序章2

 フォルビア城制圧の知らせがグスタフに届かないうちに今度は皇都へ向かった。殿下の存在そのものがグスタフの主張が誤りであることの証明となる。俺達は堂々と本宮に降り立った。

 この期に及んでグスタフはあくまで殿下を偽物と言い放ったが、それを信じる者はいなかった。幽閉されていたアロン陛下は病が悪化していたが、残る最後の力を振り絞るようにしてエドワルド殿下を国主代行に任命して後事を託した。その後、昏睡状態に陥った陛下は初雪が降るころに静かに息を引き取られたらしい。

 全権をゆだねられた殿下はグスタフの弾劾を始めたのだが、彼は頑なにその罪を認めようとしなかった。もともとゲオルグの取り巻きで、真相を知ってからは俺達の味方になってくれた文官のウォルフの説得も耳を貸さず、乱入してきた元部下の女官の暴露にも彼は一切の非を認めることはなかった。

 彼が国主に据えようとしていたゲオルグが亡きジェラルド殿下の実子ではなかった事実に議場は騒然となった。場を鎮めるために一旦グスタフやゲオルグを下がらせようとしたのだが、激高したゲオルグが警備していた兵から奪い取った剣でグスタフを刺し殺してしまった。

 国家への反逆罪で死罪は避けられなかったのだが、こんな形で死んでいいはずがない。今後の立て直しのためにも聞き出さねばならないことは山の様にあったのだ。殿下はかん口令を敷いてこの事実を伏せたため、巷には殿下が邪魔なグスタフを殺したと悪意ある噂が流れていた。


 俺達の試練はこれで終わりではなかった。フォルビアの城に捕えていたラグラスが、慰問に来た正神殿のロイス神官長を人質にして脱獄したのだ。俺達第3騎士団の面々は慌ててフォルビアに引き返したが、その行方を掴むことができなかった。

 その一方でグスタフによって行われる予定だったゲオルグの即位式に招かれていたベルクは、密かにラグラスと通じて手を組んでいた。人質解放という名目で多額の逃走資金を提供しただけでなく、俺達のフォルビア城襲撃をダナシアの教えに背くというラグラスの訴えを認めて神殿による審理を行うと一方的に決めたのだ。これには皆、怒りを禁じえなかった。グスタフに兵を借りて殿下を襲撃しただけでなく、罪もない一般人を巻き込んで村を一つ滅ぼしているラグラスこそ罪に問われるべきなのだ。

 いきどおる俺達を他所に、殿下は冷静にそれを受理すると判断した。タランテラでは秋はあっという間に過ぎてすぐに妖魔が出没する冬となる。備えをおろそかにすれば甚大な被害を受けることになるので、ラグラスばかりに構っていられない。審理は年明けと決まったのでそれまでの猶予期間を得ただけだと殿下は割り切ったらしい。時期が来れば訴えを起こした本人として姿を現してくれるので、闇雲に探す手間が省けて効率的と言える。もっともその前に居場所を把握することができたが……。

 ベルクがここまでラグラスに肩入れすることに疑問を覚えたが、彼がグスタフと共に莫大な費用を投じてワールウェイド領に築いた薬草園を自分のものにしようとしていたことを後から知って納得した。神官の身でありながら、そこで「名もなき魔薬」と呼ばれる違法な薬の原料となる薬草を育て暴利を貪っていたのだ。

 しかもラグラスから保護したはずの神官長は、徐々に弱っていく薬を盛られて春を迎えることなく亡くなられてしまった。こんな横暴を許しておけない。俺は上司であるヒース卿にも情報を提供してくれている聖域の竜騎士達にも、なぜベルクを捕えないのかと食って掛かったが、この程度の証拠ではグスタフに全ての罪を追わせて終わらせてしまう可能性があるらしい。万全を期すためだと諭されれば、俺も渋々ながら引き下がるしかなかった。

 俺には他にも気がかりな点があった。奥方様と姫様の行方が依然として分からないことだ。殿下が無事と分かればすぐに名乗り出てきてくれると思っていたのだが、一向にその居場所は不明なままだった。

 冬になる直前、俺は湖畔の芦原に隠されていた小舟の中で俺はその手掛かりを見つけた。中に落ちていたのは奥方様がよく身に付けていた翡翠のイヤリング。夏至祭で皇都に行った折、殿下がお土産として買ってきたものだった。そこから少し離れた村でついに彼女達が立ち寄った証拠を見つけたが、その後の消息を掴むことができなかった。

 俺は……おそらく殿下もだが、彼女達が無事である事をただ願い、がむしゃらに体を動かし続けて冬の討伐期を過ごした。


 どうにか討伐期を乗り切って春を迎えた。サントリナ公やブランドル公は殿下に国主となって頂きたかった様子だったが、殿下はそれを断った。グスタフの死亡によりワールウェイド公は空位でフォルビア公の奥方様はいまだ行方不明。この状態では選定会議を開くことができない。それなのに国主になってしまってはグスタフがしようとしたことと変わらないと殿下は周囲を諭した。我々は全く違うと思うのだが、奥方様の帰還を信じて待ちたいと言われればそれ以上無理に要請することはできなかった。

 空位となったワールウェイド公にはマリーリア卿が就任することになった。詳しいいきさつまでは知らないが、驚いたことに彼女はジェラルド殿下の実子だった。けがの手当てをきっかけに愛し合うようになったアスター卿を夫に迎え、2人で落ちた家名の回復を命じられたのだった。

 審理の期日が迫る中、審理を取り仕切る大母補様を伴ってベルクがタランテラにやってきた。大母補様はベルクの出身国タルカナ王家の血を引く姫君だった。やはりベルクは俺達にとって不利になる人選をしてきたのだ。殿下に挨拶を済ませた後は、彼女のわがままで北方のサントリナ領へ物見遊山に出かけてしまった。勝手だと思いながらも、ベルクをフォルビアから引き離しておけるのはありがたいと思ったのは確かだ。


 その頃、フォルビアの古い砦に立てこもっていたラグラスは、ベルクからもらった多額の逃走資金を使い果たしていた。毎日贅沢な酒肴を用意させ、酒を浴びる様に飲んでいればそれも当然ともいえる。追加の金をベルクに無心するが、彼等が情報の拠点としていた小神殿は既に聖域の竜騎士達に占拠されていたためにその願いは届くことはなかった。

 焦れた奴は近隣の村まで襲うが、自分が引き起こした内乱と不作で手にしたのは微々たるものだった。そこで奴は殿下から金をせしめる愚策に出る。無謀にも奥方様が自分達の手元にいると偽り、大金を奪おうと考えたのだ。

 神殿主導の審理は問題行動を起した方が不利になる。今回のあまりにも短絡的で考えのない脅迫は、審理自体が無効とするには十分だった。ただ、このことをベルクが知れば、もみ消そうと躍起になるはずだ。

 幸い、サントリナ領で足止めされている奴はまだ気づいていない。最悪の場合は武力で砦を制圧することもあり得る。全体の半数近い竜騎士を動員した殿下は、予定を早めフォルビアへ向けて出立した。

 だが、ここでまた予定外の事が起きた。ラグラスが立てこもっていた砦は資金不足で食糧難の状態が続いていたのだが、不満が募っていた下端の兵達が暴動を起こしたのだ。俺達が突入した時には既にラグラスはわずかな供を連れて逃げ出していたが、労せずして砦を制圧できたのは幸いだったかもしれない。


 その後は怒涛の展開が待っていた。砦制圧の直後には各国の国主かそれに準ずるような要人からなる審理の見届け役が到着した。取り込み中ということもあり、ひとまずフォルビア正神殿へ向かってもらうことになるが、彼等の代表は殿下への面会を求めてきた。さすがにそれはヒース卿の一存では決められない。俺は彼の依頼で騎士団の集結地となっているかつてグロリア様が隠棲しておられた館の跡へと向かった。

 館があった丘のふもとには既に全軍が揃っていた。しかし、殿下は館の跡へ行ったきり戻って来ず、飛竜を通じて帰還を促しても待機を命じられているらしい。


「ルーク!」


 どうするかもめていると、不意に懐かしい声で呼ばれた。振り返ると、会いたくてたまらなかったオリガの姿があった。幻を見ているのではないかと呆然と立ち尽くしていると、駆け込んできた彼女はそのまま俺の胸に飛び込んできて俺はたまらずに尻餅をついた。状況が理解できずにしばらく固まっていたが、そのぬくもりが確かなものであると気付いて俺はようやく彼女を抱きしめた。そして「おかえり」と声をかけたのだった。

 気づけば殿下が奥方様を伴ってお戻りになられていた。もちろん姫様とティムも一緒だ。そして驚いたことに奥方様は冬の終わりにご出産された皇子殿下を腕に抱いておられた。二重の喜びに沸き立ち、俺達の士気が上がったのは言うまでもない。

 後からオリガに教えてもらったことだが、本当は全てが決着してから彼女達の無事を知らせる手はずだったらしい。だが、ラグラスの不当な要求を聞いてしまい、いてもたってもいられなくなり、聖域を飛び出してきたのだ。ここでタランテラに潜入していた竜騎士達と落ち合ったらしく、見知った顔も混ざっている。彼等がわざと黙っていたことに腹を立てたが、彼女達の予定外の行動に聖域の竜騎士達は随分慌てたと聞き、少しだけ留飲を下げたのはここだけの話だ。


 本陣と定めたマーデ村に移ってからも息つく間もなく事態は動いた。面会を求めていた見届け役の代表に殿下が本陣に来ていただけたら会うと返答したところ、現れたのはプルメリア王国連合の首座の地位におられるミハイル陛下だった。驚いたことに大陸でもっとも高名な竜騎士でもあるかの方はフレア様の養父だった。

 やがて次々と砦から逃げたラグラスの部下が捕縛され、最後に側近にも見放された奴が用水路にはまって動けなくなっている状態で発見された。囚われても一向に考えを改めない奴に、今まで奴の被害にあった人達の記憶を強制的に見させられる罰を与えられた。奥方様の弟であるアレス卿が持つ膨大な竜気がなせる業なのだが、絶え間なく続く悪夢にさすがの奴ももがき苦しんでいた。

 ラグラスを捕えて一息つきたいところだったが、今度はラグラスの戯言をようやく聞きつけたベルクが同行していた大母補様を置き去りにしてフォルビアに向かっていると知らせがあった。騎馬で夜通し駆ける強行軍に出たが、無理が祟ったらしく途中で休憩に立ち寄った神殿でぎっくり腰になって動けなくなっていた。もう呆れるというか笑うしかない。

 動けなくなったベルクは一先ず薬で眠らせ、置き去り視された大母補様を保護すると、ミハイル陛下が主導となって今後の話し合いがもたれた。元より審理は行うつもりはなく、ベルクを臨時の国主会議の場に引きずり出す口実に過ぎなかったらしい。我儘な方だと思われていた大母補様の行動もベルクを油断させるためのお芝居だった。

 薬の効果が切れてベルクが目覚めると同時に彼の弾劾を主体とした臨時の国主会議が開かれた。あくまで自分には何の罪もないと言い張ったが、ミハイル陛下は次々と証拠と証人を並べ立ててその反論を封じ込めた。そして彼が自身の手の内にあると信じていたフレア様が登場し、殿下に寄り添ったところで彼はようやく全ての計略が失敗していたことを悟ったのだ。それでもなお言い募ろうとしたベルクだったが、あまりの往生際の悪さにキレたシュザンナ様より全財産の没収を言い渡されたのが止めとなって沈黙した。

 その後は主にタランテラの復興について話し合われ、今後も大陸各国と連携していくことを確認して臨時の国主会議は閉幕した。堅苦しい会議が終わると、各国の代表方の計らいで殿下とフレア様の婚礼が行われた。お2人を祝福するかのように群青の空が顕現し、俺達は平和の訪れを実感したのだ。



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次からようやく第1章開始です。

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