第6話 愚者に降る雷

 腹を抱えて笑ったのは何年ぶりだろうって思い出してみたが記憶がなかった。


「サイダーの魔女だって! 君は頭がおかしいんじゃないか!」

「ちがうもん! さいやくのまじょだもん! みんな、ぶっころして、せかいをほろぼすんだもん!」


 クツアは潰れたトマトにみたいに顔を真っ赤にさせて地団駄を踏んで俺を睨みつけてくる。

 その様子が出来の悪いおもちゃみたいで更に笑ってしまう。


「君に向いているのはコメディアンさ! 二人でさぁ、旅芸人にならないか?」

「ならないもん! みんなをぶっころすんだもん!」


 まったく! こんな気持ちよく晴れた日の穏やかな風が吹く絵に描いたような庭園で女の子が旅芸人を目指さない理由が俺にはちっとも分からないよ。

 みんなをぶっ殺している暇があったら花壇に水やりをしていた方が幾分か有意義な気持ちになれるってもんさ。


「旅芸人の何がいけない?」

「だって……、みんなをぶっころさないといけないから」

「どうしてだ? どうしてみんなをぶっころす?」

「わたしをいじめるから……、さいやくのまじょだって、いじめるから」


 その言葉を聞くなり俺は薄汚れた銀の如雨露じょうろを雲一つない澄み切った蒼穹に高く放り投げてクツアの頬を平手で打った。


「えっ……、お兄さんもクツアをいじめるの」


 彼女が心底絶望した表情をするので悪いことをしたなっと思って頭を下げようとしたけど、彼女が杖を構えてごにょごにょ言うもんだから、何しているのかなぁと思って眺めていたら雷が頭上から降ってきて、何とか立っていようと思ったけど流石に駄目だった。


「クツアをいじめるな!」


 彼女の声が震えていたのは泣いていたのか、耳がイカれてしまっていたのか分からなかったけど

「ふ、復讐なんてやめろ、ひ、ひ、人を愛せ、クツア、た、たび……」

 ってそれだけ言って俺はまた夢を見た。


 次に目を覚ましたときには真っ暗な場所にいてそこが土の中だっていうのはすぐに分かった。

 土の匂いを嗅いでいると決まってカブトムシのことを思い出す。

 この世界にカブトムシがいるといいなぁと思いながら土を少しづつ掘って何度か夢を見てようやく地上に戻ってこれた。

 土の中から這い上がってくると決まってカブトムシの幼虫になった気がする。


 外は暗かったけど二つの大きい丸が夜空を照らしていてこの世界にも月があるんだと感心した。

 光る虫が辺りにいないかと警戒したけど目に入る明かりは夜空に浮かぶ月と家の窓から漏れ出る淡い明かりだけだったのでほっとする。

 

 俺はなぜだか黒のシャツに黒のズボンを身に付けていた。

 おまけにズボンを脱ぐと黒いパンツも履いていたし、黒い靴下に黒い靴も履いていた。

 しばらくそのことについて考えていたが、白い幼虫も土から出て成虫になると大抵黒くなるのでそういうことかと納得してズボンを履き直した。


 花壇の花は光っていなかった。


 とにかく俺はクツアほどのコメディアンが旅芸人にならないのはこの世界にとっての損失だと思っていたし、サフィニアを殺さないといけないしで大忙しだから小さな庭の小さな家の小さな扉をノックすることにした。

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