第6話 この熱はきっと……

 その後、平謝りを続けるカエデちゃんに「もう大丈夫だよ」と告げて、時間も時間なので、有栖の家を後にする。


 時刻は七時過ぎ。


 この辺りは街灯もまばらなので、夜になる月明かりが唯一の光源なんてことも、ざらにある。


 歩きなれた道を通って帰ると、わが家が見えて来る。


 有栖の家ほどではないが、二百坪ほどの敷地の真ん中に古めかしい日本家屋が立っている。家以外の大半は庭と畑だ。


「ただいまぁ」


 家に帰って来るが、返事は無い。


 当然だ。この家に住んでいるのは俺と親父だけで、親父はめったに家には帰ってこない。仕事が忙しいのだ。


 と言っても、幼少期から家に居なかったわけでは無く、俺が高校生になったから、もう大丈夫だろうと、仕事に専念し始めたのだ。


 うちに母親は居ないからな。


 俺はだだっ広いキッチンに立ち、今日の晩御飯を用意する。

 しばらくして出来上がったのはそうめん。

 めんつゆと麦茶を用意して、リビングに持っていく。


 縁側に面した十畳ほどの部屋で、唯一テレビがある部屋だ。


「にしても暑いな、まだ六月になったばっかだって言うのに」


 テレビの中では天気予報士が明日は三十度越えと言っている。

 マジか。


 そう思うと、明日学校に行くのが憂鬱に……ならない。


 だって、俺は有栖と付き合い始めたのだから。人生で初彼女というだけでもうれしいのに、それが何年も片思いし続けてきた相手なのだ。


 これで嬉しくないわけがない。


 お昼ご飯とか、誘ったら一緒に食べられるだろうか。

 いつもは学校の友達と食べてるからな。

 いかん、考えるだけで頬がにやけるな。


 あーん、とか、出来るだろうか?


 出来ると良いな。


「……って言っても、それだけじゃあだめなんだよなぁ」


 お爺様に認めてもらう方法も考えなくては。

 明日、有栖に会ったらもう一度話し合わないとな。


 そう思い、ちゅるっとそうめんを啜った。



  ◇



 飯を終え、風呂から上がるとスマホが何やら通知を知らせていた。

 見ると、有栖からの不在着信が一、二、三……計六回。うわ、全然気づかなかった。


 普段電話とかしてこないし、全く意識してなかった。

 慌てており返してみると、ワンコールで有栖に繋がる。


「もしも——」


『ど、どうして出ないのかしらぁ!? も、もしかして浮気とか……それとも嫌いに……?』


「いやいや、ちょっと待って。普通に風呂入ってただけで、そんなことは無いから!」


『ほ、本当かしら?』


「あぁ」


『……』


「……えっと」


『……』


「……俺、有栖のことが好きだから、そんなことは無いよ」


『……っ! お、おーっほっほ! そうよね! そうよねぇ! 全く総一は——「お嬢様うるさい!」——ま、まったく総一ったらぁ』


 電話越しにカエデちゃんの怒鳴り声。

 確かにもう九時だしね。


 声がちっさくなった有栖だが、それでも分かるほどに彼女は上機嫌だ。


「ったく、これだけ言ってるのに何で浮気とか嫌いとかって話になるんだよ」


『そ、それは……だって……電話して、何の反応も無かったから、その……不安になって』


 むぅ、そんなしおらしいことを言われたら何だか悪いことをした気分だ。


「確かにそうだな。ごめん、有栖」


『……だめ、許さないわ』


「えー」


『許して欲しい?』


 その声音は怒っているようには聞こえない。むしろ嬉々としている。


「許して欲しいな」


『おほほっ、しょうがないわね。それじゃあ、明日のお昼、空けといてね』


「え?」


『一緒にお昼を食べてあげるから』


「……」


『な、何か言いなさいよ』


 ハッ、あまりにも嬉しすぎる誘いに思わず昇天しかけた! それでもってまた不安にさせちゃったよ。

 という訳で、俺は誘いの了承と不安にさせた謝罪も込めて、有栖に告げた。


「有栖、大好きだよ」


『~~~っっ!』


 悶絶する声が電話越しに聞こえた。



  ◇



 翌朝、俺はいつも通りに家を出る。


「ふわぁ。ねみぃ」


 結局あれから有栖と夜遅くまで電話したため、寝不足だ。


 有栖が電話してきた要件も、声を聴きたかったでしょう? と、上から目線に行っているが、要はお話ししたいという、何とも可愛らしいものだったので、つい長話してしまったのだ。


 いつも通りバス停に向かうと、見えてきたのはぼろいバス停。


 木製のベンチと屋根があり、周りを壁で囲われている。僅かに隙間風があるので、外に居るよりは中の方が涼しい。


 バスが来るまで約十分。


 ベンチに腰掛けていると、足音。

 この時間、このバスを使うのは俺ともう一人しかいない。


 そのもう一人が、顔を見せる。


「おーっほっほ、おはよう。総一」


「おう、おはよう有栖」


 満面の笑みを浮かべる有栖は朝から元気だ。——いや、少し眼をしょぼしょぼさせているところを見ると、少し眠たいのか。


 有栖は俺の隣に座る。拳ひとつ分空けて。


「ちょっと距離を感じる」


「……み、密着なんて、まだ早いわ」


「うそん」


 その表情を伺うと、真っ赤にしていた。あっ、恥ずかしいだけか。

 だからと言って、無理やり近付くのも気持ち悪い。


 彼女が恥ずかしいのなら、慣れるまで待てばいいか。


 そうしてぼーっとバスを待っていると、不意に肩に重さを感じた。

 視線を向けると、有栖が俺の肩に頭を乗せている。


「——っ!?」


 驚きつつ、気付く。


「すぅ、すぅ……」


「ね、寝てる?」


 いや、まぁさっきまで恥ずかしがってたのにいきなりどうして、と思ったけれど、寝てるだけか。


 うん……良い匂いがする。


 頭が乗った肩が温かい。というか、熱い。

 何だこれ。顔も熱くなってきた。


 いかん、のぼせる。

 いや、おそらくは、もうのぼせてる。

 

 恋愛に——。

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幼馴染の高飛車お嬢様と付き合い始めたが、めちゃくちゃ可愛い。世界一可愛い。 赤月ヤモリ @kuropen

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