召喚士、人嫌いの牧場ゲーキャラを喚び出す

 ライトは“銀の円盤”の裏面――データが収納されている部分に光を当て、召喚魔法を実行する。

 どんな相手が喚び出されるのかわからないので、本当はもっと準備してからがいいのだが、そうも言っていられない。

 光が増幅され、空間を満たしていく。


「ライト・ゲイルの名の下に顕現せよ、彼方からの来訪者。そして、我が真摯なる願いを叶えたまえ……!」


 人間の頭では到底理解できないデータが流れ込み、脳が焼き切れそうになるが耐える。

 その手を掴み取れるくらい明確なイメージが浮かぶ。


幻想サモン・ヴ召喚ァーチャル!」


 悠久の癒やしを求められ、幾億回も心の温かさを与えた存在。

 緩やかな営みを尊び、その豊穣は地母神に匹敵する。

 その名は――


「我が名はイナホ・マル。女神イズマに導かれ参上した」


 今、孤高の牧場主が召喚された。


「ち、小さい……」


 イナホと名乗ったおかっぱ頭の少女――いや、外見年齢十歳くらいの幼女だろうか。

 黒髪黒目というのはライトと一緒だが、顔の作りが平たい。

 着ているのは吊りズボン型ツナギ、いわゆるオーバーオールというやつだ。

 青いデニム生地はいかにも牧場で働いている雰囲気。

 かぶっている麦わら帽子から、大きな瞳がチラチラと見える。

 ライトと目が合った。


「よろしく、イナホ。俺は召喚士のライト――」


「う、うわああああああ!? あたしの召喚者オーナーが人間だあああああ!?」


「え……?」


 イナホは大きな声で叫ぶと、ライトから隠れるように木の裏へダッシュした。

 リューナとライトは唖然とする。


「……どうしたのでしょうか? プレイヤーを見て逃げてしまいました」


「お、俺……何か悪いことをしちゃったかな?」


 初対面で知らない人間から嫌われるようなことは思い当たらない。

 どうしたものかと悩んでいると、イナホが小さな身体をひょこっと木の陰から覗かせてきた。


「ご、ごめん……。あたし、人間が苦手なの……」


「なるほど……」


 獣人を嫌う者もいれば、その逆で人間を嫌う者もいるのだろう。

 ライト個人に非はないが、人間という種族全体としては嫌われることもしている。


「女神イズマっていうのから急に喚び出されたけど、相手が動物じゃなくて人間だなんて……。うぅ……ここどこ。意味がわからないよ……」


 プルプル震えるイナホ。

 普通の召喚獣は、喚び出した時点で召喚者の言うことを聞くのだが、この幻想英雄を召喚する方法は勝手が違うのだろう。

 ライトが、イナホを納得させる必要があるようだ。


「えーっと……イナホ、キミの力が必要なんだ」


「そ、そんなことを言われても……」


「そこの紙束に描かれている、家を作る力がキミにはあるんだろう? それで助けてほしい人たちがいるんだ」


「……普通に牧場で暮らせる程度のスキルの役立たずだよぅ――って、紙束? もしかして……ちょっと見せて、それ!」


 イナホは、リューナが持っていた紙束を奪い取ると、驚きの表情を見せていた。


「こ、これ……ゲームの説明書。書かれているのはあたし……。そうか、そういうことか……」


「説明書?」


 ライトは聞き慣れない言葉に首を傾げた。

 イナホの方は頭を抱えて何やらブツブツと呟いていた。


「女神イズマから与えられた朧気な知識だけじゃわからなかったけど、ここは異世界。そして、あたしはゲームの中から召喚されたってことね……。普通に日本で暮らしていて、ちょっとだけ突発的に牧場生活を始めた一般人だと思ってたのに、自分が架空のゲームキャラだったとか……ショック……」


「えーっと……イナホ?」


「ふ、ふふふ……オーナーにもわかるように説明すると、自分がチェスのコマみたいなものだったと自覚しちゃった瞬間よ……。あたし、現代っ子設定だから、ゲームディスクとか説明書もわかっちゃうのよ……」


「あ、あの、やっぱりよくわからないけど、それでイナホに力を使ってほしくて」


 ライトの言葉に、イナホは爽やかな笑顔を見せた。


「よし、自己消滅するね! 死ねば記憶がリセットされるらしいけど、あたしはあたしなので、次喚び出しても同じコースになるから! 人間の力になるなんて絶対無理!」


「ちょ、待って! 獣人の村を助けるために、どうしてもお願いしたいんだ!」


「えっ、獣……人……? この世界って獣人さんがいるの……?」


 自己消滅しようとしていたイナホは、耳をピクッと動かして、眼を輝かせ始めた。

 ライトは、獣人に興味があるらしいと察して説明を進める。


「獣人数十人が、住む家をなくして困っているんだ」


「す、数十人も獣人さんが……どんなモフモフがいるのよ……」


「兎、犬、猫、羊、フクロウ……とかいたと思う」


「オーナー! このイナホ・マル、全力でお供致します!」


 熱い手のひら返しだった。


「イナホは動物が好きなのか?」


「うん! 大好き! ……でも、人間は大嫌いだから、オーナーとそっちの鎧の綺麗な人は、あまり近付かないでね!」


「よ、鎧の綺麗な人……。私の名前はリューナです」


 結構な距離感を保ちつつ、三人は獣人の村へ戻るのであった。



――――――

あとがき

そういえば気が付きましたが、最近のゲームは紙の説明書が入っていませんね。

イナホは現代っ子を名乗っていますが、10~20年くらい前の知識っぽいです。


ただの操作説明とかでも、ふいに開発者らしき手書き文字が入ってると嬉しくなったあの頃。

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