第11話 乙女のポリシー

 小羽さわちゃんは可愛い。

 ヅモちゃんも。

 そして、あのいつも険しい顔をした男の子も。


「なんでだろうなあ……」


 わたしは、莉美先生への質問を考える時間に別のことを考えていた。

 つまり、なぜわたしは可愛くないのかということだ。

 いや、見た目が悪いなんていうことはないけど。さすがに自分の容姿についてはそれなりに自信がある。

 でも、あの子たちのような魅力がないと思う。

 その理由のひとつは間違いなく、わたしがドライだからだと思う。


 恋とはなにか。


 わたしは性欲を良いように言い換えたものだと思っている。腐敗と発酵みたいな感じ。要するにエッチな気持ちに素敵な名前をつけただけ。

 ヒトは利己的遺伝子セルフィッシュジーンによって、子孫を残すという目的で性欲がある。

 だけど中学生の女の子がいきなりエッチしたいなんてことは直接思ったりしない。なんとなーく男の子に興味が出てきたな―っていうマイルドな性欲の始まり。それを恋と呼ぶのでしょう。

 この世はそういうことわりによって動いているのであり、ロマンティックなものでは決して無い。そんな理由で地球が生まれるわけがない。

 それは断言できるのだけれど、そう割り切っちゃってるからイケないんじゃないかっていう気がしている。

 要するに、恋なんてまやかしだと、耳障りのいい言い訳に過ぎないと、それが真理だと確信しているからこそ、わたしは可愛くないんだと思う。

 だって女の子がそんなこと言ってたら嫌だよね。


 そんなわたしに比べて、みんな可愛い。

 なんかキラキラしてるっていうか……。


 特に、あの子。善院凰忍輝ぜんいんおうおしてるくん。

 彼は面白い。わたしと全然違う。

 なんというか……世界に対してものすごく興味を持っていると思う。今だって、莉美先生への質問を書くのに一生懸命ってカンジ。

 なんでだろう。

 なんでわたしは、可愛くないんだろう。

 なんでわたしは、世の中に興味がないんだろう。

 なんであの子は、あんなに楽しそうなんだろう。


「……ふふっ」


 必死で書いてる彼を見てたら、つい笑ってしまった。


「……?」


 彼がペンを止めて、周囲を見渡す。

 わたしが見ていることに気づかれたら恥ずかしい。目をそらしてぼんやり上を見る。


「あの~?」


 彼の方を向く。あくまでも、この呼びかけで向いたってことで。


「僕だけ書いてたら誰が書いたものかわかっちゃうので、みんなも書いてくれないと」


 人の気も知らないで。書きたくても書けない人もいるの。


「恋愛のことについて聞くことがすぐに出てくるくらいなら、こんな部活やってないって」


 文句言っちゃった。

 逆ギレだよね、これ……。


「まなか先輩は先生に聞きたいこと無いんですか」


 ストレートなこと言うなあ。

 それじゃあ、先生に全然興味ない人みたいじゃない。ひどいよ。本当のことだけど。


「あるよ? 経験人数とか~、初体験の感想とか~、一人でするのかとか」


 こういうことならすぐに思いつくけど。下品な親戚のおじさんみたいで全然可愛くない。自分のこういうところが嫌い。


「セクハラですね」


 わかってるってば。んもう。


「だよね~。セクハラ以外の質問が思い浮かばない」


 悲しい。


「俺はセクハラ質問なんか思い浮かばないからな! 単純に何も浮かばないんだ」


 免斗めんとの言い訳は言い訳になっていない。ショボい。


「先生には誰が書いたかわからないんだ。書ける人が書いてくれ」


 わたしもギブアップしたいと思ってたけど、こうまで清々しく悪びれもしないさまを見せられるとこうはなりたくないと思った。

 シュシュシュ……と筆を走らせる音を聞くと罪悪感がうずうずと。

 彼は……忍輝くんは、何を考えているのかな。なんでそんなにいっぱい聞きたいことがあるのかな。莉美先生のこと、好きなのかな。わたしのことはどう思っているのかな。

 ……あれっ。彼には。彼には聞きたいことが結構出てくるかも。

 先生は、彼のことどう思っているのかな……。

 紙に、善院凰忍輝のことをどう思っているかと書いた。これで一つだけでも質問が書けた……けどこれを入れるのってなんか……


 くしゃっ


 せっかく書いた紙を握りつぶしてしまった。

 なんか、なんかこれを入れるのは恥ずかしい。

 なんで恥ずかしいのかを考えるのも、恥ずかしい。


「お、おまたせ~。ちょっと遅くなっちゃったかな」


 先生が帰ってきた。助かった……結局ひとつも箱に入れられなかったけど。


「こ、これが最後ってことで」


 忍輝くんは帰ってきてからも追加でひとつ紙を入れた。すごい。帰ってきたからもう終わりでいいと思った自分が恥ずかしい。


「そ、そんなにいっぱい聞きたいことあるの?」


 先生が髪を触りながら、席についた。嬉しそう。そうだよね、自分への質問がいっぱいあるって、興味を持ってくれてるって、嬉しいことだよね。


「そうですね」

「ふ、ふーん」


 ふーんなんて言ってるけど、明らかに喜んでる。忍輝くんはわたしにも、興味持ってくれてるのかな……。


「……初めてのキスの味はレモンって本当ですか」


 ヅモちゃんが箱の中のメモを読んだ。可愛い質問。わたしの考えていたこととは似ているようで全然違う。これを彼が書いたのかな……だとしたら、忍輝くんはまだキス、したことないのかな……

 つい彼の唇を凝視してしまい、慌てて目を逸らす。


「これって恋愛の研究に必要なことなの?」


 先生が質問をはぐらかそうとしている。もう大人なのに、初キスのことを話すのは恥ずかしいんだ。かわいー。


「必要です、先生」


 彼が真剣な顔で質問の答えを要求した。やっぱり書いたのは彼かな。どうしても聞きたいんだ。キスの味を。なんかドキドキするな。


「んー、そう。善院凰ぜんいんおうくんが言うなら仕方ないわね……」


 わー、やぶさかじゃなさそう~。下手すればセクハラみたいな質問なのに。でも、わかる。忍輝くんが言うなら仕方ないと思う。


「えっとね。どきどきしすぎて味なんてわからないのよ」


 ひゃー!

 莉美先生すご!

 そっか―! うわー! そっかー!

 それを聞いた忍輝くんは、いつもみたいにしかめっ面をしている。何を考えてるのかな……。ひょっとしたら誰よりも恋愛について研究しているのかもしれない。学術的な思考をしている顔だもん。あれは。

 わたしなんか、ひゃーとかうわーとかしか思ってないのに。


「リミセンばねえ~、マジぱねえ~」


 小羽ちゃんが軽口を叩いた。あれは恥ずかしがってるんだな。ちゃんとギャルっぽいセリフになってるだけ頑張ってると思う。


「そんなに真剣な顔して……そんなに興味あるの……?」


 莉美先生は忍輝くんの表情に戸惑っているみたい。苦み走ってるもんね。今の話を聞いてそこまで真面目な顔ができるっていうのもスゴイよね。


「恥ずかしいなあ……」


 だろうなあ。

 わたしだったら、下ネタでごまかしちゃったかもしれない。

 ヅモちゃんが次の紙を取り出した。


「……男性の好きな体の部位はどこですか」


 おちんちん!

 なんてね。莉美先生が言うわけないよね。まぁ、わたしも見たこと無いから好きなのかわかんないけど。


「ええっ!? これ恋愛かな~?」


 先生がまたしても拒む。でもすんなり言わないほうがいいな。一度嫌がる素振りをするほうが聞けたときの喜びがあるんだろーな。ふふ、ちょっと楽しくなってきたかもしれない。


「好きな人のどこが好きかということですよね」


 援護射撃してあげたぞ。わたしも聞きたくなってきたし。


「大いに関係あるな」


 免斗もアシスト。やっぱり質問を書いていない罪悪感があるんだろな。


「う~ん、そうねえ~。さかやきとか」


 さかやき?

 なにそれ。男の子にはそんな部分があるの? なんかえっちなところなのかな……。


「歴史上の人物の話ではなく」

善院凰ぜんいんおうくんは容赦がないのね……」


 どうやら昔の人にはあったっぽい。忍輝くんは博学だなー。


「うーん。男の人の短い髪のところを触るの好きなんだけどなー。カリアゲのところとか触るの気持ちいいし」


 髪の短い頭ね! うんうん、なるほど。


「あ~それはわかるかも~。小学校のとき坊主の男子に触らせてもらってたな~」


 懐かしー。猫を撫でたい気持ちと同じ感じよね。


「後はやっぱり手かしら。顔が男っぽくなくても、手は男って感じがするのよね。ゴツゴツしてて力強い感じ」


 あー。そうかも。

 わたしは童顔の後輩くんの手をそっと観察する。


「ほんとだ」

「本当だね」


 小羽ちゃんも同じく見てたっぽい。ちょっとハモっちゃった。背はそれほど違わないし、年下なのにあんなに手は大きいんだ。男の人なんだな……。


「うーん、こんなことを話していて部活動になっているのかしら」


 先生はこの流れが続くのが恥ずかしいんだろうな。でも、わたしは面白くなってきたよ。


「次」


 ヅモちゃん、ナイス。


「親友が好きな人を好きになってしまったらどうしますか」


 あ、本当に恋愛研究部っぽいやつだ。真面目だなあ。これも忍輝くんかな。ひょっとして、親友が好きな人を好きになってしまったとか……? ま、まさか莉美先生のこと!? でも、免斗は親友じゃないよね。

 免斗は親友がいっぱいいるって言ってるけど。みんなが親友って、親友がいないと同じなんじゃないのかな。


「ええと……ごめんなさい。親友がいないの」


 莉美先生にも親友がいませんでした。

 シーンってなっちゃった。


「じゃ、じゃあ、教え子とか。教え子と同じ人を好きになったらどうします?」


 小羽ちゃん攻めるね~。

 でも、ここで先生が教え子になんて譲らない、なんて言うわけないよね。そこまで本気で答えるメリットがないもん。


「そうね……もちろん譲る……と言いたいところだけど」


 だけど……?


「誰が相手でも譲れないくらい誰かを好きになりたいかな」


 ……あれ? 先生もまだ、そういう恋はしてないってこと?

 ふーん。そうなんだ……。

 どきどきしすぎて味なんてわからないようなキスをしたことあるのに……大人だな……。

 しかし、誰にも譲れないくらい、好き、か。


 そんな気持ちにわたしもなれたら、いいな。

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