第8話 「こころのボール」

かき集めた感情を 手のひらで丸める

できたばかりのボールを あなたへ投げた

倒れたあなたを見て 私は立ちつくしたまま

転がり戻る 歪んだボール

拾った時には あなたはもう消えていた


何が強かったんだろう

何が弱かったんだろう

何が足りなかったんだろう


また新しい感情がうねりはじめて 息が苦しい

もうしばらくは こんな日が続くから

小さな呼吸の反復で 何とか生きながらえるだけ



かき集めた感情を 手のひらで丸める

ひと晩寝かせたボールを 四角い部屋に放(ほう)った

よける人々を前に 私は薄ら笑いの仮面をかぶる

踏みにじられて 砕けたボール

欠片をつまんでいるうちに あたりは暗くなっていた


何が熱かったんだろう

何が冷たかったんだろう

何が満たなかったんだろう


また新しい感情がうねりはじめて 息が苦しい

きっとしばらくは こんな日が続くから

震える呼吸の反復で 何とか生きながらえるだけ



かき集めた感情を 手のひらで丸める

涙を数滴 笑顔をひとさじ あなたの背中にそっと掲(かか)げた

雑踏のはびこる不穏な空気 差し伸べた手を諦める

あなたを思った ぶ格好なボール

握りつぶそうとしたとき あなたの肩が揺れた


何が伝わるんだろう

何が求められるのだろう

何が、そうさせるのだろう


押し込めていた感情が浮き上がってきて 息がつまる

これからも 

これからも 

こんな瞬間は続くから

たびたびボールを丸めては 角度を変えて眺めてみる

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