記録 26 魔族版シンデレラ


クローチェもすっかり、ミーチェの件で忘れていたのだが、クローチェ考案の『永眠できそうなぐらい安眠が出来る寝具セット&睡眠向上の環境作り!』は成功であった。

さらに改良を加え、魔王城にある医務室で働く医者の魔族達に改良版の情報を伝え、睡眠不足などで困っている魔族達の助けになるようにした。

そんなこんなで、魔王城の工事も無事に終わり、ピッカピカにリニューアルした魔王城。

魔族達は今日もせっせと働いている…。



クローチェはフィク、ルナーリアと共に魔王城内の図書館に来ていた。

「今日は映画制作に向けて、第一回の企画会議をしま~す!」

図書館内なので、もちろん小声で喋るクローチェ。

そしてクローチェ達の側に老羊の魔族が座っていた。

彼の名前はムート。図書館の館長であり、クローチェの家庭教師でもある。クローチェが幼い頃は、人間の姿にもなっていたが、最近は、ふわもこの羊姿でいることが増えた。ちょこんと乗っている鼻眼鏡がチャームポイントだ。


「ホホ…図書館でよく借りられる作品の調査…でしたね」

ムートは、メモ帳を取り出す。

「そうそう。映画を作るにも皆が興味を持ってもらえる様なストーリーにしたいから…!ちなみに、どんな作品が人気なの?」

クローチェもメモ帳を取り出し、ペンをギュッと握る。

「そうですね…皆様がよく借りるジャンルは、伝記、歴史モノですね。ホホ…あとは武術や魔術、武器の扱い方の本は、断トツでよく借りられますね」

「魔族達の間では、娯楽と言えばお喋りか、酒か、闘うことですもんね。武術や魔術の本がよく借りられるのは納得です」

フィクがそう言って頷いていた。

「さ、最近は姫様が様々なイベントを開催するので、ま、魔族達の娯楽も…す、少し変わりつつあるような…き、気がします…!」

ルナーリアがそう言えば、ムートも、そうですね…と呟く。

「クローチェ様の影響で、食に関する本、服飾に関する本、音楽に関する本が、借りられる率が上がりましたね。ホッホッホ…色んな本を借りて新しい知識を得るのは良いことですね」

「ふむふむ…バトルシーンを入れるのはアリ…っと。食や服飾に関心を持つ魔族も増えている…音楽にも力をいれたい…」

クローチェは手帳にペンを走らせる。

「伝記や歴史の本と言うと…もしや『彼』の話ですか?」

フィクがそう聞くと、ムートは問題が解けた生徒を見るように、満足そうな笑みを見せて頷いた。

「さすがフィクさん、おっしゃる通りですよ。ホホ…魔族達の憧れの存在…『シュバル』の話はとても人気ですね」



シュバルとは、今の魔王から5代前の魔王に使えていた騎士だ。シュバルは最初から強い魔族だったわけではなかった。小型の鳥系の魔族で、弱い魔族のグループにいた為、バカにされ、いつもやられっぱなしであった。

そんなある日、たちの悪い魔族達に襲われ、ついにシュバルは大事な羽を折られそうになった。

火事場の馬鹿力と言うヤツなのか、シュバルは襲ってきた魔族全てを倒したのだ。

こうしてシュバルは、脱弱者魔族に。その後、鍛練を積み重ね、少ない魔力で効果が良く出る魔法を研究し、ついには姿を変幻自在に変える魔法を習得。巧みに姿を変えてスパイ的な活動をし、基本の小鳥の姿で素早く情報伝達をしていた。ついには魔王に気に入られる騎士となり、死後もその話は受け継がれ、今や英雄的な存在になっている。



「ホホ…鳥系魔族の間ではとても人気ですね」

ムートはチラリとフクロウの魔族であるフィクを見る。

「ふふ…懐かしいです。その話を聞いて、魔術も武術も両方極めてやる…と自身をよく鼓舞したものです」

フィクはそう言って微笑む。

「わかるなぁ~…私も小さい頃に、よくお父様やお母様にせがんで、その話を聞かせてもらったなぁ」

クローチェもしみじみと呟く。


「わ、私は…リュイさんの話がお気に入りでした…」

ルナーリアがボソッと呟く。

「リュイって…確か、一夫多妻制度が普通だった頃の魔王の側室だった人だよね?」

クローチェが魔王関連の記憶を呼び覚ます。ムートは頷く。

「ホホ…正解ですよ、クローチェ様。サキュバス族で、政治的手腕があった為、魔王様のよき支えとなり、女性の揉め事の解決はお手のものだったと言われています。ちなみにその頃の魔族達の結婚率は高く、リュイの影響だと言われていますね」

「その頃の女性の魔族達は美しさにこだわっていた…らしいですよね。リュイを筆頭に、美容系の用品が次々と開発されていたと…」

フィクがふと、そう述べる。

「一部の用品は今でも根強い人気を誇っているよね!」

「そ、そうです!今でも私達、サキュバス族では、あ、憧れの存在なんです…!そ、それにリュイさんは、音楽の才能もあったって…」



クローチェ達は、アレコレと話している内に、この魔王城で活躍した魔族達の歴史を次々と紐解いていた。



「いつの間にか歴史の授業になってたね、あはは…」

クローチェが苦笑いする。

「ホホ…クローチェ様の歴史に対する知識が確認出来て良かったです」

ムートは機嫌が良さそうに肩を揺らして笑う。

「しかし…私達の印象に残る、もしくは人気のある歴史上の人物と言うのは、かなりの割合で元々は弱者だった者が最終的には活躍し、名声を得たり、栄華を誇った人物…と言った傾向にありますね」

フィクが顎に手を添えながら、そう述べる。

「あ!そう言うのって、下克上とか言うんでしょ?もしくは成り上がり!」

クローチェが手をポンと叩く。


「ホホ…人間達はこう言ったのを『シンデレラストーリー』と言ったりもしますね」

「「シンデレラ?」」

ムートの言葉に首を傾げるフィクとルナーリア。

「シンデレラって、確か人間達の間では有名な童話だよね」

クローチェは記憶の引き出しを開ける。

「ホホ…そうです、クローチェ様。一般的にはガラスの靴で定着していますが、他のバージョンでは金の靴、銀の靴、毛皮の靴や木の靴だった場合の話もあります。ホホ、ちなみに「シンデレラ」と言うのは彼女の本名ではなく、灰被りと言う意味…つまりあだ名ですね。ちなみに、シンデレラの起源となったのはロードピスと言う女性の話が元に…」

「す、ストップ!!ムート先生、フィクとルナーリアが追い付けてないから!!」

クローチェが手をブンブンと振って、熱弁するムートを止める。



「なるほど…つまり、継母と義理の姉達に苛められていたシンデレラが、舞踏会の日に魔法使いの魔法でドレスとガラスの靴をもらい、カボチャの場所で会場まで行くと…」

フィクが情報を整理しながら声に出す。

「ぶ、舞踏会で王子様と楽しく踊って…で、でも、魔法が12時に解けるから、帰るけれど、か、階段でガラスの靴を片方落としてしまうんですね…」

ルナーリアが続きの情報を整理する。

「そうそう…そして!シンデレラに一目惚れした王子様は、残されたガラスの靴を手がかりにシンデレラを探し出す!最後は2人は結婚してハッピーエンド!」

最後はクローチェがまとめる。



まず最初にため息をついたのはフィクだ。


「本当にシンデレラはその王子様と結婚して良かったのでしょうか?」

「どうしてフィクはそう思うの?」

「ガラスの靴1つを手がかりにシンデレラを探しだした根性は認めます。ですが、一度舞踏会で少し踊っただけの相手と結婚できますか?やはり、強い人でないと不安ですよ。それこそ、10人同時に襲ってきても難なく倒せるだけの強さがないと」

フィクはギュッと拳を握り語る。

「あー…わかる。めっちゃわかるよ、フィク!!やっぱり自分より強くないとねぇ…それこそ、私の斧の一撃に耐えれない人とか無理だよ」

握りしめられたフィクの拳を手に取り頷くクローチェ。

「ホホ…まぁ、王子様に一目惚れした、というのもありますでしょうし、シンデレラは辛い立場から逃げ出す為に結婚したかもしれませんね。後は、自分を散々いじめた継母や義理の姉達を見返す為という理由も考えられますね」

ムートが補足と言った感じで口を挟む。

「何か、そう言われると納得できますが…しかし、やはり、継母と義理の姉達に一発殴ってやりたいですよね。そうしないと気が済まないと言うか…」

フィクは己の拳を見ながらそう言う。

「な、何だか、わかる気がします…な、殴るのはちょっと…アレですけど、魔法でちょっと、い、イタズラはしちゃいたい…ですね」

ルナーリアもボソッとそう呟いた。


「ホホホ…!さすが魔族と言うべきでしょうか。人間とは違い、闘争を好み、欲望のままに生きるのが魔族…。皆様の意見は実に魔族らしいです」

ムートは静かに、だけど満面の笑みを見せて軽快に笑う。

「そう考えると、同じ下克上とか成り上がりをベースにしてるけど、人間が作ったシンデレラは魔族にはあんまり受けないよね…う~ん、魔族と人間の思考の違いがここまで大きく違うとは驚きだよ~」

クローチェはうむむ、と唸ったと思うと、ハッとした顔になる。

「魔族版シンデレラ!」

クローチェの声が図書館内に響き渡る。バッとクローチェは口元を手で覆うが、時は既に遅し。慌てて仕事をしていた司書や読者していた魔族達に謝る。



「ホホ…それでクローチェ様、魔族版シンデレラとは?」

ムートは興味津々と言った様子でクローチェに聞く。

「私達なりのシンデレラを作ろうと思うの!フィクやルナーリアが言ったみたいに、王子様の強さが確かめるシーンを入れたり、継母と義理の姉達に仕返しできるシーンとかも!そう、つまり、魔族にとって理想的なシンデレラの話を作る!!」

ムート、フィク、ルナーリアはパチパチと拍手する。


「ホホ…では、映画は『魔族版シンデレラ』という事で決定ですかな?」

クローチェは力強く頷く。

「ムート先生、映画に関する資料とかシンデレラの資料を出来る限り用意してもらえる?」

「ホホ…お任せください、クローチェ様」


映画制作、本格的にスタートである。

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