それでもスロットは回っている

RAY

それでもスロットは回っている 


「来たよ、来たよ、来ちゃったよ! 三万ゲットだぜい!」


 静止したスロットに同じ絵柄がそろった瞬間、男は、タバコを灰皿に押し当てると、右手の拳を握り締めてガッツポーズをとった。

 パチスロ台の液晶画面では、ビキニの水着をまとった、人気アニメのセクシーキャラが賞賛の言葉を発している。


「三日で八万のプラスって、この店最高じゃねえ? 二時間かけて来る価値大ありだわ」


 男は、ヒューっと口笛を鳴らしながら、払い出されたメダルを足元のドル箱へかき入れる。積まれたドル箱は全部で八つ。どの箱もメダルがぎっしりと詰まっている。


にいさん、こいつを景品に交換してくれ!」


 男は、軽く手を上げて、店内を徘徊する男性スタッフを呼び止める。

 病院で使われるような、立体マスクとゴーグルを着用したスタッフが、ドル箱を手際よく台車に載せてカウンターへと運んでいく。


風俗行ってスナックで飲んでも釣りがくるわ。ホント、コロナ様様だわ」


 カウンター係から、ICチップが埋め込まれた特殊景品を受け取った男は、やにで黄色く変色した歯を見せてニヤリと笑う。数人のスタッフが深々と頭を下げる中、上機嫌で店を後にした。

 時刻は午後七時過ぎ。男がパチンコ店を訪れてから九時間が経っていた。


 都心から車で二時間ほどのところにあるT県M市。

 新型コロナウイルスの感染拡大防止対策により、都内のパチンコ店が営業休止を余儀なくされたことで、男は、営業している店では自宅から一番近くにある、この店へ通うようになった。

 他の自治体も都にならうように営業自粛の措置を取ったことで、営業している店はなかなか見つからない。しかし、パチスロが三度の飯より好きだという、この男は、血眼になってネットを検索し、ある掲示板の書き込みから一軒の店を探し当てた。


「それにしても理不尽だわ。どいつもこいつも俺らを目のかたきにしやがって。手前てめえの金でパチスロやって何が悪い? 俺らがパチスロやるから感染が拡大するってどんな理屈よ? この迫害、人権侵害ものだわ」


 男は、のどにからまったたんを切るような音を立てて唾を吐き出すと、新しいタバコに火を点ける。下品な音が静寂を破るように辺りに響き渡る。

 パチンコ店の周りは、民家はほとんどなく、空き地が目立つ。駅から歩いて行ける距離ではなく、店の関係者以外に人の姿はほとんど見られない。


 ネットの情報によれば、最近できた穴場の店で、自治体の休業要請を受け入れた優良店の客を奪う目的で開業されたとのこと。そのためか、立地条件は悪いものの、収支がプラスになる確率が高く、席での喫煙や飲食も自由に行える。コンプライアンス違反のデパートのような店ではあるが、パチンカーにしてみればこれほど居心地の良い場所はなく、連日多くの客で賑わっている。


「そもそも、感染した年寄りが死んだのを俺らのせいにするのがおかしいっての。あいつらは、遅かれ早かれ死ぬ運命なわけよ。感染したって五十人に一人も死なないんだから、あいつらがヤワなだけ。周りの連中も悲しんでるフリなんかするなっての。腹の底では『お荷物がいなくなって清々した』なんて思ってるくせによ」


 誰もいないのをいいことに、男は、声を大にして自分の行為を正当化するような、身勝手な主張をする。大金を得たことで気持ちがたかぶっているのがわかる。


「あいつらが死ねば、年金や医療費の負担が減るわけだ。政府にとってもコロナの流行は願ったり叶ったりじゃねえの? ゴキブリの駆除に使うみたいなものだろ? 食べたゴキブリが巣に帰ると仲間も全滅ってヤツ。まぁ、なんだ。店が開いてるから俺は来てるだけで、何も悪いことなんかしちゃいないってことよ」


 男は、悪びれた様子もなく高らかに一席ぶると、タバコをふかしながら店の裏にある景品交換所へ向かった。


★★


「なんだ、こりゃ?」


 景品交換所の前で、男は眉毛をハの字にしていぶかしい顔をする。

 なぜなら、交換所の雰囲気が前日と変わっていたから。


 八畳ほどの大きさのコンクリート造りの建物に変わりはないが、入口に曇りガラスがはめ込まれた自動ドアが設置されている。以前は、交換所にドアなどなく、いつも窓口を先頭に数人が並び、行列は外まで伸びていた。

 自動ドアには、赤い文字で「お客様各位」と書かれた、ポスターサイズの紙が貼られている。


『新型コロナウイルス感染拡大防止のため、景品交換所へは一人ずつ入っていただきます。また、出るときは別の扉を使用していただきます。御用の方は、仕切り線の位置で距離を置いてお待ちください。自動ドアが開きましたら先頭の方のみ入ってください。複数の方が一度に入られた場合、営業休止の対象となります。くれぐれもルールを守っていただくようお願い申し上げます。 店長』


 どうやら、店が「三密」を防ぐための対策を施したようだ。

 前日までなかったことを考えれば、営業を継続する条件として新たに条件を課されたのかもしれない。ホールスタッフが大袈裟なマスクとゴーグルをつけていたのもその一環だとすれば、納得がいく。


 ネットでは、政府がパチンコ店に対して強く休業を要請しないのは「収入が減ることで政治献金が大きく落ち込むから」といった噂がまことしやかに流れている。

 ただ、事実だとしても、政府はそんな説明をするわけにはいかないため、体裁を整える必要がある。つまり、パチンコ店がウイルス対策に万全を期していることを示す必要がある。

 茶番もいいところではあるが、この国の不思議なところは、そんな茶番がまかり通るところにある。


「なるほど。政府も厳しいわけね。まぁ、俺的には、明日も明後日もパチスロができれば問題ないわけで、反対する理由もないわ」


 貼り紙の意味を理解したのか、男は、うんうんと首を縦に振るとタバコを投げ捨てて自動ドアの前の仕切り線に並ぶ。

 視線を上方にやると、建物の屋根と壁面との間に、大人の握り拳くらいの半球状の機器が設置されている。赤い光が点滅しているところから、客の存在を確認するためのカメラのようだ。


「先頭の方、お入りください」


 どこからか、男性の声が聞こえた。同時に自動ドアが開く。男が建物の中へ入るとドアはすぐに閉まった。

 建物の中は四畳半ぐらいの広さで、クリーム色の壁には、よく目にする、お決まりの防犯ポスターが貼られている。

 壁の一辺に受付窓口が設けられ、景品と現金をやり取りする小窓には白いカーテンが掛けられている。向こう側の様子をうかがい知ることはできない。差し出された受け皿に特殊景品を乗せ、それが回収された後、金銭が乗った受け皿が戻ってくる仕組みだ。


「景品を乗せてください」


 窓口の向こうから、先程と同じ男性の声が聞こえた。間髪を容れず、カーテンをかき分けるように受け皿が現れる。男は、言われるままに景品を受け皿に乗せた。


「しばらくお待ちください」


 受け皿がカーテンの向こうへ消える。医療用手袋をつけた手がチラリと見えた。

 男は、手持ち無沙汰な気持ちで部屋の中をグルリと見渡す。窓口のカーテン以外は前日と変わった様子はない――が、次の瞬間、男は違和感を覚える。


「出口は別だって書いてあったが、扉なんか無いじゃねえか」


 出口の扉がどこにも見当たらなかった。

 ひょっとしたら、忍者屋敷の隠し扉のように、壁の一部がバタンとひっくり返ったり天井の一部が梯子はしごのようにスルスルと下りてくるのかもしれない。ただ、わざわざそんな趣向を凝らす意味があるとも思えない。


 不意に、天井のあたりが曇っていることに気付いた。まるで、白いもやが立ち込めているようだった。

 それは、見る見る間に広がり、自分の足元さえ確認できなくなった。

 強烈な睡魔が男を襲う。立っていることができず、その場にバタリと倒れ込んだ。


★★★


「……もしもし……? もしもし……? 起きてください……」


 男の耳に、呼びかけるような声が聞こえた。

 それは、どこかで聞いたことのある声――景品交換所で耳にした、男性の声だった。

 ゆっくり目を開けると、自分がベッドの上に寝かされているのがわかった。

 部屋は薄暗く、周りには、男を取り囲むように人が数人立っている。ただ、その服装は尋常ではなかった。全員が毒ガスや病原体に対峙する際に着用する、いわゆる「化学防護服」を身にまとっている。頭の先からつま先まで浸透性のない特殊素材ですっぽりと覆われているため、顔の表情もよくわからない。


「気分はどうですか?」


 声ははっきりしていたが、それは、部屋の天井の辺りから聞こえてくる。どこかにスピーカーが設置されているのだろう。


「ここはどこだ? 俺はどうなったんだ?」


 男は、興奮気味に言い放って身体を起こそうとする――が、それはままならなかった。手足と胴体が拘束具でベッドに固定されていたから。さらに、喉の奥がしびれて声が出しづらい状態だった。


「ここは医療施設です。新型コロナウイルスの研究をしているのですが、あなたには、研究に協力していただきたいと思いまして」


「研究に協力しろ? どうして俺がそんなことに付き合わされなきゃいけないんだ!? とっととこいつを外せ!」


 男は、喉の奥から絞り出すように怒声を発する。その瞬間、喉に焼けるような痛みが走る。


「あなたの体内には、ある薬を投与させていただいています。いろいろと副作用が出るかもしれません。ただ、心配には及びません。私たちが二十四時間体制で責任をもって体調管理をさせていただきます」


 リーダー格の男性の落ち着いた声が、天井のスピーカーを通してはっきりと聞こえる。ベッドの脇には、点滴台が置かれ、男の左腕に管がつながっている。ビニールの容器に入った、黄色の薬品は既に半分以上がなくなっている。


「なんだよ、この薬は……? お前ら、俺に何をした!?」


 喉の激痛に口元を歪めながら、男は、おびえたような眼差しをリーダー格の男性へ向ける。


「落ち着いてください。今はとても大事なときです。あと少しでワクチンが認可される段階にあります。ただ、そのためには、人を使った『最終実験』が必要です。本来であれば、人体の安全を第一に考えて、二、三年かけて少しずつ成分の変更を行っていきますが、そんな悠長なことは言っていられません。政府から二ヶ月で終わらせるよう要請が来ています。ですから、あなたのような『命知らずの勇敢な方』に協力していただくことにしました」


 男の顔からサーっと血の気が失せる。声を出そうとしたが、言葉が声にならない。男は、酸欠状態の金魚のように口をパクパクさせながら身体をバタバタさせる。


「約五十回の試験が終了したら、あなたを自由にして差し上げます。運が良ければ、またパチスロができるようになるかもしれません。現在、感染者の中で死に至るのは五十人に一人ですからね。では、また一時間後に様子を見に来ます」


 リーダー格の男性が出口の方へ歩を進めると、他のスタッフも後に続く。

 ベッドに縛られた男は、目に涙を溜め、必死の形相で言葉にならない言葉を発している。


「そうそう、一つ言い忘れたことがあります」


 不意に、リーダー格の男性が足を止めてこちらを振り返る。男を見下すように斜に構えると、天井のスピーカーからフフンという、鼻で笑うような声が聞こえた。


「さっき、お年寄りのことを、ホウ酸団子を食べたゴキブリとか言っていましたが、たとえが良くないですね。それを言うなら、あなた方ですよ。ゴキブリホイホイにかかった非国民は」



 おしまい

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