頭は良いけど、頭が悪いヤツがいる。

──テレビ番組の討論会の場。


箸下はししたさん。あなたが劣悪な環境に生まれ育ったなかで、地方行政のトップまで上り詰めたことは、認めますよ。でも、みんながあなたのように高い能力があるわけじゃない。あなたは努力と能力で、司法試験に受かって弁護士になったわけですよね?超難関で合格率は低く、どんなに頑張っても司法試験を取得できない人がたくさんいます。それは、“ただのガッツ不足”だと思いますか?違いますよね。勉学の才能に長けてるかどうか、持って生まれた資質が左右されるはずです」。何か言いたそうにする箸下にかぶせて、高部は続ける。


「もっと分かりやすい例を挙げましょうか。あなたはラガーマンでしたよね?ラガーマン全員が“プロ”にはなれませんよね。そこには努力ではなく“才能”という大きな壁がある。ところが、箸下さんの理論だと、“メジャーでピッチャーをしたい”と夢見ている子どもたちは、頑張りさえすればみんながメジャーリーガーになれると言っているのと同じです。大人としてそこに責任がとれますか?」。

ちらりとカメラに目を向け、視聴者に理解しやすい言葉で訴えかける。


「もちろん、努力の尊さを否定しているわけじゃない。あなた自身、ラガーマンにはなれなかったけれど、そこで培われた強いメンタリティを持って、勉強に集中し、弁護士を経てタレント、さらには日本第二位の県庁の長にもなったじゃないですか。立派なことです。ただ、そんな立派な人が、子ども相手に“大人げない”行為をすることはみっともないってなぜわからないのですか?」。


「いや、私は“私立に行ってお金が無くて困っている”という子どもに対して“公立高校に進学すれば学費が安くなる”という当然のことを言ったまでです。実際、大勢の人たちから“見事な論破だ”とSNSでも評判が高かったじゃないですか」

箸下は食い下がるが、劣勢は明らかだった。


「大人が子どもを論破してどうするんですか笑。大人の仕事は子どもたちに教える立場でしょうに。もっと言えば今の進学の仕組みをご存知ですか?国公立大学はもちろんのこと、高校進学だってテクニカルになってるんです。つまり“貧乏でも頑張ったらいいところに進学できた”っていうのはもうとっくの昔に終わった幻想であって、今は“金持ちの子どもが高い授業料を払って塾や家庭教師に受験テクニックのみを身につける”時代なんですよ。保護者からの教育投資いかんで、“見せかけの偏差値”が決定してしまう。こんなアンフェアな状況で、子どもに対して“自己責任”だなんて酷いことがよく言えたもんですね。さらに言えば、子どもは保護者や学校などにより極めて自由が制限された環境におかれいます。そもそも“自己責任”は“自由”と常にセットの概念です。そんなこと、弁護士先生だったら当たり前に解ってるはずじゃないか。人は、自分自身の経験から逃れることはできません。だからこそ、理屈で物事を捉え、理屈で伝えなければならない。弁護士というのは、その真骨頂とも言える仕事でしょう」


完全なる論破だった。普段は偉そうに持論のみを展開している箸下が、テレビの前で怒りのせいか顔を赤くして、反論もできずに高部を睨むことしかできていない姿を観て、大衆たちは満足した。少し前には、箸下が“子どもを論破した”ことに喝采を送っていたことも忘れて。


大衆の愚かさは、いつの時代も変わることがない。

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