31.ユスティーヌの威厳

 ユスティーヌは危機感を持っていた。最近の自分には威厳が足りない。

 かつては取り巻き軍団が形勢されていたというのに。そうだ、オフェリアに完敗したところから転落が始まってしまったのだ。あっという間に取り巻きは離れていってしまった。代わりに近付いた3人、特にサリアは取り巻きになってくれるどころか、事あるごとに態度がデカいのなんのと言ってくる始末。そもそもあの3人は、自分のことをどう思っているのか。ぬいぐるみとして使えるちんちくりん程度の認識しかないのではないだろうか。そりゃあ、先日はいろいろと相談に乗ってもらったけどさ。

 前にミリアーネに聞いた「モブキャラ」という単語が思い出される。モブキャラとは、性格、容姿、腕前等になんの特徴も無く、戦になると真っ先に戦死するような人間のことを言うらしい。まさに今の自分ではないか。

 こんなことではいけない。もっと他人から崇められ、尊敬され、敬われる自分でありたい。かつての栄光を、もう一度!

 しかしどうやって尊敬されたらよいのか、妙案は浮かばなかった。




 そんな矢先のとある休日、朝食後に3人は街に遊びに行く一方、ユスティーヌはいつものように部屋でゆっくりしようと思った。部屋に戻って1分もしないうちに、ノックとともにユーディトが入ってきて、


「お嬢様、何かご用はありませんか?」


 そうだった、こいつのことをすっかり忘れていた。これでは部屋にいても気が休まらない。気は進まないが、外に出ていた方がまだマシだと思った。





 街まで出てきたが、ユーディトから逃れるためだけに外に出てきたようなものなので、特段したいことも思いつかない。目的もなくブラブラしていると、店が変わったりしているのに気付いた。そういえば、ベアトリゼ隊に入ってから休日は外出してなかったので、街に出てくること自体が久しぶりなのだ。おや、あの小物屋、半年前はパン屋だったはずだが。そんなことを考えながら歩くのも、意外と面白い。たまには外に出るのもいいな。


 ふと路地に目をやると、子供がすすり泣いているのが目に入った。4、5歳くらいの男の子で、手にはバスケットを持ち、地面にはパンが落ちている。

 ユスティーヌはすぐにわかった。ははあ、パンのお使いを任されたけど、途中で落としてしまったというわけだな。そしてさらにこう考えた。私がパンを買ってあげれば、あの子供は私を尊敬するに違いない。久しく感じていなかった感謝、尊敬。それを感じることができる。

 ここまで計算してから、ユスティーヌは男の子に近付いて、いきなり言った。


「そこの子供!私が来てやったからにはもう安心だぞ。泣いている理由を話してみい!」


 あまりにも上から目線かついきなりだったので、子供はさらに泣き始めた。ユスティーヌは大慌てで、


「す、すまん、言い方が良くなかった。決していじめようと思ったわけじゃないんだ。ほら、泣いている理由を話してごらん?」


 必死で子供をなだめすかしてどうにか泣き止ませる。そして泣いている理由というのは、


「お母さんと一緒に来たんだけど、お母さんがどっか行っちゃったの……」


「迷子かよ!そのパンはなんなんじゃ!あとお母さんじゃなくて、おぬしがどっか行っちゃったんだろうが!」


 思わずミリアーネたちにするみたいにツッコんでしまったので、子供がまた泣き出した。ユスティーヌは再びあたふたしながら、


「あ、いや、今のは冗談。お母さんが勝手にどっか行っちゃったんだな。私もそう思うぞ、うん」


 再び子供をなだめすかしながら、とんでもない厄介事を抱え込んでしまったと思った。パンを買って感謝されてそれで終わりのはずが、迷子の面倒を見ることになるなんて。子供をあやすなんて経験、ほとんど無いのに。

 このままとんずらしようかとも思ったが、それは彼女の良心が許さないのだった。困っている者を見捨てるのは騎士道に反する!おや、なんだかミリアーネみたいなことを言っている、私も毒されたな、と思いながら、最寄りの警察目指して子供の手を引いて歩き始めた。が、子供はメソメソ泣きながら、なかなか前に進もうとしない。


(この場に居続けたいのか、母親を見つけたいのか、どっちなんだ)


 と言いたくなったが、また泣き出すに決まっているから止めた。その代わり近くにあった雑貨屋であめ玉を買って、


「ほら、これをあげるから泣き止むんだ」


 と言って渡すと、途端ににっこりして、


「ありがとう、お姉ちゃん」


 ユスティーヌは内心舌打ちしながら決めつける。


(あめ玉でこうも機嫌が直るとは、なんて現金なヤツ!将来は汚職政治家だな)




 機嫌が直った子供を連れて歩きながら、ユスティーヌは話している。


「いいか、私の名前はユスティーヌ。子爵の娘で騎士団所属だ。覚えたかな?」


「ししゃくってなに?」


 貴族とか騎士とか、そういうのはまだ理解できないだろうか。思い直したユスティーヌは、せめて自分の名前だけでも子供の記憶に残してやろうと思った。


「まだ難しいかな。でも、私の名前は覚えられたんじゃないか?言ってごらん」


「お姉ちゃん、あめ玉もっとちょうだい」


 ユスティーヌはなんだか言葉を話す珍獣を連れているような気になってきた。子供というのは、こんなに言葉が通じないものなのか。聡明なこの自分にも、かつてはこんな時期があったのだろうか。




 ようやく警察詰所にたどり着くと、ちょうど母親が警官相手に息子の捜索を依頼しているところだった。子供は母親に抱きつきながら、


「このお姉ちゃんがいっぱいあめ玉くれたの」


 結局それしか覚えてないのか、と心の中で嘆息するユスティーヌ。なんだか急に疲れてきた。自分の部屋に帰ろう。ユーディトも今日はもう来ないだろう。

 お礼をさせてください、と言う母親を押しのけるようにして、帰途についた。





 迷子の母親から、せめてこれだけでも、と半ば押しつけられるようにして渡された紙袋を持ちながら、宿舎目指して歩く。

 ふと路地に目をやると、若い女性が一人の大柄な男に絡まれているのが見えた。あれが噂のナンパというやつか。今日はやたらとトラブルに遭遇する日だ。しかし、これは私の有能ぶりを男女双方に見せつけるチャンスでもあるわけだ。この私が止めに入って、見事解決して見せよう。

 男女の方につかつかと歩み寄ると、


「そこの男!相手が嫌がっているではないか。嫌がることを無理にするのはゲスのすることだぞ」


 例によって例のごとくの上から目線で話したので、男がキレてしまった。


「なんだテメエは!」


 怒鳴りながら殴ろうとしてくる。


「あぶな!やめんか、弱い者に暴力を振るうのは最低最悪のゲスだと、学校で習わなかったのか?」


 ユスティーヌとしては真面目に諭したつもりだったのだが、世間一般の感覚を持つ男にはそう受け取られなかった。完全にバカにされていると思い、遮二無二殴ろうとしてくる。

 腐っても騎士なので、攻撃を避けるのは簡単だ。しかし、こちらからの攻撃の手段が無い。自分のパンチが大柄な男にダメージを与える気がしない。剣を持たない騎士の無力さを痛感しているところへ、男の後ろから声がかかった。


「ねえねえ、お兄さん」


 思わず振り返る男へ、


「ウチのユスティーヌに何してくれてんだコラァ!」


 叫びながらのサリアの右ストレートが顎に炸裂し、男はのびてしまった。

 みんな呆気にとられている中、サリアだけがあたふたして、


「マズい、一般人を気絶させたなんてバレたら、どんな処分が下るかわかったもんじゃない!私は逃げる!」


 言うが早いか逃げ出したので、他の3人も慌てて走り出す。ミリアーネが後ろを振り向きながら、


「お姉さん、私たち騎士団なんかじゃないですから!間違っても騎士団にクレーム入れないで!」


「バ、バカ!口閉じろ!」


 後には茫然としたままの女性と、白目を剥いた男が残された。





 迷子の母親からもらった紙袋を開けてみると、パンケーキが2つ入っていた。それ有名なお店だよ、買ったの?と尋ねるミリアーネに、ユスティーヌは首を振って、


「珍獣の面倒を見たら飼い主からもらった」


「どゆこと?」


 2個のうち1個をサリアに渡して、


「助けてもらってありがとう。恩に着る」


 サリアは皮肉っぽく、


「ユスティーヌお嬢様に物を恵んでもらえるとは!明日は大雪だな」


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