第4話 勇者の伝説 3

ラキたちが戻ると、部屋の中にいたはずのヤナギラが出てきていた。

横穴から出てくるゴブリンたちを、斧で順に殺していっている。

人ならば通れるのは1人ほどの大きさの穴だが、小さなゴブリンとなるとその限りではない。

足元のゴブリンを叩き斬っている間にも、上部から別のゴブリンがゴキブリのようにぞろぞろと這い出てきていた。

部屋の中は暗く奥の様子は分からなかったが、あの中だけでこれだけの数が潜んでいたとは思えない。

おそらくここからまたどこかに繋がっているのだろう。

1度は一掃したはずの場所が、さっきよりも多くのゴブリンで溢れてきていた。


これこそがゴブリンの恐ろしさだった。

1匹2匹の虫なら払えても、大群となると手に負えなくなり餌食となる。

1匹を見て弱いと判断してはならないのだ。


もはやこれ以上中へ入って村娘を連れ出すのは無理だろう。

ここは1度撤退するのが得策だと戦闘に慣れた者たちは判断したが、村娘を救い出すという使命感に燃え、初めての戦闘に高揚する若きヨタが、短剣を闇雲に振り回し横穴から出てくるゴブリンたちに向かっていってしまった。

こうなっては、否が応にもラキも援護に加わらなくてはならない。

ヨタの傍に立ち、彼を庇うようにゴブリンを振り払う。

武器を持たないアイクもこちらに加わろうとしたが、無駄に死人を出すことはない。

命令を出すまでその場を動かぬよう言いつけた。


ルイティは、今自分の持つ物の中で最も効力があるであろう松明を構えた。

とは言え、先ほどこの付近に火薬を撒いてあるので、下手に火の粉を飛ばして自分たちまで爆破に巻き込まれては意味がない。

松明は飽くまで牽制に過ぎなかった。

そのままアイクのいる辺りまで離れ、クロードがそこへゴブリンを近づけさせないよう防いでいたが、天井から壁側から向かっていく全てを止めることは出来なかった。


じりじりと用心深くルイティとアイクの方へ近付いていっていたかと思ったら、1匹が飛びかかったのをきっかけに次々と襲ってきた。

前に立つアイクの大きな体が見えなくなるほど纏わりついてきて、剥き出しの肌を見つけては尖がった歯を突き立てようとしている。

ルイティが松明の火を直接押し付けて追い払っていたが、天井を這っていた1匹がそのルイティに向かって歯を剥き出しにして喰らい付こうと飛びかかってきた。


咄嗟にヤナギラが短剣をそのゴブリン目掛けて投げると、それは頬に突き刺さりそのままゴブリンを壁にぶら下げる形で縫い止めた。


「チッ」


目前のゴブリンを鉄靴で蹴り飛ばした。

思わず武器を1つ手放してしまった。

あの1匹だけを仕留めたところで意味がないものを。



さらにぞろぞろと近付いていくのを目にしたヤナギラとクロードが、自分に纏わりついてくるゴブリン共を振り払ってルイティの元へ向かおうとした時、異様な光景を目にした。


ゴブリンの群れが一斉に、まるで腫れ物に触るかのようにルイティから離れていくのである。

松明の火でも恐れなかったというのにだ。

奴らの視線は、ルイティの胸元へと注がれていた。


ユリアの加護だ」


竜の爪で出来たペンダント。

人間よりも本能で行動するゴブリンが、自分より遥かに強い種の気配を感じて恐れ戦いているのだ。


「王子様、そんないいもん持ってたんなら早く言ってくださいよ」


ヤナギラはひょいと身を躱してルイティに近付き肩に左腕を回すと、まるでルイティを盾にでもするかのようにして横穴の近くへ戻ってきた。


「貴様!殿下に対して何という失礼な!この恥知らずめが」


クロードの怒声など気にもならないという風に、ヤナギラは横穴の中へルイティを連れていこうとしている。


「いやいや。だって、これが最善策っしょ。心配ならクロードも来いって。あ、これ危ないから持ってて」


ルイティの持っていた松明をヨタに渡す。


「領主さんたちも入って村娘たちを運び出してください。王子様は何もしなくていいっすよ。いてくれるだけで充分ですから」


盾か御守りかのような扱いにルイティは憤然としたが、実際に自分が他に出来ることがないので、そのまま大人しくしていた。



中へ入ると、これまでとは比ではない咽せるような生臭さとじめじめとした空気に吐き気を催しそうになった。

真っ暗で何も見えないが、多くの何かがいるのは分かる。

ヤナギラはこの状態でも本人の言うとおり見えているらしく、ラキとアイクに合図を出して手早く残り3人の娘を運び出した。

そして中にも残りの火薬をばら撒いて、それからヤナギラとルイティも室外へ出た。

後は洞窟からの脱出だ。



「王子様、すいませんが最後まで付き合ってもらえませんかね」

「最初からそのつもりだ」

「殿下、その竜の爪ペンダントを今だけこの男に貸してやる訳にはいきませんか?」

「いや無理っしょ。なんかまじない掛かってるっぽいから、俺には使えないないんじゃないっすか」


それは嘘か誠か、見抜くことは敵わずクロードも王子の護衛のため、最後まで残ることにした。



まずは村娘を連れた領主たち3人のために道を作り先に行かせて、ある程度距離を取って火薬目掛けて火矢を放つ。

それで生き残ったゴブリンが追ってくるようなら倒すしかない。

巣の全容が分からないため、この方法では殲滅できないかもしれないが、とにかく村娘の救出を優先して、ゴブリン退治はまた後日改めるしかない。

これでも数は減らせるはずだ。



ヨタはルイティに松明を戻して、ラキとアイクと共に出口へと向かっていった。

ルイティたちも徐々に火薬を撒いた場所から後退しながら、ヤナギラとクロードでラキたちを追うゴブリンを片付けていく。

しかし洞窟内の空間がまた広くなっていくにつれて、それも簡単にはいかなくなってきた。

ゴブリンが1匹、続けてもう1匹と、隙間を抜けて駆けていく。

今や自分たちこそ手一杯で、追いかけていける状況にはない。


「くそっ」


ゴブリンが1番後方にいるヨタを捉えようとした時、ヤナギラが珍しく感情剥き出しの声を出したのをルイティは聞いた。


――薄暗さには慣れてきた。

洞窟独特の風が流れているが、問題のない程度だ。

目視できる直線距離。


ルイティは松明を足元の岩に立て掛けると、弓を構え、続けて2発矢を放った。

1発は前を行くゴブリンの頭を、もう1発は後ろのゴブリンの胸を射抜いた。


「へえ…、なんだ。やるじゃん、王子様」


何も出来ないと思っていた王子様の意外な腕前に、ヤナギラが一瞬度胆を抜かれた顔をしていた。

そしてそれは、これまでルイティの弓の稽古を見たことのないクロードも同じだった。

実はルイティが火矢を放つ提案をした時、どちらも自分がフォローしてあげる気持ちでいたのだった。


しかし、今は戦いの最中だ。

ヤナギラは素早く気持ちを切り替えた。


「それじゃあ、さっさと片付けましょうか。王子様」


そう言って斧を長剣に持ち替えると、ゴブリンとの距離を大きく空けるべく大振りして見せた。




村娘を抱えて走るルキたち3人は、途中まで順調かと思われたが、どこかの隙間から現れたゴブリンに襲われた。

まだ小さく1匹だったこともあり難なく倒せたが、その際ヨタが足を傷めてしまった。

骨にヒビでも入っているかもしれない。


「悪いがアイク、娘さん2人抱えて先に行ってくれないか」


ヨタの連れていた娘をアイクに渡すと、彼は頷き両腕にそれぞれ娘を抱えて走っていった。


ラキは左肩に娘を担ぎ直すと、右手で長剣を構え警戒して進んだ。

一体どこの隙間からゴブリンが出てくるか分からないのだ。

先に行ったアイクが襲われないとも限らないが、ヨタを連れた自分たちの歩みに合わせるよりはその方がよいだろうと、判断したのだった。



ヨタは壁に手を付きながら歩いている。

石の壁が冷たい。

そしてそれほど進まないうちに、手のひらに枯れた木のような物が触れたことに気が付いた。

思わずそれを握り締めて、木の枝であることを確かめるためにそちらを見ると、大きな目が、ヨタを見て、ニタリと笑った。

握り締めていた物は、長い爪が生えている節くれだったゴブリンの指だった。

それはヨタの手を強く握り返し、生臭い息を吐きながらもう一方の手で頬を包むようにして、まるで口付けでもするかのように顔を寄せてきた。

奴から吐き出される臭気が顔に掛かる。

今までこれほど息苦しく、心臓が壊れんばかりに打ちつけてきたことはなかった。


「うわあ、ああ、あああああーーーっ!」


訳が分からないまま利き腕に持っていた長剣をゴブリンの頭に突き立てる。


「あああああああーーーっ!」


感情のままに何度も突き刺し、相手がとっくに絶命していることすら、ラキに止められるまで気付かなかった。



落ち着いたところで、ラキがゴブリンの出てきた隙間を確認すると、向こうが明るいように見える。

そしてそこから、こちらを覗いている目があることに気が付いた。

向こうも気が付いているのだろう。

目の数が増えてくる。

それから小さな手がたくさん伸びてきて、ラキと肩に乗る娘を引き摺り込もうとしてきた。

ラキは剣で奴らを斬り払い、ヨタも先ほどの興奮冷めやらぬままにそれを手伝っていた。



――その時。

洞窟の奥からドオォンと大きな音がして、地面が大きく揺れた。



ルイティ王子が火矢を放ち、爆破が始まったのだ。

順調に進めていれば、今頃外へ脱出できていた頃だ。無理はない。


しかし今、脱出どころか、最悪なことに崩れた岩壁から無数の手によって、ラキとヨタ、そして村娘は、あの隙間の奥へと引き倒すように連れ込まれてしまった。

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