21.3人の戦い

 サリアとエルフィラが駆け付ける前、ミリアーネは敵の攻撃を避けきれず、左腕にケガを負っていた。幸い致命傷ではなかったが、けっこう深い傷になったらしく血が流れ出してくる。敵との実力差も明らかだ。いくら振り払おうと努力しても、「負ける」、その3文字が頭から離れない。


 だから、2人の出現が彼女をどれほど勇気づけたことか。負けない、という思いが全身に湧き上がった。ミリアーネはいったん敵と距離を取り、サリア、エルフィラと目を見合わせ、互いに頷いた。そして叫んだ。


「よし、行こう!同時攻撃だ!」


「左行くぞ!」


「右は任せなさい!」


 3人とも、驚くほどスムーズに同時攻撃の態勢に入ることができた。練習しておいてよかった!必殺技を作ろう、というミリアーネの気まぐれな思いつきが、まさか本当に役に立つとは。


 ミリアーネとエルフィラが同時に踏み出し、サリアが一歩遅れた。鈍い音がして、エルフィラが振り下ろした剣が敵に受け止められ、続いてミリアーネの剣ももう一人の敵に食い止められた。だが、これは3人が仕掛けた罠だ。ミリアーネの汗みずくの顔が、思わずニヤリと笑った。


(バカめ!まんまとかかったな!)


 そのとき既に、彼女の剣を受け止めてガラ空きになった敵の右脇腹めがけて、わざと一歩遅れていたサリアが横殴りに剣を振っていたのだ。勝った!ミリアーネは勝利を確信した。




 だが、敵の方が一枚上手だった。猛烈な力でミリアーネを弾き飛ばし、返す刀でサリアの剣を受け止めた。失敗だ。3人はいったん後ろに退いた。サリアとエルフィラは、今はじめて敵の実力を実感した。コイツら、只者じゃない。かなり剣の心得のある人間だ。この3人じゃ無理か――――


 いや、そうじゃない!サリアは2人と、そして自分を激励するために大声を上げた。こないだミリアーネが言った言葉をそのまま使って。


「諦めるな!我ら3人、揃えば無敵だ!」


 その声に励まされ、ミリアーネとエルフィラも再び攻撃態勢を取る。そして3人いっせいに踏み出した。ミリアーネは今回も仕掛けた。前回と同じ敵を目標にしていると見せかけて振り上げた剣を、そのまま右斜め下に切り下げて、右のエルフィラが相手にしている方の敵を狙ったのだ。


(これでどうだ!)


 彼女は渾身の力で剣を振り下ろした。




 が、これも駄目だった。エルフィラの剣を受け止めた敵は、体を左に半回転させるように曲げたのだ。ミリアーネの剣がむなしく空を切り、地面にぶつかって嫌な音をたてた。ミリアーネの腕がしびれる。そしてもう一人の敵はサリア1人に集中することができるようになったから、サリアの剣を弾き、返す刀で彼女の胴を狙った。


(しまった!)


 咄嗟に避けたものの、切っ先が右脇腹の皮膚を破った。思わずうめき声が上がった。


「サリア!!」


 ミリアーネの心配する声に、サリアは痛みに顔を歪めながら、でもそれを見られて余計な心配をかけまいと、顔を背けて答えた。


「大丈夫、傷は浅い」


 だが、ミリアーネは気付いている。暗くて見えないが、サリアの傷は浅くないはずだ。本当に浅いなら、うめき声は出ない。ミリアーネは息を切らせながら声をかけた。


「サリア、いったん退かない?その傷、本当は……」


 彼女の言葉を遮り、サリアは敵を見据えたまま鬼のような形相で吠えた。


「退かん!絶対に退かん!犯罪者どもに尻尾を巻いて逃げられるか!足を剣で地面に突き刺してでも留まってやる!」




 エルフィラはミリアーネ、サリアの体力、気力が限界に近いことをわかっていた。2人とも傷を負い、その痛みに耐えながら戦っているのだから、それは当然だ。早いところ勝敗を決しないとどんどん不利になる。だが一方で、敵も疲弊していることを見抜いていた。今の攻撃でエルフィラの剣を受けた際、敵がバランスを取るために右足を一歩後ろに下げたことを見逃していなかったのだ。さらに、ミリアーネの剣を避けるため、敵は体を曲げて避けた。先ほどのように、エルフィラを弾き飛ばしてからミリアーネの剣を受けるということをしなかった。敵にはエルフィラを弾き飛ばす力が残っていない。ここが勝負どころだ!


 エルフィラは大きく息を吸ってから叫んだ。


「敵も疲れてきてる!ここが勝負の分かれ目!勝利を手にするのよ!」


 エルフィラの督戦に、ミリアーネとサリアは再び闘志を取り戻す。ミリアーネが聞いた。


「サリア、まだいける?」


「当たり前だ」




 しかし3人は攻め手を欠いている。同時の攻撃は敵に読まれてしまっているし、個々で戦っても実力差が歴然としているから、各個撃破されてしまう。3人は動けなくなっていた。敵はそれを見越したのか、今度は自分たちの番とばかりに斬り込んでくる。ミリアーネとサリアはその場で迎撃の態勢を取ったが、エルフィラが前に飛び出した。


「何してる!下がれ!」


 狼狽したサリアの怒鳴り声に対し、エルフィラは言った。


「言ったでしょう?私の名はアイゼンベルク、守り抜く者!」


 エルフィラは冷静に、斬りかかってきた敵の剣を受け止めた。が、もう一人の剣を防ぐ術がない。エルフィラが斬られる!ミリアーネとサリアは同時に走り出したが、とても間に合わない。ミリアーネが絶叫した。


「エルフィラ!避けて!」


 が、彼女はそうはしなかった。自分と剣を合わせている敵の膝を思い切り蹴り上げたのだ。思わずバランスを崩した敵を尻目に、もう1人の敵の剣を受け止めた。


「そこだ!」


 追いついたサリアが剣をうならせ、剣を受け止められて隙ができた敵を猛然と斬り下げた。確かな手応えがあった。敵がくぐもった声をあげ、その場にうずくまった。




 残りは1人。状況はミリアーネたちに有利だ。が、敵は剣を捨てるどころか一層固く握りしめ、あくまで戦う意志を見せた。


 内心、3人はこれ以上戦うのは避けたかった。傷口からの出血はあるし、体力も限界だ。それにエルフィラの奇策も、一度使ってしまった以上再びは使えない。今度こそ攻め手が無い。ベアトリゼ隊長は何をしているんだろう。ミリアーネは苛立たしく思った。帰ったら、陰で3人で罵倒してやる。


 そこで(おや?)と思った。私は、いつの間にか生きて帰るつもりになっているぞ。さっきまであんなに負ける気になっていたのに。それに気付いて、ミリアーネは俄然奮い立った。


「勝てる!勝てるんだ!流れは完全にこっちのものだ!」


 つられてサリアも言った。


「よし、これで最後だ!3人同時に行くぞ!」






「お前ら!無事か!?」


 ベアトリゼ隊長が喘ぎ喘ぎ、詰所に駆け戻ったときには、すべてが終わっていた。3人は肩を抱き合い、泣きながら喜んでいた。


「ありがとう、2人のおかげだ」


「3人揃えば無敵っていうのは本当だったのね」


「私、生きてる!これでまた騎士道物語が読める!」

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