紙飛行機を飛ばした空は青かった

新城メグ

俺は何一つ知らないんだ。

「なぁ、いつまでここに居るつもりなんだ」

そう俺は、マンションのベランダの方に向かって呟いた。多分俺は鏡で見た通り、目にハイライトが無く、目の下には隈ができてやつれている様子なんだろう。

「なぁに?ここに居ちゃいけない理由でも?」

そこにはヘラヘラと笑う男が居てタバコ片手に振り向いて言った。ピアニッシモの甘い銘柄のタバコを燦々と照りだす朝の太陽に向かって紫煙をくゆらせる。

「そう言う訳じゃないが…とにかく、早く出ていってくれ。どうせもうすぐ家主の俺は居なくなるんだ。ただの居候に家を受け渡す程お前のことは信頼していない。」

今度はベランダの方を向かずに言う。ベランダに居る男も今度は外を向いていた。

「まだ居なくなる気でいんの?おいおい、そう陰気臭いこと考えるなよ。俺が居るんだから俺に家を勝手にさせるもんか〜ぐらい思っとけよ」

「お前には関係ないだろ。何度覚悟を挫かれたと思ってるんだ。最後に失敗に終わった時の絶望感がお前に分かるもんか」

「そりゃわかんねーよ。そんなことやったこともないし、やろうと思ったこともないぜ。俺、ちょー気楽に生きてっから。そうじゃないと息が詰まっちまう」

そう言って男はタバコを灰皿に押し付けながら笑った。

「ふーん…お気楽って自覚あったんだ。それに一応その人生観みたいなのはあったんだね。安心したよ」

俺らしくもなく、先程よりも面白そうに、興味深そうに声のトーンが上がった。だが、その後に続くのは沈黙だった。ここにベランダの男が居候しに来てから何度も訪れた心地良いものではない沈黙。俺だけで居ればこんな事もないのに。唐突にベランダの男が新しいタバコを取り出したところで言った。

「なぁ、折り紙…なんてあるかい?」

「はぁ?折り紙ィ?」

つい俺は素っ頓狂は声を上げてしまった。そして、徐々に頭が理解をし始めると共に肩を震わせるぐらいの笑いがこみ上げてくる。

「ふっ…くく…なんだよ…折り紙って…お前が?似合わね〜!………ぷっふふ…ははは!」

「ちょっと、そんな笑わなくたって良いだろ…それに、折り紙じゃなくたっていいんだよ?ほら、チラシとかでも………」

笑顔は貼り付けたままだが、少し不貞腐れたように男は言った。

「あ、ああ…チラシならあるけど……本当に何に使うんだよ?」

ソファのそばに積まれていた新聞紙の中から数枚チラシを引き抜く。部屋の中からベランダの方へ出ずに渡そうとするが、チラシを渡した腕を引っ張られる。

「お、おいやめろよ!足が汚れるだろ…おい!」

この男が腕を引っ張った癖に、一つしかないベランダ用のサンダルは男が占領している。

「まあまぁ…ちょっとだけ」

そう言ってニヤリと笑いタバコを咥え、あいた両手でチラシを何かに折り始める。

「…?何折ってるんだ」

問い掛けられた男はそれに答えず、鼻歌を歌い始めた。そして

「よし…完成!」

「何これ…紙飛行機…?」

「あたり!これからお前の分も作って、どっちがより遠くに飛ばせるか競うゲームしようぜ」

にしし、と効果音の付きそうな笑顔で言った。

「やだよ、こんな年になってからそんなゲーム…。それに拾いに行かなくちゃいけないだろ!」

そんなめんどくさい事誰がやるか…そう思いながら訴えかけるも、笑いながらのらりくらりとかわし、ああ言えばこう言う。そんな言葉がピッタリのこいつには効かなかった。

「俺も一緒に拾いに行ってやるからさ!それに成人してから紙飛行機ってのも乙なもんだろ?」

「お前も拾うのは当たり前だ!というかお前が拾ってこい!それに…」

「まぁまぁ…な?ここは一つ俺のお願い聞いてくれよ、いつもお世話になってる貴方の為なら〜って」

またしてもヘラヘラとムカつく笑顔で言う。そういえば、こいつが怒ったところは見たことがない。こいつには喜怒哀楽の喜と楽しか無いんだろうか。俺が終わらせようとしたら、わざわざ止めに来たときもこいつは笑っていた。いつもよりテンションは低かったが、笑いながら止めに来やがったな…。いつもは何を考えながら過ごしてるんだろうかこいつは…。出会ったときもそうだった。一人暮らしで親戚の俺に、家を追い出されたから〜って人に頼んでいる立場のくせにヘラヘラチャラチャラして…。くそ、腹立ってきた。

「ねぇ、聞いてる?お願いだって!一生のお願い!」

「お前には一生のお願いが何度あるんだ!…ああもう!作ればいいんだろ、作れば!」

「へへ、やった、ありがとう!嬉しいなぁ」

いつもそうだ。俺が引くまでずっとお願いし続ける。変なところで頑固で、めんどくさい。そうして、しかたなく俺は紙飛行機を折る。紙飛行機なんて何年ぶりだろうか……下手したら二桁をいく年かもしれない。

(俺はこいつのことが嫌いだ…)

そう心の中で毒づくことで先程のイライラは多少収まる気がした。だから、俺は知らない。今、どんなことを考えて、俺のことを本当はどう思ってるのか、どうしていつ何時も笑顔でしかないのか……。俺はきっと、終わることが出来るまで、それを知らないんだ。

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紙飛行機を飛ばした空は青かった 新城メグ @TOKA93

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