第12話 最良の旅立ち

 出発の日、穏やかな光に照らされたままごとのセットのようなクツアの家をしげしげと眺めながら、この家を爆破しようと思った。


「この家を爆破しよう」

「いや!」


 力強く首を振るクツアに旅立ちの日に家を爆破するのは普通のことなんだって教えてあげたけど「そんなのおかしい!」って言うことを聞かない。


 おかしいのはクツア・メイラシかローラ・インガルスか少し考えれば一目瞭然だけれどまた旅芸人にならないなんて言われたら堪らないからそれ以上何も言わないことにした。


 旅立つには最良の日だった。

 空に巨大な雲があるのがいい。

 あの白い塊が段々と落ちて来て俺をすっぽり飲み込んでしまうって想像するといい気分だ。


 クツアの傍らには彼女よりも大きなスーツケースがあった。

 黒い木製のスーツケースでますますカラスだったので紅色に染めたかったけどこれも言わないことにした。


 世の中、沈黙が金ってことだ。


 しかし、こんな大きな荷物をどうやって家の外まで運んだんだろうかってクツアに尋ねたら「見てなかったの?」とクツアは歩き出した。


 するとスーツケースから樹の根のような足が生えてきてムカデのようにクツアの後を付いて歩く。


「可愛いもんだなぁ」


 撫でてみようと思って手を伸ばしたら「だめ!」とクツアが大声を出して止めようとする。

 それでも構うんもんかって手を引っ込めないでいるとスーツケースが口が開けてホオジロザメみたいな牙で俺の手を噛みちぎって食べてしまった。


「だめって言ったのに!」


 クツアは横で何やら喚いていたがスーツケースに付着した血飛沫ちしぶきを見て思わず笑ってしまった。


 やっぱり旅芸人には紅が似合う。


「いたくないの?」

「痛いさ。何だってこいつは俺の腕を喰ったんだ?」

「わたしいがい、どろぼうって教えてるから」


 そんなことがあって記念すべき旅立ちの日だというのに俺は片腕になってしまった。

 まあ、そのうち生えて来るだろう。


 王様の樹の前でクツアは立ち止まった。


「しょんべんだったら樹の中ですればいい。いい栄養になる」

「いじめられないかな?」

「旅芸人だぞ。大丈夫に決まっている」

「でも前はいじめられたよ」

「その時、旅芸人だったのか?」

「ちがうけど……」

「じゃあ、大丈夫だ。行こう」


 それでもクツアは好きな子に告白しようとするナメクジみたいにうじうじしていたので手を取って進むこにした。


 出ると時も来た時と何も変わらない。

 上も下も分からない暗闇の中を宇宙を歩くように進んでいく。


「すごいね。よくまよわないね」

 クツアが感心しましたって口振りで言うのが引っ掛かった。

「何でだ?」

「まほうなんだよ。くらやみにとじこめる」

「馬鹿だな。暗くしても歩けたら閉じ込められないだろう」

 俺はあまりにも幼稚な魔法に笑ってしまった。

「マサユキがおかしいんだよ」

 おかしいのはクツアだった。


「でも……」とクツアは立ち止まり俺の手を引いた。

「何だ?」

「そっちはだめ。こっち」

「どうして?」

 どっちだって同じだった。

「そっちは行きたくない。こっちがいい」

 クツアはぐいぐいと俺の手を引いて進路を変えようとする。

 散歩中の犬みたいな気分になった。

「どっちだって同じだろう」

「ちがうもん!」

 従うしかなかった。

 クツアには旅芸人の才能があるが俺にはないのだから。


 それからクツアに引きずられるように辿り着いたその場所は潮の匂いがした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る