第5話-日常 学校-

 翌日、いつも通り登校して、日常が始まろうとしていた。

 担任が教室のドアを開けて入ってくる。


「おまえら、席につけー。ホームルーム始めるぞー。あと、如月きさらぎはこの後すぐ職員室に来るように、いいな。では日直っ!」


「きりーつ。れい。ちゃくせーき」


 職員室に呼ばれる理由が思い浮かばなかった。カンニング、暴力行為、いじめ等悪い事をした覚えはない。何故俺が職員室に?

 そう考えていると、クラスメイトの女の子が俺に問いかけてきた。


「如月君。もしかして、森ちゃんの事じゃない?」


「健二? ああ、今日は健二は何故か欠席してるな。もしかしたら風邪でお見舞いに行ってやれとかそういう話か?」


 健二は風邪か。それで、俺らから普段の学習の様子を聞いたりして、それで期末テストの評価をする。そのために、普段から一緒にいる俺に声を掛けたわけだ。実際にこの様な評価の仕方があったんだな。心配して損したぜ。

 ホームルームが終わり、俺は職員室に向かう。

 少しひびが入りかけ、錆が薄っすらと見える廊下の側壁は、何十代もの卒業生を見守って来たのを感じさせる。窓は綺麗に透き通っていて、毎日掃除当番がしっかり拭いていることが一目でわかる。

 折り返し階段を下り、廊下の壁に飾ってある表彰状の額を軽く眺めながら、一階の職員室にやって来た。


「失礼します」


 ノックを三回して挨拶すると、担任が俺を招き入れた。

 期末テスト最後の日である今日は先生達も忙しいのだろうか、少しバタバタしているように感じる。コーヒーを飲んでいる先生、テスト用紙が入っている封筒を持ち運んでいる先生、世間話をしている先生、プリントが山盛りのデスクを整理している先生など見受けられる。そんな雰囲気の中、俺たちは担任の先生の目の前に立ち並んだ。


「単刀直入に言う。昨日、如月は森崎と一緒に居たのか?」


 先生が健二について尋ねてきた。

 普段から真顔だが、今日の先生はより一層無表情だ。


「はい、一緒にいましたけど――健二に何かあったんですか?」


 先生はうなずき肯定した。次の言葉で俺は耳を疑った。


「森崎は昨日、帰宅していないらしい。両親から連絡が来た。警察にも捜索願を届出たとのことだ。それで、君が昨日の放課後一緒に下校しているのを見かけた先生がいて、君なら何か知っているかもしれないと仰っていた。だから、先生は君を呼んだんだ。それで、昨日一緒に何処へ行ったのか気になってな」


 え――


 不登校、行方不明、拉致。物騒な言葉が脳裏に羅列して、唖然とした。

 健二に何かが起きたのだ。

 昨晩、俺らは森の中で不気味な声を着た後、直ぐにその場から撤退した。

 そして、帰りはいつもの分かれ道で解散。これらのことを先生に説明してみた。


「それは、確かな事か?」


「それ以上の事は、健二と帰る方向が違うのでよくわかりません」


 これ以上の事は本当に分からない。そのまま帰宅して、夕飯食べて、風呂に入って、今日のテスト勉強をして寝る。これが昨日の帰宅後の生活だ。


「そうか。わかった。ありがとう。君たちは教室に戻っていいぞ。そろそろテストが始まる。時間を取ってすまなかった。何か分かったら先生に連絡してくれ」


 そう先生が言うと、デスクに体を向け、書類を整理し始めた。

 俺は廊下に戻り「失礼しました」と挨拶をして職員室のドアを閉める。


「如月君、森ちゃんの事だった? 何かあったのかな。何か、恐いよ」


教室に戻っている最中、先に言葉を発したのは朝声かけてくれたクラスメイトだった。


「ああ、そうだった。健二は、昨日から行方不明らしい。

 それに、最後に健二に会ったのは俺っぽい」


 突然、行方不明と言われば誰だって動揺するし、心配するだろう。

 もしかしたら今日は自分が誘拐されるかもしれない。そう考えてしまっても仕方がない。いつもは雰囲気を和やかにしてくれる女の子だが、今回は足取りが重い。


「まあ、何かあったら包み隠さず話す。誰かが健二を狙っていたのかもしれない。怪しい人物が居たり、誘拐されそうになったら、速攻で学校に電話しよう」


 しんみりとした空気がクラスを漂う中、しんと静まり返った教室に着き、それぞれの席に座りテストの時間まで待機した。

 それにしても何故、あの健二が誘拐されたのだろうか。家に向かう途中か?

 いや待て、あの分かれ道から健二の家は人通りが多いから誘拐には適さない場所のはずだ。駅前の大型スーパー方面だから、夕飯を購入する主婦や一人暮らしのサラリーマン、居酒屋には大学生などが大勢いる。誘拐が起きれば目撃者が居ないということは無いだろう。


 ――だめだ


 考えれば考える程、不可能という結論に達してしまう。

 なぜ、俺の脳はこんなにも弱いんだ。他にも何かあるはずだろうが。

 固定観念か。いつも頭から離れないで、その人の思考を拘束するような考え。

 つまり、思い込み。これがいつも思考の邪魔をする。無意識で考えられないようにしている根本的な原因だ。

 俺は固定概念を無くすため、肺を大きく膨らまし、思いっきり深呼吸をすると、試験監督に「静かにッ!!」と注意された。

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