第16話 いったいこの教師は何を言っているんだ!!


「…………」


「落ち着いたかね」


「先生こそ、入れ歯大丈夫なのさ」


「もう問題はない」


「…………」


 キレている相手の入れ歯が外れていた。

 あまり経験したことないだろうから、経験者として言っておくけど。……色々冷静になる光景だったね。


「掴まれた程度で外れるとか合ってないんじゃないの」


「随分と使い続けたものでな」


 これで一つ納得いったのが、昨日ずっと顎を抑えていたのは頭突きで入れ歯が外れたいたからか。なるほど、知りたくもなかった。


「話を戻すんだが」


「戻すんだ……」


 だから、こっちとしてはもう高校なんて諦めているんだから素直に退学させてくれないだろうか。

 生徒の売春問題も片付くんだからそっちとしてもWINWINなはずなんだけどなァ。


「この際だから言うけどさ。うちの親、ああ、死んでいるんだけどね」


「知っている」


「悪い人じゃないんだけどね。でも、なんというか……、物語のヒロインになりたがってたっていうかさ」


 片親で生きていけたのだって父親の生命保険があったからなわけで。思い出してみれば母親の仕事はころころ変わっていた。どうせどこでもクビになっていたんだろうさ。


「知っている」


「ああ、そう? だからさ、ってちょっと待ってよ、なんでそこまで知っているのさ」


 え。まさかそこまで調べられたっていうの?


「元教え子だ」


「え?」


「春川くんの母親は、私の元教え子だ」


「……」


「どうかしたかね」


 

 そういうことか。ああ、なるほどね。


「もう良いよ、先生……」


「何がかね」


「あたしが教え子の子どもだからなんでしょ? 助けてあげるって言ってくれるのって」


 分かってしまえばなんてことはない。

 もしかして、お母さんと何か特別な関係でもあったのだろうか。なんてそれはありえないか。

 とはいえだ。助けてと言ったからだ、とか意味不明な理由を付けようとしても結局のところはお母さんの娘だからというわけか。


 あれだけ嫌だと言いながら、くだらないと言いながら。

 結局のところ私を助けようとしてくれるのは、くだらないと吐き捨てようとした物語チックな動きというわけか? それはもうなんとも、実に。ああ、もう本当に。


「君は馬鹿か」


「ばッ!?」


 いや、否定は出来ないけどッ!

 いくらなんでもいきなりド直球なこと言わなくても!!


「教え子の娘が教え子となり、かつ生活に苦労している。なるほど、確かに物語性あふれる内容ではある。だが、それがなんだと言うんだ」


「なんだって、それは」


「いま、君の目の前にあるのは楽しい楽しい物語ではなく現実だけだろう」


「……」


「現実を見ようともせず、自分から変えようともしない者を助けるほど私は暇でもなければ力があるわけではない。ただ、動いたものを助けようと思うのはあり得る話だろう」


 ええ、と。

 つまり……。


「あたしが助けてと言ったから助けてくれるってこと?」


「初めからそう言っているだろう」


 あ。ため息つきやがったなッ!


「でも……、あたしが学校に通う理由ってお母さんを馬鹿にするためなんだけど……」


「いまどき明確な理由を持って高校に通う者のほうが少ない。他人に胸を張れない理由でも自分の中で理由として存在しているのなら立派なものではないのか」


「そういうもんかなぁ」


「知らん」


 ああ、適当に言ったのね……。

 でもそうか。立派なものか。……いやぁ、絶対に立派ではないと思うけどなぁ。


「それで?」


 何とも言えずに単純ではないだろうか。

 もしかしてこれも物語的だと人は言うのかな。でも、しっかりあたしが考えてあたしが決めた内容なんだから別に良い、のかな。


「あたしが高校に通い続けるために何をすれば良いのさ」


 いっちょ頑張ってあげますよ。

 物語のヒロインとしてではなく、現実を生きる人間として。


「私と家族にならないか」


「ふぁ!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る