初雪の夜に

木谷日向子

第1話



人物


君島 律善(38) 武士


君島 椿(18) 律善の妻


舞台 江戸時代



○君島家・中庭(朝)


   雪が降り積もった中庭で、腰を屈めている君島椿(18)。


   手を擦ると、地の雪をそっと掬う。


椿「真っ白だわ」


   椿、手の平の雪を見つめている。


   朝の光を受けてきらきらと輝く雪。


   君島律善(38)が中庭へ下り、雪を踏む音。


   椿、姿勢はそのままで振り返る。


椿「旦那様」


   律善、腕を組み椿を見下ろしている。


   椿、立ち上がり、律善の方を向く。


   律善、椿に近寄ると、自分の首に巻いていた首巻きをすっ、と取る。


   椿の首に首巻きを優しく巻く律善。


椿「あっ……」


律善「そのような格好では風邪を引く」


   椿、照れて俯く。


律善「雪を拾っておったのか。そんなに物珍しいか」


   律善、椿の手の平の雪を見て微笑む。


椿「君島家に嫁いでから初めて目にする雪でしたので」


律善「雪などこの先何度も目にすることが出来ようぞ」


椿「はい……そうですね」


   椿、笑顔。


   律善、中庭を見渡す。


律善「……だが、やはり初雪は美しい。特に朝はな。陽の光に白く輝き、銀砂のよ

 うだ」


椿「はい、ほんに」


   律善、椿の手を見つめると、自分の両手で椿の手を下から包む。


   椿、驚く。


椿「だ、旦那様!?」


律善「冷えておるな」


椿「ゆ、雪を落としますゆえ」


   椿、慌てて律善の手から己の手を離すと、後ろを向き、手を払い持っていた  雪を落とす。


   両手で自分の頬を包む椿。


   目をしばたく。


律善「……椿」


   律善、椿を後ろから抱き締める。


   椿、息を呑む。


椿「だ、旦那様……」


律善「体も冷えておる」


   かちこちに固まる椿。


   律善、ふっと息を漏らし笑う。


律善「わしも冷えておるだろう。こうしていると互いに暖かい」


椿「……」


   椿、身を縮める。


   顔を俯ける。


椿「旦那様……私……」


律善「……やはりまだ早急すぎたか」


   律善、椿から体を離す。


   椿に背を向ける。


   はっとして振り返る椿。


律善「居間を暖かくしておくゆえ、後に来い」


   律善、家に上がり戸を閉める。


   切なげにそれを見つめている椿。


   律善の首巻きを手で押さえると握りしめる。


   風が吹き、後ろから椿の後れ毛と首巻きを揺らす。


○同・夫妻の部屋・中


   寝間着姿の椿。


   戸に背を向け、2つ並んだ布団の1つ上に正座している。


   灯りが1つ点いている。


   戸が開き、寝間着姿の律善が入ってくる。


   身を固くし、膝に置いた手を握りしめている椿。


   戸側の布団に入る律善。


   椿に背を向け、横たわる。


律善「……今宵は冷えるゆえ、そなたも早く床につけ」


   唇を噛む椿。


   椿、くるりと律善の方を向く。


椿「旦那様」


   律善、椿の声に反応し、少し顔を向ける。


律善「どうした」


   椿、両手で太ももの着物を握り締め、震えている。


   顔を俯ける。


椿「(震え声で)今朝、中庭で旦那様に抱き締めて頂いた時、私は、私は心から嬉しゅうございました」


   律善、驚いた顔で体ごと椿の方に向ける。


律善「椿……」


   椿、片方の手で自分の胸元を握る。


椿「私……旦那様の体が離れてしまう瞬間に寂しさを感じました。もっと旦那様に抱かれていたかったと思いました」


   椿、更に深く俯く。


   真剣な目で椿を見る律善。


椿「……旦那様と本当の夫妻(めおと)になりとうございます」


律善「……」


   律善、半身を起こす。


   己の掛け布団を見つめる律善。


律善「親子ほども年の離れたそなたを嫁にしてからというもの、わしは日々悩んでおった。そなたの心の準備が出来るまで夫妻の契りは待とうとな」


   椿、ふ、と口を開ける。


   椿の方を見る律善。


律善「だが、そなたがそう申すのであれば、わしももう自重する必要はあるまい」


   椿、顔を上げる。


   律善、己の布団から素早く出ると、椿の両手首を掴み、組み敷く。


椿「あ……」


律善「痛ければ言え」


   律善、椿に口付ける。


   目を見開く椿。


   初めははむように口付けていたが、徐々に深く口付ける。


   眉をしかめ、目を閉じる椿。


椿「んっ……」


   律善、唇を離す。


律善「苦しいか」


   律善の顔を見た後、恥ずかしそうに目をぎゅっと閉じる椿。


椿「い、いえ」


   律善、微笑み椿の額から頬にかけて撫でる。


   椿の額に自分の額をつける律善。


   目を開ける椿。


椿「旦那様」


律善「やはりそなたは美しい」


   目を大きく見開き、ぎゅっと目を閉じると顔を反らす椿。


椿「やだっ……!もう……!」


   椿の耳たぶをはむ律善。


椿「あっ……!」


   そのまま首筋に口付けて下に下りていく。


   鎖骨に口付ける。


   震えながら目を閉じ、体を固くする椿。


   律善、片手を椿の寝間着の袷に差し入れる。


椿「はっ……!」


   片手で椿の胸を掴み、揉みしだく。


   もう片方の手で椿の帯を解く。


   半裸にされる椿。


   椿の胸の谷間に顔を埋める律善。


   椿、目を閉じたままゆっくりと律善の頭を抱き締める。


律善「怖いか」


椿「……いえ……」


椿M「旦那様は、年の離れた私との心の距離を少しずつ少しずつ詰めて下さった。私の心の準備が出来るまで。私もその想いに応えたい」


   椿、ゆっくりと足を開き、唇を震わせる。


律善「そなた……」


椿「どうぞ……。心の準備は出来ておりますゆえ」


律善「……」


   律善が腰を落とす。


   体を反らせる椿。


椿「はぁ……あ、、!!」


   目を見開く椿。


   律善が椿の額に口付ける。


○同・中庭(朝)


   目を細めて微笑みながら腕を組み、立っている律善。


   戸が開く音。


   律善、後ろを振り向く。


   俯きながら羽織を肩にかけた椿が廊下に立っている。


律善「おはよう」


   椿、頬を撫でる。


椿「(恥ずかしそうに)おはようございます」


   律善、中庭を見渡す。


   雪が少し溶け、赤い椿の花が顔を覗かせている。


律善「見事な物だ。白き雪の中に咲く椿の花は誠に美しい。そなたのようだ」


椿「……」


   椿、更に顔を俯ける。


律善、後ろを見る。


律善「そなたも近くで見よ」


律善、椿に近寄る。


   椿の腰に手を当てるとお姫様抱っこする。


椿「え? きゃあ!!」


   驚く椿。


   椿に顔を寄せる律善。


律善「だが、この世のどんな種の椿の花より、わしが摘んだこの花が一番美しい」


椿「やだっ……! もう!!」


   椿、顔を手で覆う。


   椿に口付ける律善。


(了)



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初雪の夜に 木谷日向子 @komobota705

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