第8話 クレイジーラジオダンス

 斧を捨てても相変わらずクツアはプルプルしていたのでもう眠ることにした。


 暗いところでないと眠れないからクツアに明かりを消すように頼んだが、クツアは「いやだ、いやだ」と駄々をこねた。


 クツアは一人で暮らしているから協調性がないんだ。


 諦めて部屋の明かりを消すスイッチを見つけようと部屋の中を見渡してみたが見つからない。

 そもそもスイッチなんてないのかも。


 天上に球体が浮いていて、それが部屋の中を照らしているのだが発光の仕組みはよく分からない。

 電気かもしれないし、ルシフェラーゼかもしれないし、『ごにょごにょ』しているのかもしれない。


 いずれにせよ、あの球体を叩き壊してしまえば明かりは消えるのだから何だっていいやと思って投げ捨てた斧を探しに外に出た。


 しかし、探し物って大抵の場合、見つからない。

 今回だってそうだった。

 斧はドアの近くにはなかったし、月明かりの程度の明るさで何かを探すのはとても大変だった。


 明かりが必要だと思って家の中に戻って光る球体をもぎ取ろうとぴょんぴょんと跳ねてみたがぎりぎりのところで届かない。


「何してるの?」ってクツアは言うので「明かりを消して欲しいんだ」って答えるとクツアは「いやだ」って答える。


 仕方がないから月明かりの中、斧を探そうと外に出てもやっぱり見つからない。

 それでまた家に戻ってとぴょんぴょんと跳ねる。


 そんなことを何回か繰り替えしている内に外で眠ればいいことに気が付いて地面に横になった。


 丸い二つの月が見える。

 横になって見る時の空は立っている時に比べて随分と高く見える。

 身長分しか空の高さなんて変わらないはずなのに不思議だ。


 地面から草の匂いがして頭がチクチクした。


 目を瞑る。

 目を覚ます。


 周りは暖かく明るくなっていてオーブンで焼かれる子豚みたいな気持ちで目を覚ますとクツアが団栗どんぐりのような目をして俺の顔を覗き込んでいた。


「あなた、しねないのね」


 目を覚ますなりそんなことを言うものだからそれがこの世界の朝の挨拶かと思って同じ言葉を返すとクツアは変な顔する。

 どうも違うみたいだ。


 全くいい天気だった。

 虫を食べすぎて腹が膨れたムクドリだって飛び回りたくなる空だ。


 それから、身体を起こしてラジオ体操を始めるとクツアが初めてペンギンを見た幼女みたいな目で俺を見るので「何なんだ?」と尋ねと「私も踊りたい!」と言い始めた。


 何をもって踊りだと思ったか分からなかったが旅芸人は体力が大事なのでいい考えだと思った。


「ラジオ体操にはスタンプとスタンプカードがないと」


 当たり前の要求にクツアは寝不足のフクロウみたいに首を傾げて分からないという顔をする。

 これには呆れてしまって家へ入って机を漁ろうとすると「だめ!」とクツアが言う。

 八方塞がりとはこのことだ。


「スタンプとスタンプカードを探すだけだ」

「なにそれ?」

「スタンプとスタンプカードさ」

「なにそれ?」


 これでは旅芸人になる前にこの星の寿命が尽きてしまう。


「何でもいいから紙をくれ」


 クツアは点滅する信号機みたいなリズムで頷いて引き出しから薄汚れたノートを取り出した。


「これでいい?」


 受け取ってぱらぱらと捲ってみると最初の数ページだけ絵やら文字が書き込まれていた。

 どうやら日記のようだが途中で止めってしまったらしい。


「いい感じだ」


 俺は満足してクツアにラジオ体操を教えることにした。

 しかし、どれだけ熱心に教えてもクツアの動きはラジオ体操でなくラジオダンスだった。

 クツアの動きはカクカクというよりグネグネって感じだったし、何よりハッピーでソウルフルだった。ずっと、笑っていたし。

 そのうち俺自身がラジオ体操の動きを忘れてしまって、藍より青しと受け入れた。


 ラジオダンスが終わると鞄からナイフを取り出して親指を切ってクツアのノートに血判を押した。

「どうしてそんなことするの?」

 団栗どんぐりを口一杯に詰め込んだリスに尋ねるような純粋さだ。


「何回、踊ったか数えるためさ?」

「どうして数えるの?」

「何だって数が分かった方がいいからさ」

「そうなの?」

「そうさ、君だって自分が幾つか知っているだろう?」

「うん、知ってる。私ね、8さい」

 クツアは何だか嬉しそうだった。


 クツアが嬉しそうなものだからからかわれているんじゃないかって気がして

「8歳? 7歳かと思ったよ」

 と反応をうかがって見ると

「8さいだもん!」

 とぴょんぴょんと跳ねた。


「嘘じゃないだろうね」

「うそじゃないもん。8さいだから8人になれるもん」


 それから、クツアは杖も持たずに『ごにょごにょ』すると八人に分身して「「ほらぁ!」」と冬眠から目覚めたばかりのリスのように俺の周りをぐるぐる走り回ったのだった。

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