第16話

 朝日が上り、シャハルとカルロソはゆっくりと目をあける。そして、朝日に目を細めながら、そっと起き上がった。

 「んー、ベッドじゃないのは残念だけど、夜は寝ないとねー。ニグムが治ったから、見張りしなくていいのは、ありがたい」

 そう言うシャハルは、ニグムの肩をコツンと叩いた。それに答えるように、ニグムは「まかせろ」と口にする。

 「んじゃ、お二人さん、荷台に乗れー。すぐ行くぞ」

 そう言うカルロソにシャハルは「はーい」と軽く返事をし、荷台へと乗る。ニグムも乗った事をカルロソは確認し、カルロソはバイクを走らせた。

 シャハルがカルロソに声をかける。「ねーあとどれくらいかかるのー」

 カルロソはそれに答えた。「昼頃ー」

 カルロソの答えに、シャハルは「寝るー」と返す。そして、ニグムの体にそっと寄りかかり、そっと瞼を閉じた。



 「起きろ、着いたぞ」と、カルロソはシャハルの体を揺する。シャハルはゆっくりと瞼を開け、体を起こす。すると、シャハルの視界には、オレンジと茶色の家が並ぶ、レトロな街が広がっていた。

 「ここが、フピテール……?」

 「ああ。都心にも近い街だから、家とかはおしゃれなんだ。さっ、ちゃちゃっと俺の配達済まして、プリーム・アルヒコとやらの家を探そうぜ」

 カルロソはそう言って、バイクを走らせる。通り抜ける風が、シャハルの髪を揺らす。シャハルは、視界に広がる街に鼓動が早くなるのを感じた。

 ──この鼓動の早さは、初めて見る街だからだろうか。

 シャハルは自分の胸に問いかける。

 ──いいや、違う。

 シャハルは、悟った。

 ゆっくりと、先ほどまで自分が見ていた方向と同じ方向を見ているニグムへと視線を移す。


 ──この街に、アルマンの秘密がある。




 カルロソは白色の屋根の家の前で、バイクを止め、ポケットからメモを取り出した。

 「よし、ここだ。配達済ませてくるから、ちょっと待ってろ」

 「ほーい」

 シャハルは軽く返事をして、ふわあっと欠伸をする。

 カルロソが家のドアをノックする音がきこえ、しばらくして扉が開く音がきこえた。

 「オルビスのギルドからの配達です。カルロソ・ジニーダと申します。フロース・ラルテさんでしょうか?」

 「ええ、そうよ。ありがとう」

 フロースさんの声は、優しく静かな声で、二十代後半くらいかな、なんてシャハルは思った。

 そんな会話を聞き流しながら、シャハルはもう一度欠伸をする。

 「では。あ、今人探しをしているんですが、プリーム・アルヒコ、という方をご存知ないでしょうか?」

 シャハルは、『いえ、知らないです』という言葉を予想しながら、もう一度欠伸をする。しかし、その言葉はきこえず、シャハルは体を起こし、フロースさんの方へと視線を向けた。フロースさんは、声と同様優しそうな方で。胸元まである栗色の髪を一つにまとめており、ふわりと笑って言った。

 「ご存知もなにも……プリーム・アルヒコは私の叔父です。ここで一緒に暮らしていました。なぜ、叔父を……?」

 フロースさんの言葉に、シャハルは荷台から降り、フロースさんのところへと駆け寄った。そんなシャハルを見て、フロースさんは少し目を丸くする。

 「私っ、アルマンのことを知りたいんです! プリーム・アルヒコさんは、アルマンを最初に作った人だと聞きました。その人の家に行けば何か情報が得られるかと思って!」

 「えと、あなたは……?」

 「シャハル・ティエラです」

 「あなたも、ギルドなの?」

 「いえ、違います」

 そうシャハルが答えると、フロースさんは少し申し訳なさそうに「ごめんね」と口にした。

 「叔父からはアルマンのことは、何も聞かされてないの」

 その言葉に、シャハルはそっと目線を逸らす。

 すると、目線の先には自分よりも小さな子どもがいた。四歳くらいの、フロースさんと同じ栗色の髪を二つに結んでいる女の子。

 「あら、フォリ。どうしたの?」

 「……このひとだち、だあれ?」

 「お客さん。フォリ、あなたは部屋にいなさい」

 「……はあい」

 フロースさんが優しく笑うと、フォリは家の中へと戻って行った。

 「……」

 シャハルは、そっと目を伏せる。

 「あなた達は、これからどうするの?」

 「そうですねー俺等は」

 「今、ちょっとあてがないんですよ。もしよろしければ、少しだけ休憩させてはくれませんか?」

 カルロソの言葉を遮るように、シャハルが言葉をはっする。そんなシャハルに、カルロソは目を丸くした。

 「……ええ、いいわよ。でも、あちらのアルマンはこの家には入れないのよ。この家、あまり高さがなくて」

 「大丈夫です。フロースさんの家のアルマンは、背が低いんですか?」

 「……いえ、この家にはアルマンはいないんです」

 フロースさんの言葉に、シャハルは返事に困り「……そうですか」と小さな声が漏れた。

 「……カルロソ、荷物を持ってこよう」

 「お、おう」

 「私は、お茶を入れますね。勝手に中に入ってください」

 「ありがとうございます」

 シャハルはニコッと笑い、カルロソと荷台へと向かう。

 「おいおい、いいのかよ、こんなところでのんびりして」

 カルロソはそう小さな声で、シャハルの耳元で囁いた。

 「おかしいと思わなかったの?」

 「え?」

 「あのフロースさんって人、嘘をついているのよ」

 「嘘?」

 「アルマンに関して、伯父さんが本当に何も喋らなかったとしても、なぜあの家にはアルマンがいないの?」

 シャハルの言葉に、カルロソはハッとした顔を見せる。そして、顎に手を当て「たしかに」と小さく言葉にする。

 「アルマンを作った人の家にアルマンがいないのは、どう考えてもおかしいわよ。この時代に、アルマンが入れない家ってのも。最近は家事用のアルマンでも、高い棚に手が届くようにアルマンの身長は185cm以上が多い……」

 フロースさんの家の入り口は、どう見ても175cm程度。一般男性やカルロソでもギリギリなくらい。

 「……何か隠してる、ってことか」

 シャハルは静かに頷き、ドアの前で優しく笑っているフロースさんを見た。

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