兎獣人ラ・トビ、貴族に剣を振り下ろされる

 焼かれた廃村に残った獣人たちは絶望していた。

 全員で地道にコツコツ貯めてきた金を使い、長い時間掛けて旅路をしてきて、途中で何人も仲間を失ってきた。

 ようやく辿り着いたのが、この絶望的状況だ。


 それでも――兎獣人の少年ラ・トビだけは諦めていなかった。


「み、みんな! 家は焼けちゃってるけど、土地はあるんだ! ライトさんも『この依頼料を役立ててくれ』って返してくれたし、きっと何とか――」


「何とかなるはずねぇよ……。住むところはどうすんだ。焼け跡がジャマで村は場所が確保できない。もしかして疲れ果ててる数十人が、ずっと森で野営を続けるのか……?」


「そ、それは……」


「それに保存食も残り僅かだぞ。元々少ない依頼料を返してもらった程度じゃ、もうどうにもできねぇんだよ。あの人間は好い奴だったが……結局は別種族の人間だ。最後はこうやっていなくなっちまう」


 焦げた嫌な臭いのする、焼け落ちた廃村の中で獣人たちは暗い表情をしていた。

 ラ・トビが全員を前向きにしようとしているのはわかるのだが、どう足掻いても無理な状況だ。


「そ、それでもライトさんのように、ボクたちに優しい人間だっているはず――」


「ザコ種族の獣人に優しい人間? そんなのいるはずないわよ~!」


 ラ・トビの声を遮った女性の声――それは呪いを得意とする召喚士ビーチェ・ギリッシュだった。

 格好は宮廷召喚士のローブ、それと首のシルバーチェーンに複数のドクロが飾られている。

 ウェーブのかかった長い金髪と、はだけさせている大きな胸も相まって魔女かシャーマンのように見えた。


「ギリッシュ家の使いとしてやってきたけど、住み心地はどうかしら~?」


「こ、こんな焼かれた廃村を売るなんて詐欺だ……!」


「あらぁ? 契約したときは焼けてなかったわよ~? 契約後にどこかの誰かが焼いちゃったのなら、それはアタシの知るところじゃないし~?」


 ビーチェは小さな兎獣人を見下し、表情を楽しげに歪ませていた。


「もしかして、お前が……!」


「今、疑った? ザコ獣人風情が、神にも均しい貴族で宮廷召喚士のアタシを疑った?」


 後ろに控えていた護衛の兵士たちが、ラ・トビを押さえ付けた。


「な、何を!?」


「何って? 獣人にとって神である人間を疑った――」


 ビーチェは兵士から剣を左手で受け取って、それを天高く掲げた。


「これは天罰。獣は死ね」


「う、うわぁぁぁああ!?」


 もがいて逃げようとするラ・トビだが、屈強な兵士はビクともしない。

 周りの獣人たちも助けようとするが、他の兵士たちが剣を突き付けていた。

 そのままビーチェは、ラ・トビの直上から剣を勢いよく振り下ろす。

 直撃――と思われたが


「セーフ……!」


 間一髪、すべり込んできたライトの腕に深くめり込んで止まっていた。


「な、なんでアンタがこんなところにいるのよ!?」


「ライトさん!! 戻ってきてくれたんですね!」


 驚きに顔を歪ませるビーチェと、希望に満ちた表情のラ・トビ。

 ライトは脂汗を流しながら笑っていた。


「かなり痛ぇ……。だけど身体を鍛えていて平気だ……。それで貴族のビーチェ様は、どうして子どもを斬り殺そうとしてたんだ?」


「このザコ獣人が、こともあろうにアタシを疑ったのよ。馬車を襲撃したのはお前だろうってね! ほんっと、ありえない! そんなの殺して当然じゃないの!?」


 ビーチェはヒステリックに吐き捨てた。

 ライトはその姿を観察してから、冷静に告げた。


「そうか。それは災難だったな」


「でしょう? ふふ、ライトもわかるようになってきたじゃない」


「ところで――ビーチェは右利き・・・だったよな?」


「え、えぇ……そうよ。それがどうかしたのかしら?」


「なのに、なんで左手・・で剣を持っているんだ? 利き腕じゃないおかげで俺の腕も切り飛ばされずに済んだが。ああ、そういえば……俺が追い払った襲撃者は右腕をケガしていたな?」


「そ、そんなの……偶然かもしれな――」


「しかも、襲撃者たちのマントの下は、そこの兵士と同じ装備。オマケにビーチェが得意な呪いまでかけられて情報を隠蔽されていた」


「……ッ!」


 核心を突かれたビーチェは一歩後ずさった。


「ここは彼ら獣人の所有地だ。まだ滞在するというのなら、ローブの下にある腕の傷を確認させてもらっても――」


「ふ、ふんっ! こんな焼け跡しかない場所に長居なんてしないわよ! 帰るわよ!」


 焦りの表情を見せたビーチェは、慌てる兵士たちと一緒に退散していった。

 安心したライトは気が抜けたのか、腕の痛みがぶり返してきた。


「やっぱり、メチャクチャ痛い……」


 リューナが申し訳なさそうにしながら、薬草でライトの治療を始める。


「私が咄嗟の対応を苦手なため……プレイヤーの盾となれず面目ないです……」


 ライトたちが廃村に戻ってきたとき、すでに剣が振り下ろされようとしていた。

 ライトは身体が勝手に動いて、ラ・トビを庇っていたのだ。


「急な出来事に思考がフリーズしてしまいました。いつも指示待ちだった癖が……うぅ……」


「俺も指示をする前に突っ走っちゃったし、お互い様だよ。……いたた」


「その……プレイヤー。腕は千切れませんでしたが、骨が折れてる――というか粉砕されてます。これは薬草でもしばらく時間がかかりそうです。無理をなさらないでください」


 リューナは本当に心配そうにしてから、そこらへんに落ちていた廃材を添え木にして、ライトの腕を固定した。


「ありがとう、リューナ」


「プレイヤー……」


 治療という近い距離で見つめ合う二人だった。

 リューナだけが、なぜか一方的に意識をしてしまって頬を桜色に染めていた。

 その雰囲気を、獣人たちの野太い歓迎の声がかき消す。


「うぉおおお! アンタ、戻ってきてくれたんだな!」


「やっぱり、人間にも好い奴はいるもんだ!」


「子どものために腕一本犠牲にするとは! すげぇ根性見せてもらったぜ!!」


 自分がした行動にも関わらず、ライトは少し照れてしまう。


「ライトさん、助けてくれてありがとうございます! ……でも、どうして戻ってきてくれたんですか? この廃村は自分たちじゃどうすることも出来ないって……」


「トビ、助っ人を連れて来た。……喜べ、プロフェッショナルだ!」


 ライトは自信満々で言い切った。

 その後ろで、獣人たちに次々と抱きつきまくるテンションマックス幼女――イナホがいた。


「うっひゃああああ! もふもふ天国! あつまる! 獣人さんのもふもふ村、ばんじゃーい!!」


「……ライトさん、あの方ですか?」


「ん、んんっ。たぶん大丈夫……たぶん」


 ライトは神妙な面持ちで答えるしかなかった。



――――――

あとがき

モフモフのプロフェッショナル幼女

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