人殺し

第1話


 「……ねえ、アッシャ」

 「なんだい、シャハル」

 「いい加減、こいつに他の料理を教えてよ!!」

 テーブルを強くたたき、シャハルと呼ばれた少女は、向かい側に座っているアルマンを指してそう声を荒げた。そんな少女に、アッシャと呼ばれた少年は顔色一つ変えず、黙々とテーブルに置かれた、オムレツを口にする。

 「毎日、三食全部オムレツって!! 買ってから2年間、オムレツ意外覚えないってどういうこと?! アッシャ、嫌になんないの?!」

 「別に。ニグムのオムレツは美味いし。だいたいハル、お前オムレツ好きだろ」

 アッシャの言葉に、シャハルはテーブルに置かれたオムレツに目を向ける。オムレツは綺麗な黄色をしていて、真ん中には『シャハル』と少女の名前が綺麗な赤色のケチャップで書かれている。そんなオムレツを見て、シャハルは喉を鳴らした。

 「……こ、こんな奴が作ったやつ、食べれるわけないじゃん!! 私、いらない!!」

 シャハルはそう言って、部屋を出て行った。そんなシャハルの背中を、ニグムと呼ばれたアルマンは真っすぐ見つめる。

 「気にするなニグム。あいつ、ああは言ってるけど、お前のオムレツめちゃくちゃ食いたがってる。これからもオムレツ、作ってやってくれ」

 「……あー」

 そう一言、低く返すニグムに、アッシャはニッと笑って「サンキュ」と返した。



 「おーい、ハルー」

 アッシャはコンコンと、『シャハル』と書かれたプレートが張ってある、ドアを叩く。

 返事は返ってくることはない。そんな慣れた事に、アッシャは苦笑いをこぼし、扉を開けた。ベッドとテーブルだけの、見慣れたシンプルの部屋に、シャハルはベッドの上でいつものように踞っていた。

 「ハル、風呂沸いたぜ」

 「……」

 「飯、食わないと倒れるぞ」

 「あいつが来て一年経つけど、よく平気だよねアッシャ」

 少し涙声に、アッシャは扉を閉め、シャハルの隣へと座る。

 「あいつ、汚いしブサイク」

 「しょうがないだろ。十一年も前のアルマンだ」

 「加えて何言ってるかわかんないし、笑わないし。……気持ち悪いよ」

 「そうか? こっちが聞けば、答えてくれる」

 「『あー』って? そんなの会話になってない!!」

 「……ハル、アルマンは人間が造った人間だ。人間が造るものには、限度がある。それに、中古屋のおじさんも言ってたろ。ニグムは、そういう機能が弱いだけで、そのうちある程度は喋れるようになるって」

 「一年経ってやっと『あー』よ?! 今のアルマンは、笑うし会話もできる!! 人間の技術は進歩してるのよ!! やっぱりお金を貯めて、良いアルマンを買えば良かったのよ!! 私、あんなのが家族なんて、絶対嫌!!」

 「……お前は優しいな、ハル」

 その言葉に、シャハルは勢い良く立ち上がった。

 「どこがよ!! 私、最近アッシャの言ってる事、わかんないよ……っ!! アッシャも、あの変なアルマンみたいになっちゃったの……っ?!」

 「どんなにニグムの悪口を言っても、お前はあいつを人間だと思おうとしてるんだろ? 優しいよ」

 「……バカっ!!」

 シャハルは、そう声を荒げて、ドアを勢い良く閉めて部屋をでた。部屋をでると、ちょうどドアの前にニグムが黄色の月のマークがあるマグカップをもって、立っていた。

 「……何よ、それ」

 「……あー……」

 「アッシャに? アッシャなら私の部屋にいるよ。私、お風呂行くから」

 「……」

 「それと、それ私のマグカップ。アッシャのは太陽のマークのやつだから。間違えないでよね」 

 シャハルはそう言って、階段を降りていった。すると、シャハルの部屋のドアがゆっくりと開き、アッシャは苦笑いをこぼす。

 「ニグム、それは俺にか?」

 「……あー」

 「お前がマグカップなんて間違えるわけないのにな」

 そう笑いながら、アッシャはシャハルの部屋の机へと視線を移す。机には、写真が飾られており、その写真には、小さい頃のシャハルとアッシャ、そしてその後ろには二人の両親が笑って立っていた。母の方は、アッシャと同じ茶髪で、父の方はシャハルと同じ金色の髪。

 「……ニグム、それ一口もらってもいいか?」

 「……あー」

 ニグムは、ゆっくりと、マグカップをアッシャの方へともっていく。アッシャは「サンキュ」とニグムからマグカップを受け取った。

 「お、ハルの好きな蜂蜜入りのミルクか。わかってんじゃん」

 「……あー」

 「ははっ、照れてるのか? お前は、ハルが好きなんだな」

 「あー」

 「そうかそうか! ハルもさ、お前のこと嫌いじゃないんだよ。あいつはもんのすごいわがまま娘だよ。だけど、本当は優しいやつだからさ、人をそう簡単に嫌いになったりしない」

 「あー」

 「明日は森に行く。ニグムもゆっくり休んどけ」

 アッシャはそうニッと笑って、ニグムのしっかりとした肩をポンと叩いて、シャハルの部屋の隣の部屋へと入った。そんなアッシャの背中をニグムは見つめ、先ほどアッシャが触れた自分の肩にそっと触れた。

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