第6話 恥物のお披露目

わかってる。


歯を磨いてる場合じゃない。


でも、急いでシグマを追いかけても、状況は好転しない。

なぜなら、シグマを捕まえたとしても、

俺の所有物だと、目撃者に認知されてしまう。。

それに、4階に落ちても平気な空気嫁だ。

力ずくで家に戻すことも難しいだろう。。


歯ブラシを握る手は震度5で震えている。

鏡に写る自分の額には大量の冷や汗が吹き出していた。

結局、エラーが生じた脳は今後の算段をはじき出せず、

いつもと同じ時間に家を出て学校へ向かう。


タタタッ

「おっはよー!」

タタタッ

昨日と同じように天沢さんに肩を叩かれた。

いつもは聞こえないとわかっていても、挨拶を返すが、今日はその余裕がない。


その後、5分くらいだが美幸と一緒に歩いた。。

蒼白な俺の顔面に、きっと疑問を感じていただろう。

何度か美幸に話しかけられた気がするが、

上の空の為、なんと答えたか覚えていない。。


学校に近づくにつれて吐き気がしてくる。

一歩踏み出すごとに血の気が引いていく。

学校に自分の欲求から生み出された恥物がいるからだ。

前人未到の公開処刑だろう。


「だ、ダメだ。。こ、これ以上進めない。。」

吐き気がピークに達した。

貧血で目の前の景色が黒の斑点で埋まっていく。


「ふーーー。一度ポジティブに考えよう。。」

精神の回復をはかるため、

学校に空気嫁が露見した時の、

メリットを考えることにした。


空気嫁の顔は天沢さんにそっくりだ。

好きな人が露見するようなもの。

これで告白をせずとも天沢さんに思いが伝わる。。

いろんな思いが伝わっちゃうけど。。


身体は担任の先生だ。

確か美術部の顧問でもあったか。。

ぜひ、芸術品と捉えていただきたいです。先生。。


性格が美幸なのは誰にもわからないだろう。


「うぅーーおおぇえーーーーーー!!」


盛大に吐く。

メリットってなんだっけ。。


裏道で何度か吐きながら、ついに自分の教室に到着する。


パンドラの箱のように感じる教室の扉。

「ふーーー!腹はくくってきた。さらば我が青春。。」


思いきって秒速2cmで扉を開ける。


ゆっくりと開く扉から、溢れ出る教室の雰囲気を肌で感じる。


「なんで鈴木スローなの?」

「鈴木くんって、あんな肌白かったっけ?」

「おはよー!何やってんだ?すすぎ」

「お、おう。おはよー。」


。。いつも通りだ。。

どうやら俺の空気嫁は、学校にたどり着かなかったらしい。

人生最大の取り越し苦労とわかり、血の気が海の波のように全身を巡る。


「アッハハハ!!馬鹿だな~俺は!」


そうだよな~。

ちょっと考えれば、凡庸な俺が作った、ただのオナホだ。

学校に通えるはずがない。

人間として扱われるはずがない。


あとは、どこかの俺の知らない街で、所有者不明の空気嫁として、

ゴミ処理されてくれ。

もう回収しようなどという欲はない。

平凡な今の日々が、こんなにも尊いと気がついたからだ。

俺は空気嫁の大脱走事件を経て、

ガンジーと同じぐらいの悟りを開いた。


「名前の濁点の位置違うけどな」

「ツッコミおっそ!!アハハハ!!」


カツカツカツカツカツカツ!

「おっ!このヒールで気持ちよく床を踏みつける音は!」

「先生だな!」

「うっほ!床になりてー!!」

「それな!」


バン!!

カツカツカツカツカツカツ!


なんて落ち着く景色だ。

先生の身体は母なる大地だ。

空気嫁で再現できたと思っていたが、

この美しさを創るには、人間の手では不可能だ。


…ん?先生の後に誰かついてきた。

…ん?なんて力強いボディ!?


母なる大地には劣るが、

胸に小ぶりのスイカを仕込み。

腰には、メデューサの目よりも、視線を石のように釘付けにする、呪われた魅力があった。


こ、これは!?まさか!?

後ろについてきた人の顔を見る。


「おぉ。大地よ。

 私は土となり、あなたと一つに…」


少し恥ずかしそうに、視線を下に向けている、シグマが教壇の上に立っていた。。


平穏な世界は幻だったようだ。

さよなら学校生活、

さよなら人生、さよならガンジー。


神の用意した悲劇の物語に人は抗えない。

神の欲求を満たす我々は、ただの空気嫁でしかないのだから。









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