三番目にあるあの本?『低級魔族でも出来る変身魔法!』っていうタイトルの本が必要なのね」

クローチェの右肩には、白い猫が乗っている。尻尾が二又なので、猫又だ。

「そうそう~。借りたいけど、手が届かないから、取って欲しいにゃ~」

「任せて!上から2番目の棚……ギリギリ私の手が届くかな」

クローチェは目一杯背伸びをし、腕を伸ばし、目当ての本に手を伸ばす。

「姫様、頑張れにゃ~!」

猫又はゆる~くクローチェのことを応援していた。


「クローチェ、司書として頑張ってる……可愛いなぁ」

リザシオンは遠目からクローチェの様子を見ていた。

後で話しかけようとリザシオンが思った時だった。



クローチェはギリギリ目当ての本に手が届いた。

何とか指先で本を掴み、あとは取り出すだけ。

そんな時だ。

目当ての本の隣の本がモゾモゾと動き出したのだ。


ここは魔族の住む地。魔力が豊富にある国だ。いつしか書物も魔力を宿し、言語を操り、自由に動ける書物も現れた。

この図書館には、そういった自由に動ける書物も存在する。


「ウゥ、クスグッタイ!ハ、ハックシュン!!」

書物がくしゃみをした。

その反動で近くの本が本棚から飛び出し、バサバサと落ちていく。

下にはクローチェと猫又がいる。

このままでは本にぶつかってしまう!


「姫様あぶにゃいっ!!」

「クローチェッ!!」

猫又が目の前に飛び出し、後ろからリザシオンがクローチェを抱き寄せた。


ドサドサッとクローチェ達と本が床に倒れ、一瞬、ピカッと光に包まれた。



「うぅ……」

クローチェは唸る。一瞬、眩しい光を見たせいで視界がチカチカする。それに何より……

「お、重い……」

クローチェの上に何かすご~く重い物が乗っている!

目をしぱしぱさせて、クローチェは自分の上に乗っているものを見て、ギョッとした。


見知らぬ少年がクローチェの上に倒れていた。

白髪に髪色と同じ白色の猫耳。白いシャツに黒のサスペンダー。


「え、え?誰なの……?」

クローチェが困惑していると、下から呻き声が聞こえる。

クローチェは、自分がリザシオンに抱き寄せられたことを思い出した。

ハッと下を見て、またもやギョッとした。


また、見知らぬ美少女がいたのだ。


腰まである栗色の髪。真っ白のシンプルなワンピースにパステルイエローの薄手のカーディガン。


美少女がゆっくりと目を開け、金色の瞳を覗かせる。

クローチェの赤い瞳と目が合う。

すると、美少女の金の瞳がじわじわと見開く。

そして、柔らかそうなつやつやの唇から……男の声が聞こえた。


「ク、クローチェ?」


その声をクローチェは知っている。


「まさか、勇者?」


そんな時だ。

バタバタと誰かが走ってくる。


「一体何が……!?あ、無事ですか?怪我はありませんか?」

図書館の館長であるムートがクローチェ達に寄ってきた。

ムートの目とクローチェの目が合う。

すると、ムートがギョッとしたような表情になった。


「ま、まさか……その黒猫、姫様ですか?」


「……は?黒猫?」


クローチェは自分の手を見て固まった。

黒い毛に覆われている。

そういえば、周囲の皆が何だか大きく感じる。


「うぅ……姫様は無事かにゃ……アレ?ボク……」

クローチェの上に倒れていた少年が目を覚ます。

その声は猫又の声だった。

「にゃにゃ!?ボク、人間の姿になってる!?」


どうやら、クローチェ、猫又、リザシオンは姿が変わってしまった!!

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