先行き不安

「はぁーー………。」


長いため息が馬車の中に響く。


アイリーンの要請を受諾した後、ノイエは普段から緊急持出用に準備していた必要最低限の荷物を引っ掴むと、アイリーンが王都から乗ってきていた馬車に荷物を乗せた。


ノイエは、最後に父と力強く握手を交わし、母と抱擁を済ませると、アイリーンに続いて馬車に乗り込んだ。


タルタロスは、別れ際に


「ノイエ、お前が王女殿下へのお力添えに集中できるようウチの給仕の一人を後から行かせる。

困ったことがあったら…その…給仕伝いに私へ連絡するように。」


と、努めて素っ気なく言っていた。


家名を剥奪し、目的を果たすまで家には戻るなと言っても、やはり息子が心配らしい。


そして、見送る両親に対し


「行ってきます。」


と別れを告げた後、御者を務めるアイリーンの執事ことセバスが手綱を操り、馬車を発進させた。


護衛役の兵士3人は、それぞれ馬に騎乗して馬車を取り囲むような配置で周囲を警戒しながら進む。


彼らが身に付けているのは、銀地に青色の縁取りが施されたアストリア王国制式の甲冑ではなく、統一性のない傭兵風の装備だ。


これは、敢えて傭兵か用心棒を装うことにより、馬車の中の人物が王族であることを悟られないようにするための工夫だろうか。


たった3人で王族の護衛の任に就くだけのことはあり、物腰からしてもかなりの手練れであることが伝わってくる。


馬車は、お忍びのためか華美な装飾は施されていないものの、さすがは王族用、広さも乗り心地も抜群だった。


現在馬車が進んでいるのは、領内のメインストリートにあたる大通りであり、要所要所に石畳みの舗装がなされているものの、王都の主街道と比べると乗り心地は若干劣る。


それでも、馬車の窓からはのどかな田園風景が広がっており、普段王都から出ることの少ないアイリーンの目を楽しませていた。


馬車内は、両側面に出入りのための扉が設けられており、前後左右のいずれにも内向きの座席が設けられていて、ノイエとアイリーンは後部のソファのようなシートに並んで座っている。


そして、アイリーンが協力への謝辞とこれからの計画の概要を説明しようとした矢先、ノイエから先程の深いため息が漏れたのだった。


「ちょっとノイエ!

何ため息なんか吐いてるのよ!

私たちの新たな門出よ?

もっと景気良く行きましょうよ!」


と、アイリーン。


しかし、ノイエは


「自分から言い出したとはいえ、ついさっき親から勘当されたんですよ?

さすがに少しは気持ちは沈みますよ。」


と肩を竦めて抗弁する。


もちろん、アイリーンも先程のランページュ家での親子のやり取りは鮮明に記憶に残っている。


だが…。


「…なんてね。わかってます。

さっきのは気持ちを切り替えるための儀式みたいなものです。

これからやらなければならないことが山積みなので、無駄にできる時間なんてありませんからね。」


と、本当に気持ちをきっちりと切り替えてきたノイエに対し、苦笑いで応じるアイリーン。


…絶対にノイエやランページュ夫妻を不幸にはしない。


必ず目的を全て遂げると改めて心に誓った。


「ところで、王女殿下。

これからの」


「ノイエ、私たちはもう一蓮托生のパートナー。

しかも、もう何度も会ってるんだし、今更殿下はやめてよ。」


とアイリーンは口を尖らせて不満を表す。


「えーっと…それじゃあ…アイリーンさま?」


「却下。ついでに敬語も使わないでね。」


もうほとんど選択肢はないじゃないかと思いつつ


「わかったよ。じゃあアイリーンでいいな。

これからもよろしく、アイリーン。」


と残された選択肢を口にする。


アイリーンは、


「ん。」


と生返事を返し、頬杖をついてそっぽを向いた。


…耳が真っ赤だ。


明らかな照れ隠しであるが、全く隠せていない。


アイリーンの内心はこうである。


『確かに敬語も無しとは言ったけど、いきなり呼び捨て…。

今まで親兄弟以外で名前を呼び捨てにされたことってなかったっけ。

でも、口元が自然にニヤけてくる…なんなのこれっ!

なんだかわからないけど、ノイエには悟られないようにしなくては!』


と、口元を手で隠し平静を装うので必死だった。


「で、早速今後のプラン…特に僕がいつくか挙げた問題点は8割方解決してるって話だったけど…。

って、アイリーン。

聞いてる?」


「………っはっ!

もちろん聞いてるわよ?

じゃ、じゃあ構想の骨子を順に話していくわね。」


やっと落ち着きを取り戻したアイリーンの話を大人しくき聞いていたノイエだったが、話を聞くうちに次第に顔が青ざめていくのが自分でも自覚できた。


『確かに、アイリーンのこの構想なら、有力貴族の横槍を排除し、新たな騎士団を設立して、この国を守ることができる…8割方と言っていたけど、構想の骨子としてはほぼ完成されている。

でも、どの問題や障害の対処についても、針の穴を通すほどの正確さ・慎重さが求められるし、場面によっては運を味方につけなければクリアできない壁もある。』


「アイリーン。

君の構想については、今のところ手を加えるべきところはないように思える。

むしろ、これ以外の道では目標は達成できないだろう。

…ところで、この骨子で8割というのは何故なんだ?君が考える残りの2割というのを聞かせてもらいたい。」


と問い掛けるノイエに対し、目を瞬かせるアイリーン。


「あら、簡単なことよ。

構想の骨子は今話したとおり。

でも、それを実行していく具体策を全く用意していないもの。

というか、そのために貴方を呼んだのだから、しっかり頼むわよ、ノイエ!」


「…………え?」

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第4王女殿下は騎士団(仮)の運営に余念がない 空風鈴 @bellmark

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