第23話 初めての日

「ただいまー!」

「おかえりー。」


シグマが久々に帰ってきた。


「なんか久々だな~!戦地みたいに荒れた部屋だね!」

「人の家を戦地に例えるの辞めて!てか、帰ってくるなら言えよな~。」

「あれ!?私メッセージ送らなかったっけ?」

「送られてきたのは特注の襖だけだよ。しかも昨日な!」


昨日シグマから届いた巨大な荷物は壁より分厚い襖だった。

完全防音の襖らしく、設置してから天沢さんの生活音は一切しなくなった。

自由に生活できるようになった反面、天沢さんとの隔たりができてしまい悲しかった。。


それがシグマが帰ってくるメッセージだったのか。


(襖特注するなら壁直してくれ!)


ボケかと思ってツッコミをしただけで完結してしまっていた。


「シグマ醤油とって。」

「ほい!」

「ありがとー」

「スズキーノ、シグマスペシャルとって。」

「ほい!」

「さんきゅ!やっぱり唐揚げにはシグマスペシャルだね!」

「そうだな。え!?シグマスペシャルって何!?」


平穏な食事だ。


「ふ~!気持ちよかった~!日本の風呂は最高!!」

「そいつはよかった。ほんじゃ、俺も入ろっかな。」

「う~ん、私ももう一回入ろ。」

「へ!?なんで!?」

「鈍い!一緒に入ろうって言ってんの!」

「い、いや、一緒に入る必要ないだろ!」

「必要があると私が判断したの。」

「ダメだって!二回も入ったらのぼせちゃうしな!」

「ちぇー。」


平穏な会話だ。


「スズキーノ、相変わらずマリカー強いね…」

「最近赤甲羅より俺の方が速いもんな。」

「ふぁ〜今日は寝よ〜」

「ふぁ〜だな〜」


シグマはカプセルベッドに入り、俺を見てお休みと言った…

俺も自分のベッドに入り、シグマを見てお休みと言った…


ようやくシグマが帰ってきた。

待ち望んでいた平穏な日常。

そう。平穏なはずだ。

平穏なはずなのに、俺の心臓の鼓動は異常なほど高鳴っている。


もぞもぞもぞもぞ


布団の中で何回も寝返りをうつ。


もぞもぞもぞもぞ


ダメだ!全っ然寝れない!!!

もう少しだけシグマと話したい。


ギシッ!


布団から立ち上がり、明かりをつけようと照明の紐を探す。


「げっ!?」

「きゃっっ!」


空をきる俺の手に柔らかい感触があたった。


「え!?シグマ?」

「スズキーノ!?」


「なんで立ってるんだ!?」

「ス、スズキーノこそ。。なんで?」

「お、俺はその。。」


シグマともう少し話したかったから。

…なんて言えない。


二人の間に沈黙の時間ができる。


「…」

「…」


しばらくして、目が暗闇に慣れてくる。

薄ぼんやりと見えるシグマに猛烈に触れたくなってきた。。

我慢できずに、シグマの手に右手で僅かに触れる。

シグマも俺のことが見えていたのだろう、僅かに触れた俺の手をシグマの右の手が優しく包む。


「…」

「…」


言葉を未だ交わしていない。

だが、言葉を交わす以上にシグマを感じる。


すすす…


少しだけシグマに近づく。

少ししか近づいていないのに、距離に順じて心拍数は正確に上がる。


ギギッ


シグマも俺に近づいてきた。


抱きしめられるほどの距離でシグマと向き合う。

二人きりの暗闇の中、シグマの熱気と吐息だけが、はっきりと感じる。


こういう時、相手になんて言えばいいんだろうか。。

普通の会話は、この展開ではきっと不自然だろう。

相手も盛り下がるに違いない。

だが、ロマンチックな言葉は恥ずかしくて言えない。

でも、エッチはしたい。


じゃあ、間をとって!

エッチなことを言おう!!


「スズキーノ。。」


シグマの少し溶けたアイスのような甘い声が、俺のエッチな発言を喉奥で止めさせた。


カーテンの隙間から入った月光が、シグマの瞳を星空のように輝かせる。

その瞳に吸い込まれるようにフワフワと顔が近づく。


チュ…


眺めていた瞳から涙が、流れ星のように流れた。


俺は今日。空気嫁にキスをした。








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