第10話 マグロ爺と爆走エメラルドソード

 …どのくらい時間が経ったのだろうか、8,000円という少なすぎる軍資金でよく耐えているものだ…長時間の凄まじい集中からか、右手がつりだし、目はかすみ、意識が遠のいてきている…何度も諦めかけた…それでもミジンコより小さい希望を信じて回すのだ。


「来る…絶対来る…頼む…!…ダ、ダメか!?…は!?嘘!?…マジで…え・・・・え…!…う、うわーーーーーーーーーーーー!!!!!」


 数時間後…


 俺は放心状態のまま退店した。見上げる空が遠い。暫くして3匹も店から出てきた。俺と同じく心ここにあらずのご様子だ。


「なぁ…どうだった…」

「…14万…」

「…13マン…」

「18万」

「…そうか…15万だ」

「やったーーーーーーー!!!」*一同


 俺達は喜びを爆発させ、飛び上がり高々にハイタッチをした!こんな奇跡が起きて良いものなのか!?未だに信じる事ができない!神は俺達をまたもや見捨てはしなかったのだ!


「よっしゃ!今すぐギター買いに行くぞ!マイクもベースもスネアも何でも買える!!」

 

 俺は善は急げとばかりに飛び出そうとしたが、その時、カワ谷に首根っこを掴まれ、その場に倒れた。


「痛ぇ!?何すんだこのやろう!」

「待て!落ち着け!こんなもんで良いのか!?今日の俺達にはとんでもない何かが憑依しているんだぜ!?ここで終わらせるなんてバカだろうが!」


 カワ谷は全身から狂気のオーラを漂わせている。目の焦点は合っていないし、口から流れ出すヨダレは止まらない。言う通り”とんでもない何か”に取り憑かれているのは間違いなかった。

 だが、こんな調子のヤツを信じて明るい未来が待ち受けているのだろうか?


 答えは否!!


「いやいや、冷静になろうって。これ以上はもう無いから」

「ここで終わらせんのは敗者の思考なんだよ!想像してみろ!更なる高みを目指し勝利した結果、ケ○パーだってカスタムオーダー品だってドラム一式だって手に入るんだぜ!!!」


 それを聞いた瞬間、3匹の内なる悪魔が同時に囁く。


「…あてはあるのか?」

「教エテ下サイ」

「人生は博打だ」

「よし!俺に全て預けろ!そしてついて来い!!」


 狂獣カワ谷の後に続き、電車を乗り継ぐ事、約1時間、目的の場所に到着した。


 ”メロディック・スピード・メタル競馬場”


「よっしゃ!お前ら行くぞ!」

「待て待て!お前競馬はやった事あんの!?」

「無い!けど、今日やんないでいつやるよ!?今でしょ!」

「オオ!」

「高鳴るぜ」


 3匹は興奮状態だ。かくして俺達はパドックを訪れお馬様のご機嫌を確認する。正直誰が調子良いのか全く分からん。もうカワ谷を信じるしかないのか…


 因みに本日の出走予定のお馬様は次の通り。


 1番 : ラプソディ

 2番 : エメラルドソード

 3番 : アングラ

 4番 : スプレッドユアファイア

 5番 : ソナタアークティカ

 6番 : ブラックシープ

 7番 : チュリサス

 8番 : バトルメタル

 9番 : ガルネリウス

 10番: サイレントリベレイション

 11番: イングヴェイ

 12番: ファービヨンドザサン


「間違いねぇ!11番イングヴェイ!単勝だ!」

「待てぃ!カワウソの小僧!!」


 勢い良く馬券を購入しに行こうとしたカワ谷はその声に止められた。後ろを振り向くと、そこには忙しなく動き続けるマグロの爺が居た。


「お前ら初心者だな?悪い事は言わん!2番以外は買うな!見てみろ!エメラルドソードを!他の奴らが興奮気味の中、ヤツは落ち着いているし体重も維持している!何よりあの瞳の内なる闘志を感じるだろう!ヤツに全てを賭ける!ワシの目に狂いはない!」


 言われてみれば、エメラルドソードだけは何か違うオーラを感じる。現在の単勝オッズは3・3倍で的中出来ればそれなりに払い戻しはあるだろう。


「おお!感じるぜ!エメラルドソードのオーラをよ!ありがとな爺!行ってくるぜ!」


 そう言ってカワ谷は馬券を購入しに行った…


 遂にその時は来た。12頭がゲートイン、各々がクランチングスタートの体制を取り合図を待つ。緊張感に包まれる中ゲートが開き、12頭は勢い良くスタートした!我らがエメラルドソードは先行馬であり、第一コーナーを通過後、4着を走る!その眼光は鋭く、前を走る3頭の様子を伺いながらみるみると順位を上げ最終コーナー手前で1着に躍り出た!!


「よっしゃーーーー!!!エメラルドソードーーーー!!!!いけぇーーー!!!!そのままブッチ切れーーーー!!!!」


 俺達は大興奮!勝利は約束された!!!!かと思われたホームストレッチ、なんとエメラルドソードは失走し、みるみると順位を落として行くではないか!


「うぉぉぉいいいいいい!!!!!!何やってんだ!!!お前!!!ふざけんな!!!!振り絞れ!!!」


 明らかに顔が疲れている!そんな中、後方から物凄い速さで追い込んでくるヤツが来た!8番のバトルメタルだ!最終コーナーより爆走!そして他を寄せ付けないぶっちぎりの速さで優勝した…


「きゃー!バトルメタル様ー!こっち見てー!」


 バトルメタルは女の子からの人気も絶大のようで歓声に応える為、観客席に前脚を振る。宙を舞う無数の馬券がまるでバトルメタルを祝福しているような光景を俺達はただ放心状態で見るしかなかった。


「カワ谷…いくらぶっ込んだんだ…」

「………58万………」


 俺はカワ谷が何を言っているのか分からなかった。しばし茫然としていたが沸沸と怒りが湧き上がり、その矛先は俺達を惑わせたマグロ爺に向けられた。


「おい!爺!テメェのせいで!すかんぴんになっちまったじゃねぇか!どうしてくれ…爺?」


 マグロ爺はその場で固まって動かなくなっていた。

 

 マグロは止まったら死ぬ。

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