第17話- 一目惚れしてしまっただけですわ~!! -

 目と鼻の先の少女はオレンジの香を漂わせながら心配そうな顔をして、俺を覗きこんでくる。すこし下に視線をずらすと、胸元から覗かせている柔からそうな白い球体をみると、いきなり俺の心臓が高鳴りを上げた。

 一回目はフィーネと出会った時。二回目は今回。


「お、俺は大丈夫だよ。調教はしないから安心してくれ」


「どうした如月煌。頬を真っ赤にさせて発情している小娘に対して動揺をしているように見えるぞ。それでも男か貴様は」


「違う……そうじゃない。そうかもしれないけど」


「うむ? もしや……未来視が発動したのか?

 ウハウハ学園ハーレム生活を視てしまったのか?」


「視えたわけではないですが、多分。あと、ハーレム学園生活は知りません」


「なるほど。発動条件は適度な興奮もしくは頭部による殴打か。これは興味深い。色々と実験させてもらっても良いかね?」


「それ、一体誰が許可するんですか……」


 この学園長からは野暮ったい臭いしかしない。以後注意しなければ。


「それは残念だ。ところで、いつまで見つめ合っているのかね?」


 ふと気づくと、先ほどから押し倒されている状態だ。


「えっと。そこをどいてもらってもいいかな。俺、起き上がれないので」


「ご、ごめんなさい!」


 少女は押し倒している態勢から上体を上げて女の子座りになった。

 こうして見ると、穏やかに波打つこがね色の髪は腰までの長さであるとわかる。

 あと、小さくて可愛い。とはいっても、俺よりも少し小さいくらいだが。


「きゃぁっ!」


 女の子座りをしていた少女は何がどうなってバランスを崩したのかわからないが、俺に向かって思いっ切り倒れこんできた。


「うわっぷ――」


 その瞬間、俺の目の前は真っ暗になった。

 いや、瀕死になったわけじゃないぞ。

 正確に言えば、柔らかい二つの球状のようなものに俺の顔が蹲ったといえる。

 ――お、大きめ?

 巨乳とまではいかないけれども、フィーネより数倍も大きい胸だ。

 また、ここで先日の悲劇が再開されなければいいのだけど。


「こらこらライトニング。ハニートラップをここで始めるつもりかい」


「ち、違いますわ! ごめんなさい異世界の使者さん!」


 謝るのは俺の方だと思うけれども、気づいてなさそうだ。


「ええと、泣いていたようだけど、本当に大丈夫?」


「え、えぇ。あなたと接触して泣いたのではなくて、学園長の話を聞いてですわ。とても切なくて、でも最後は殿方と幸せになったお話がギューっと胸に締め付けられまして」


 ああ。なるほどね。怪我じゃなくてよかった。


「あの話ね。俺も感動しちまったよ。学園長の昔話なのか即興で作った話なのか知らないけど」


「あなたもお分かりになられます? これはきっと運命に違いありませんわ」


 ふふふっと花が満開に咲いたかのような笑顔。

 うっかりと惚れてしまいそうだ。


「我に先程の話の思い出なんかないわい。即興で作ったのだよ即興で」


「あ、あ、あと学園長! わたくしは発情なんてしていませんわ!」


 少女は学園長に可愛い声を荒らげた。


「うむ? そうなのか? いつも通り教室に向かう途中で見知らぬ自分のタイプの男の子が学園長室に入っていったのを目撃して聞き耳を立てておったのでは無かったのか?」


「そ、それはっ――」


 少女は目を回してあたふたと左右に両手を振る。


「図星、であろうな。我に隠し事など出来んわい。如月煌。この小娘は貴君を運命の相手と認識しておる。誑かすのは今がチャンスだぞ。そして、記憶を戻すのも今がチャンスだ。運命の殿方なら小娘も尽くしてくれるだろう。どうかね?」


「だめだこの学園長。不純異性交遊を自分で推奨してやがる……」


「でも、小娘は満更でもなさそうだぞ? 異世界の使者という補正が掛かっているだけで、もうモテモテなのだからな。『幸運を運ぶ』。この言い伝えはデカイぞ」


 ニヤリと怪しい笑みを浮かべる学園長。


「そ、そんなことありませんわ! わたくし、わたくしは、ただ――!」


 そんな学園長に対して、少女が返した言葉は


「一目惚れしてしまっただけですわ~!!」

 


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