第8話 レアケース

 エーデルはそう言うと、視線を再び端末の画面へと戻し、解析作業を続行する。

 改造されたこのオートマタは、かつては戦場を駆けた者。記憶には、初めて人を殺した時のものから、仲間が撃たれて次々と倒れていく様子、『用無し』だと人間の隊長に吐き捨てられたところまで、鮮明に残っていた。

 彼を手放す際の情操領域とメモリ部分の消去は、恐らく消す手間を「面倒事」と捉えたのだろう。普通ならば軍事機密に掛かるような事柄も、そのまま保存されていた。とんでもない話だが、その話が民間から上がっていないところを見るに、このアンドロイドは言わなかったのだろう。邪推はしない。エーデルには関係ないことである。

 そして場面は、戦地から住宅地へ切り替わる。工事現場では無い。運ばれた家の先に立っていたのは、白髪の目立つ老父。

 オートマタは、アンドロイドよりも運動能力の基礎値は高い。この改造アンドロイドは、老父の介護士に選ばれたようである。

 それからは、戦地に赴いていたオートマタとは思えぬほど、慎ましく穏やかな日々の暮らしがメモリに残っていた。

 血液も骨も脳漿も、何一つ転がっていない。あるのは、老父の穏やかな笑顔と小鳥のさえずり。

 その最後は、柔らかな老父の死に顔で締め括られていた。

 次に別の人間が映り、オークションのコンベアの映像へ移る。

 オークションには時々エーデルも顔を出すので分かるが、アンドロイド管理局が行なう廃棄アンドロイド向けのものでは無い。明らかに民間業者が行なっているオークションだ。

 所有者が死に、所在者不明となった彼を、民間の廃品回収業者が引き取ったのだろう。

 彼は、工事現場の労働者として買われた。

 そこからのメモリ領域は、経年劣化ためかところどころぶつ切り状態になっていた。土まみれ泥まみれになりながらも、懸命に働き続けている様子ばかりが、メモリの中の記憶から浮かび上がってくる。

 そして、いよいよ最後。撃たれる直前。

 エーデルは、そこで目を大きく見開いた。手の動きが止まる。


「エーデル?」

「……どういうこと」


 ロバートの問い掛けには答えず、エーデルは情操領域とメモリ領域の両方を見比べた。

 視覚的な情報では、そこには何もいない。だが、彼の思考の中にはと記されていた。そして付け加えるように、姿とも。

 情操領域には、老父がアンドロイドの登録名称を呼びながら歩いていってしまうので追ったと記されている。

 だが、老父は既に死んでいるのだ。彼の視界に映る工事現場には、予期せぬ行動に怯える作業員や素知らぬ顔で働き続けている彼の同胞以外に誰もいない。

 先程エーデル自身が確認した。このアンドロイドの基礎中枢に、問題は見られなかった。

 ならば、彼の中で生まれている認識の齟齬はどこから生じたのか。エーデルには、説明出来ない。


「こんなの、まるで……」


 言葉を失ってしまっているエーデルに声をかけようととしたロバートだが、聞こえてきた僅かな物音に反応し、扉の方へと視線を向ける。

 それとほぼ同じタイミングで、自動扉が開かれた。


「アンドロイドがとしか言いようがないだろう?」

「……主任」


 開かれた扉の先に、ロディは立っていた。彼はゆらゆらと覚束ない足取りで、エーデルの傍に立つ。そして、彼女が今まで操作していた端末を覗き込んだ。


「さすがだね」


 一言。彼はエーデルへそう言った。


「別に、仕事ですよ。それに今まで六件も任せていただいてるんですから、手順くらい覚えます」

「それでも君が優秀であることには変わりないさ。面白い子だろう?」

「……主任も、解析を行なったんですね」


 ロディは、にこりとエーデルへ微笑みかけた。


「そりゃあね。この子は、イルグレーゼ支部から『メモリと情操領域の間でずれのある個体だ、気持ち悪い』という内容でここに来た子だ。気になって当然だろう。でもそうか。僕達が同じ結論に至ったのなら、どこか不備があったわけでもない」

「……これは、レアケースですよね」

「あぁ、一例か二例あるかどうか……。視覚情報や色覚情報の誤認異常の話は聞いたことがあるけれど、幻覚を見るアンドロイドは、この子が第一例かもしれないね。……生かしてくれれば良かったが、保安部にも自分の命を守る権利がある。こればかりはしょうがない」

「……情操領域とメモリが残っただけでも、上々でしょう」

「そりゃあそうだ。でも本人から語られる言葉が、一番信用出来るものだろう?」


 ロディの言葉に、エーデルは何も答えなかった。彼は肩を竦め、それからロバートの方へ振り向く。

 ロディと目が合ったロバートは、すっとすぐに頭を下げた。流れるような所作。手慣れているように感じさせる動きだ。


「改めて初めまして。僕は、アングヒル支部の調律部門主任、ロディ・エイマーズ。君は?」

「初めまして、ロディ氏。私は、ロバート・バーウィッチといいます」

「うん、すごく礼儀正しい人だね。エーデルくんとはどういったご関係かな? ご兄妹では無さそうだし」

「単なる護衛人ですよ。昨日から雇ってるんです」


 エーデルがロディの問い掛けに答える。

 ロディは目を丸くして、それから小さく口元を緩めた。


「へぇ、意外だ。あんまり君が危険な仕事を一人でやろうとするから、人を無理やりにでも派遣しようと思っていたけれど、杞憂だったようだね。じゃ、というわけなら、ロバートくんにはこれ」


 ロディは、ロバートへ近づいていき、彼の手に一枚のIDカードを手渡した。


「ここの職員カードだよ。あとで名前を書いておいてね?」

「ありがとうございます」

「……いいんですか。別に毎回来客用カードでも問題ないと思いますよ」

「いちいち出すと資源の無駄だろう? 大事に使ってくれよ?」


 ロディの言葉にロバートがしっかり頷けば、彼は嬉しそうに微笑んで、軽やかなスキップで自動扉の方へと向かって行った。


「その子の解析作業は、君の気が済むまでやってて構わないよ。今日の君のノルマは、二体のアンドロイドの調律だけだからさ。君の腕なら、二時間くらいで出来る仕事だろう」


 エーデルが目を見張って驚いている間に、ロディはひらひらと手を振って外へ出ていってしまった。

 エーデルはぐっと唇を噛んでから、扉を見つめていた視線を端末とモニターへ移す。


「……君、先にリアンのところに帰っててもいいよ。私はもう少しここで記憶を探る」

「残るよ。危ないのかどうかは定かではないが、危険が少しでもあるのならいるさ。リアンには申し訳ないけれどね」


 ロバートはエーデルの傍へとゆっくり歩いていき、彼女の椅子の横の床にすとんと腰を下ろして座った。頭をテーブルの淵にもたれかからせ、ちらりと視線だけをエーデルの横顔に向ける。

 彼女の表情は、真剣そのものだった。目は、まるで何かに取り憑かれているかのように文字と数字の羅列を追い続けている。何度読んだところで、その内容がパッと変化するわけではないというのに。

 ロバートが、そうっと口を動かした。


「……エーデルは、随分とあの主任さんに信頼されているのだね。普通なら、こんなカードを出会ってすぐの人に渡さないのではないかな」

「元々あの人は変わってるよ、かなりね。それに、私が信頼されているわけじゃない。あの人は、私の腕を信用しているだけだ」


 ロディは、他の人間のように、アンドロイドやロボットを「あれ」や「それ」とは言わない。「一人」あるいは「子」という言葉を用いて指し示す。そういった面も、彼の変わっている部分だった。

 だが、そういった言葉や見方を持つからこそ、主任を任されるほどの調律師としての腕があるのだろう。エーデルは、そう思っている。

 事実、彼の調律したアンドロイドやロボット達は、人との区別が付かないほど、人間らしい性格を持つのだ。

 エーデルは、端末からコードを抜き、最初に刺さっていたモニターへと戻した。


「……エーデルは、もう少し自分に寛容になった方がいいと、私は思うのだが」

「生憎と、こういう性格なもので。治る見込みはない」


 エーデルの言葉に、ロバートは肩を竦める。それからすくっと立ち上がり、エーデルの片手を優しく取った。割れ物を扱うかのように触れる彼に、エーデルは顔を顰める。


「片付け終わったなら、リアンの待つ部屋へ早く戻ろう」

「そういうの、止めっぅわ」


 エーデルの言葉を最後まで聞くことなく、ロバートは彼女を来た時と同じように抱き抱え、スタスタと歩き始める。

 文句を言おうと口を開いたエーデルだったが、すぐにその唇を閉じて黙った。


(何を言ったって、この男は聞き入れやしない。なら、体力を無駄遣いしないように黙っている方が懸命だ)


 ロバートと出会ってまだ日も浅いというのに、彼女は既にこの男のことをある程度学習していたのだった。

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