召喚士、黒い幻想英雄と対峙する

『最高司祭フッドマン様が、勝者へ祝福を授けてくださるようです! あ、出てきました!』


 コロシアムの通路から登場したのは、いつも以上に笑顔なフッドマンだ。

 ライトたちの方へ歩いてきている。

 非常にゆったりとした初老なりの歩き方という感じで、ライトはその間に少し気になることを考えていた。


「何か……魔力の流れがおかしいように感じる……」


「あぁん、魔力の流れ? オレには何にも――」


「この周り……いや、コロシアム全体から魔力が渦を巻いて、どこかに集まっているような……」


 ライトの言葉がよくわからず、ブルーノは聞き返してしまう。


「つまり……何だぁ?」


「もしかして、誰かが作為的にこの状況を作り出して――いや、それにしては意味がわからないし、この決闘をセッティングした人たちは知り合いばかりだし……平気か。ごめん、ブルーノ。ただの思い過ごしだと思う」


「ふーん……」


 ブルーノは興味なさげな表情をして、ライトの側に突っ立っている。

 そうしている内に、フッドマンがやってきた。


「おめでとう、ライト君。キミは本当によくやってくれました。女神イズマも喜んでいるでしょう」


「はい、ありがとうございます」


「そういうわけで、ライト君。キミの役目はここで終わりです」


 あまりにも呆気なく、フッドマンは言い放つ。


「えっ?」


 ライトもリューナも、完全に油断していた。

 フッドマンが知り合いということもあったし、腕の大けがに意識がいっていた。

 笑顔のままフッドマンは、黒い十字架の首飾りを引き千切って、飛び出てきたナイフ部分をライトに向けて突き刺そうとしていた。

 ライトは反応できずに、眼球数ミリまで到達している刃を見ていた。


「ぐっあああ!?」


 男の叫び声。

 しかし、それはライトではなく、フッドマンの声だった。

 黒い十字架ナイフを持つ手は、ハルバードの槍部分が突き刺さっていた。


「バレバレだったぜ、最高司祭様よぉ。上等な悪役なら、こんなところで自らの手は汚さねぇだろうよ」


「ブルーノ!? な、なんで俺を助け……」


「ライト、テメェが呆気なくやられたら、オレの株が下がんだろ。勝手に死ぬなバーカ」


 ブルーノは機嫌が悪そうに、ライトに向かって吐き捨てた。

 そして、フッドマンの方を睨み付ける。


「あの成人の儀の前、ライトの魔石を奪い取れって慈悲っぽく言ってたが……ありゃあオレを焚き付けるために煽っただけだろう、フッドマンさんよぉ」


「そ、そんな……最高司祭様がそんなことをするはずが……」


「これだから甘ちゃんは。ちなみにこの戦いの前にも、『頭がおかしくなったライトを殺すのが慈悲です』だのピーチクパーチクうるさかったぜ?」


 ブルーノの言葉に、ライトは思い出していた。

 同じようなことを、フッドマンから戦闘前に言われていたのだ。

 それに、成人の儀でブルーノたちがあれだけのことをやらかしたというのに、すぐにおとがめ無しになったというのは違和感があった。

 いくら王竜キングレックスの権威を持ったとしても、すべて決まっていたかのようにスムーズすぎたのだ。

 となると、裏には権力を持つ誰かが――


「これは残念ですね。目的を果たしたので、不確定要素の強いライト君は処分してしまおうと思ったのに」


 笑顔を崩さないまま、優しく語るフッドマンは異様だった。


「最高司祭様、どうしてこんなことを……」


「慈悲です。この世界を愛で満たすための女神イズマ様の御意志」


 ライトは気が付いた。

 黒い十字架のナイフが迫っても、思考加速が発動しなかったのは悪意がなかったからなのだ。

 本当に慈悲でライトを死で救おうとしたのなら、危険度という物差しにかからない。


「さぁ、観客数千人の魔力を使い、現れるのです――幻想サモン・ヴ召喚ァーチャル!」


「なっ!? まさか幻想英雄を!?」


 コロシアムに渦巻いていた魔力が螺旋となり、フッドマンの傍らに飛び込んでいく。

 黒く凝縮して、人の形を生成した。


「――やれやれ、これでやっと本調子だ。フッドマン、褒めて使わすぞ」


 背の高いオレンジ色のオールバックの男が立っていた。

 それはライトが以前、冒険者ギルドで会った――


「オータム、いえ、今は幻想英雄の真の姿――黒幻想化バグズ! そう、〝オータム・バグズ〟と呼ぶのでしたね! 私とアナタは目的を共にするパートナーです。力を取り戻すために数千人の観客と、若者二人を操るくらいどうってことないのですよ」


「ふん、オレ様の崇高なる目的と一緒にされては困るが、まぁよい」


 フッドマンの異変に気付いた兵士たちが、オータム・バグズを取り囲んでいた。


「肩慣らしといこうではないか」


 オータム・バグズの身体から黒い靄が発生して、異常なまでの魔力圧を発生させる。

 取り囲んでいた兵士たちは身体が怖気立っていた。


「な、何だあれは……」


 その危険を察知した、戦闘可能なリューナとギヨギヨが前に出た。


「名も知らぬ兵たち、逃げろ!」


 ギヨギヨは脚や尾などで十連撃を放つが、オータム・バグズにすべて躱されてしまっていた。

 逆に取りだした王笏おうしゃくによって小突かれただけで、ギヨギヨの巨体は観客席まで吹き飛んでいった。


「……圧倒的すぎる! 切り札を使うしかない!」


 リューナは一瞬で判断し、最強の【究極アルティマスキル:ドラゴンキラー】を放つことにした。

 本来はドラゴン特攻の斬撃だが、それ以外に対しても必殺といえるダメージを与えることができるのだ。


「プレイヤー! 許可を! 早く!」


「わ、わかった! リューナ! ドラゴンキラーだ!」


 リューナは腰だめに構え、鞘に収まっている剣を強く握りしめた。

 精神集中のために瞼を閉じる。


「プレイヤー権限により究極アルティマスキルの要請を確認。……コマンドを受理。……現在可能な機能限定一割・・で発動します」


 リューナは瞼を開けた。

 その瞳には女神イズマの紋章が光り輝いていた。


「屠れ――【究極スキル:ドラゴンキラー】!」


 瞬きの間に銀光一閃。

 それは確かにオータム・バグズに命中したのだが――


「無駄だ。お前がRPGというレベルシステムで強化されているのと同様……」


 オータム・バグズは涼しげな顔をして、無傷で立っていた。


「オレ様もまた、この世ならざる〝愛〟のシステムで強化されている」


「なっ!?」


 相手がドラゴンではないとはいえ、リューナの最強の一撃を食らっても立っている。

 それはもうどうやっても倒せないということだ。


「ハハハハハ! この獅子王オータム・バグズにひれ伏せ! ……うぐっ!?」


 急にオータム・バグズが頭を押さえて苦しみだした。

 外傷はないのでリューナの攻撃が通っていたというわけではなさそうだ。


「くっ、〝愛〟のシステムの使用条件から外れていたか……。まぁよい。別に使わずとも、オレ様の力だけで充分だ」


 オータム・バグズは王笏をかざした。

 黒い魔力が凄まじい勢いで炎に変換されていく。

 それがライトや、周囲を取り囲んでいる兵士たちに向けられ――


「こ、この魔力の高さは……極大魔法……」


「たわけが。そんな上等なモノは使わん。貴様らにくれてやるのは火の初級魔法〝悲憤の小炎イーグニス・プレケス〟だ」


 大きすぎる炎の音がすべてをかき消した。

 ライトたち標的に降り注ぐ、すべてを炭化させるような黒い炎玉。

 一発だけでも恐ろしいものが、何発も、何十発も一瞬で撃ち込まれていく。

 爆煙が巨大すぎて、着弾の中心地がどうなっているのかすらわからない。


「さて、フッドマンの言うことは聞いてやった。あとは好きにさせてもらうぞ」


 オータム・バグズは一瞬で離れた貴賓席まで跳躍して、そこにいたソフィの前に降り立った。


「キミがこの国で一番美しいというソフィか。オレ様の妃にしてやろう。光栄に思え」


「きゃっ!?」


 オータム・バグズは一瞬にして、ソフィを抱えてどこかへ飛び去ってしまった。

 少し目を離した隙に、フッドマンも消えていた。

 残っているのは収まりつつある爆煙だけだ。

 その光景を見ていた観客たちはざわめいている。


「最高司祭フッドマン様が変なのを召喚して、ソフィ様がさらわれて……戦ってた奴らも殺されちまったってのか……」


「何なんだよこりゃ……悪夢かよ……」


「この国はどうなっちまうんだ……」


 観客たちが口々に不安を吐き出している。

 目の前で起きてしまった絶望的な状況だ、精神がまともに保てないのだろう。

 爆煙が薄くなり、そこに陰惨な光景があるのだろうと見ていると――


「お、おい。なんだありゃ!? 無事だぞ!?」


「奇跡が起こったのか!?」


「で、でも……突っ立ったまま動かねぇ。表面も何か鉄のように光っているような……?」


 オータム・バグズの炎魔法を受けて全滅したと思われていたが、リューナの【絶対防御魔法:テツメタフ】で全員無事だったのだ。

 ただし、全身が鉄のように固まっている状態が続くため、しばらく動くことができない。

 そういうリスクもあるので最後の防御手段ともいえるだろう。

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