第11話 滑稽な渡り鳥

 旅芸人って言うのは色々な人間を楽しませなくてはいけない。


 だけど、世の中には呆れるほど沢山の人間がオタマジャクシみたいにうごめいているものだから色々な人を楽しませるって存外難しい。


 沢山の矢で人を穴だらけにする聖女とか

 笑いを求めてピエロを見にくる商人の娘とか

 槍で人を突き殺す衛兵とか

 驚きを求めて芸人の技を見に来る農家の少年とか

 虐められて引き籠もっている幼女とか

 冷やかし半分で覗きに来ただけの貴族の青年とか

 とにかく人っていうのは一人一人違うのだから厄介だ。


 しかし、結局の所、人間は猿に過ぎないのだから容姿にしろ、性格にしろ、才能にしろ、考え方にしろ、それは大同小異で神様から見れば等しく猿だ。


 猿と自覚しない猿だけが人間の振りをして活動しているように俺には映る。

 まぁ、自分を猿だと思っている猿なんて殆どいないだろうからこの世界にはやっぱりオタマジャクシみたいに人間がうごめいていて成長してカエルになって交尾してまたオタマジャクシを増やす、そういう仕組みになっている。


 うんざりする話だが仕方がない。


 旅芸人って言うのはそういう色々な奴らを笑わせる仕事なんだってクツアに話したら「わたし、さるじゃないもん!」って早速、人間の振りをした。


 クツアが旅芸人になる決心をするまでに長い時間がかかった。

 具体的には紅い卵が見開き一ページ分のスペースを埋め尽くすぐらいの時間だ。


 あれは自分の影を観察しながら太陽の寿命について計算していた時のことだった。

 クツアが高級な餌を食べに来たアヒルみたいに近付いてきて「たびげいにんになってもいいよ」と言い出した。


 俺は興奮のあまりクツアを持ち上げてぽいっと投げ捨てた。

 クツアは猫みたいにくるりと回転して地面に着地するや否や二人に分身した。


「「何するの!」」


 感情が高ぶった時に分身するのが最近のクツアのトレンドだった。


「あまりにいい考えだったからさ!」

「なげちゃだめ!」

「分かった、分かったよ! でも、俺の計算によると太陽の寿命は八年で尽きるから急がないといけないよ」


 旅芸人になるために何よりも大事なのは服だった。

 裸でいれば槍を持った男が突き殺しに来るからだ。


「服は着るんだ、クツア」

「いつもきてるよ」


 言われてみればクツアはいつも服を着ていた。

 俺は感心したがすぐに問題に気が付いた。


「服を脱ぐんだ、クツア」

「どうして?」

「旅芸人の服は白か赤でないといけないから。君の服は真っ黒じゃないか」

「黒いふくしか持ってないよ」

「どうして?」

「だって、まじょだもん」


 これぐらいのことでは取り乱さないようになっていた。

 昨日今日の付き合いじゃないんだ。


「俺にいい考えがある」


 俺は鞄からナイフを取り出して自分の手をグサグサと何度も刺した。

 思った通り、血塗みまみれだ!


「クツア、おいで」

「どうして?」

「服を赤くするためさ」

 そんなことも分からないなんてクツアはやっぱり子供だなと思って笑いそうになった。

 けれど、

「どうしてそんなことするの?」

 と言ってクツアは泣き出した。


 クツアが泣くのを見るのはそれが初めてで思考が追いつかず、彼女の泣く光景が上手く現実とリンクしなかった。


 しかし、やがて正気に戻って

「泣き出すなんて君は変だ」

 と言うと

「へんじゃ……、ないもん」

 クツアは小さな手で小さな目を拭ってそう言い返してきた。


「どうして泣く必要がある? 旅芸人は笑う仕事なんだぞ」

「やめる」

「そうだ、泣くのをやめるんだ」

「だびげいにんになるのやめる」

「えっ、急に何を言い出すんだ?」


 これには久しぶりに驚かされたし、落ち着かない気持ちになった。

 何とかなだめようとしても首を横に振るばかりでまるで駄目だ。

 その内、クツアはレジスタンスのようにベッドに潜り込み眠ってしまった。


 仕方がないので俺は外に出て如雨露じょうろに溜まった水で手を洗い、花壇に水を遣りながら何が良くなかったかを考えた。


 女の子のお洒落に口を挟んだのが良くなかったのだとようやく気が付いた頃には陽はすっかり沈んでしまっていた。

 家に戻るとクツアはベッドの上で布団にくるまりながら絵本を読んでいた。


「よくよく考えてみれば黒い服だってお洒落だし、旅烏たびがらすっていう言葉もあるぐらいだからカラスみたいな格好をした旅芸人がいてもいいのかもしれない」


 光に照らされてツヤツヤとしたクツアの黒い後頭部を見つめながらそんな言葉を投げかけてみた。


 それがこうそうしたのかクツアは体を起こして

「読んで」

 と絵本を差し出してきた。


 俺は絵本を受け取って

「一座の名前は『絵本を読むカラス』にしよう」

「もう自分のことナイフでささないで」

 

 クツアは何だか怒っているかのようだった。


 彼女がなぜそんなことを俺に求めるのかさっぱり分からなかった。

 けれど、頷くべきだと思って頷いて絵本を読むことにした。


 俺達は猿に過ぎないのだからそれで良かった。

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