希望、小一。そのに

 ノゾミが帰宅し、夕飯前にママとノゾミと僕の三人で、散歩に出かけた。散歩コースはいつものお決まりコースだ。ノゾムは帰宅後すぐに、近所の友人の家に遊びに行った。我が家の北側には、大きな川が流れていて、川を挟むように広場がある。僕は、庭に出してもらえる時は、庭から川を見下ろすのが好きだ。川に沿って、同じような形をした家が並んでいる。我が家周辺は、五件並びに家が建っていて、十軒を一まとめにするように、アスファルト舗装された道路ある。相羽家は真ん中に建っていて、左右それぞれ二件分歩くと、川を渡る橋がある。

 僕達三人は、家を出て左隣の櫻井さん宅を超え、二宮さん宅の角にある十字路で左折する。すると、橋が現れ、橋の入り口には、階段があり川沿いの広場に行けるようになっている。先ほど、お決まりコースと言ったけれど、実は階段を下って川沿いを歩くルートと、橋を渡るルートの二つがある。さて、今日は、どっちにしようかな?

 僕は、先頭を歩き、階段を下る方を選択した。家の階段とは違い、一段一段が広い為、下りやすいのだ。階段を下り、折り返す。すると、丁度橋の下に到着する。時間がある時は、ここでママがリードを外してくれるのだが、今日は夕飯前なので通過するだけだ。ノゾミが僕の横を歩き、ここで決まって立ち止まるのだ。

「ホップ、あれが私達のお家だよ」

 顔を上げると、我が家を指さすノゾミ越しに、我が家が見える。首が痛くなるほど、とても高い位置に家がある。川から離れた壁沿いには、大きな木が等間隔に並んでいて、桜という名前らしい。今ではすっかり花が落ちてしまっているけれど、一か月くらい前までは、美しい花を咲かせていたそうだ。僕は、あまり色彩感覚がないし、何よりも植物に興味が湧かない。でも、美しい花を見たママやノゾミの、嬉しそうな顔を見ているのは、とても嬉しい。

「あらあら、ホップじゃないの? 久しぶりだね。元気?」

「おお! ホップ! いつ見ても、君の顔は潰れていて、面白いね!」

 声をかけてきたのは、先ほど通過した角の家の二宮さんちのコーラとサイダーだ。彼等は、茶色の毛並みで、顔も体も細長い。トイプードルという犬種らしい。体の大きさは同じくらいだけど、鼻が突き出ていて、全体的にシュッとした印象だ。

「うん、久し振りだね。サイダー」

 僕は、サイダーに話しかける。コーラは、いつも僕を見る度に、悪口を言ってくるから、無視をする。顔を上げると、ママ同士が会話をしていた。僕達も日頃の愚痴やら、野良猫の悪口を言っていた。と言っても、ほとんどがコーラ一人でしゃべっていて、僕とサイダーは相槌を打つ程度だったけど。頭上では、ママ達が別れの挨拶を交わしていたので、僕達も合わせて挨拶をした。すると、コーラが空気を読まず、割って入ってきた。

「そうだ、そうだ、ホップ。最近マルには会ったかい?」

「いいや、会ってないよ」

「あいつ、そろそろみたいだな? 気を付けた方がいいぜ」

 ん? そろそろなんだ? 何を気をつけるんだ? 僕が無言のままコーラを見つめている。話の続きを待っている状態だ。

「ちょっと、コーラ! やめなさいって! ごめんね、ホップ。気にしないで」

 サイダーがコーラを制した。コーラとサイダーの顔を交互に見ていると、サイダーは背を向け歩いて行ってしまった。コーラは不満そうに、二宮さんに引きずられるように離れていく。

「コーラ行くよ。またね、ホップ君」

 二宮さんが、僕に向かって手を振っていた。サイダーは、ああ言ったけれど、とても気になる。暫く、離れていくサイダーとコーラのユラユラ揺れる尻尾を眺めていた。

「ホップ行くよ」

 首に振動が伝わり、顔を上げると、ママがリードを左右に振っていた。リードが蛇のようにうねり、先に進む事を急かしている。川沿いの広場を歩いていると、頭上には大きな橋の腹が見えた。橋の真下にある階段を見上げていると、ママが僕を抱きかかえてくれた。そして、階段を上り切った所で、下ろされる。橋とは反対方向へと歩く。僕は、右側に顔を向けて立ち止まった。ふいに止まってしまったので、リードがビンッと突っ張った。ママが立ち止まり、不思議そうに振り返って僕を見ていた。僕は、そのまま右側へと向かい、家を囲むブロック塀に前足をかけた。僕の身長では、中の様子が見えない。

「どうしたの、ホップ? 堂本さんに会いたいの?」

「違うよ、ママ。きっと、ホップは、マルに会いたいんだよ」

 ママからの問いに、ノゾミが代わりに答えてくれた。先ほどのコーラの言葉が気になって、様子を見たかった。

「ああ、そうか。でも、マルはお庭にいないみたいだよ。お家の中に入ってるんじゃないかな」

 ママが教えてくれた。マルは、この辺りでは珍しく、外の家で暮らしている。マルは、堂本のおじいさんが作った、立派な三角屋根の家に住んでいた。昔、マルが嬉しそうに教えてくれた。いつも外にいるのに珍しい。散歩にでも出かけているのかと思ったが、マルはだいたい朝に散歩している。今日はたまたまこの時間に、出かけているのかと思い、僕は公園を覗こうとしたけど、ママに止められた。道路沿いの角に建っている堂本家の向かいには、大きな公園がある。残念ながら、僕の目線の高さでは、公園の様子を見る事ができなかった。ママがまた明日こようね、と言ってくれた。

 僕達は十字路を左折する。今朝、野良猫のクロが言っていた通り、この辺りは動物と一緒に住んでいる人間が多い。左折してすぐの右側には、柴犬のランクが住んでいるし、左側には猫のショコラとムースがいる。そして、ショコラムースの隣がシュートで、僕の家だ。

 帰宅して、ノゾミが僕の足を拭いてくれた。ママが夕飯の用意を始める。明日は、マルに会えるといいな。堂本のおじいさんも可愛がってくれるから好きだ。

 いったい、何を気を付けろというのだろう。

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