20.それぞれの思い
とっさには事態が飲み込めず混乱するミリアーネだったが、相手が二撃目を放つ構えを見せたことで、ようやく状況を理解した。理解せざるを得なかった。
白の盗賊団が2人。自分に明確な殺意を向けている。
緊急避難的に後ろに飛び退いて間合いをとるとともに、闇夜で目印にならないようにカンテラを放り投げる。カンテラが地面にぶつかる音がして火が消え、周囲が闇に包まれた。そして空いた手で連絡用の笛を思い切り吹くと、それも投げ捨てて剣を抜き、両手で構えた。
問題は、今の笛を聞きつけた3人がどれだけ早くこの場に来てくれるかだ。前に皆で試してみたところ、市場の端から端までは全力で走っても5分以上かかる。もし3人が3人とも端の方にいる場合、ミリアーネ一人で5分は敵と渡り合わなくてはならない。
目がだんだん闇に慣れてきて、敵の姿がおぼろげながら把握できるようになってきた。2人とも剣を構えたまま、じりじり距離を詰めてくる。ミリアーネが笛を吹いたのは仲間と連絡を取るためだと、相手もわかっているはずだ。それなのに逃げないのは、ミリアーネなど一瞬で屠って逃げられるという自信なのか、どれだけ騎士がやって来ても勝てるという驕りなのか。
ミリアーネも敵を迎え撃つ体勢に入ろうとしたが、自分の手足が震えてしまっていることに気付いた。
(くそ!しっかりしてよ、自分!)
震えを止めようとして焦れば焦るほど震えてくる。やっぱり自分は所詮モブキャラで、ここであっけなく死ぬのか――――そういう絶望的な思いが込み上がってきた。
サリアとエルフィラはまだ来てくれないのだろうか。彼女がいま猛烈に会いたいのは、実力の飛び抜けたベアトリゼ隊長よりもサリアとエルフィラだった。半年間苦楽を共にした3人、その3人が揃えば死なない気がする。根拠はまったく無いけれど。
敵は既に、二、三歩踏み込めば剣が届くところまでミリアーネとの距離を詰めている。逃げようか、と思った。所詮一人じゃ無理だ。逃げている間に3人が駆けつけて、形勢が逆転するかもしれない。ミリアーネは一歩後ずさった。
いや、ダメだ!もし敵が自分を追ってこなかったら?敵はゆうゆうとこの場を去り、どこかの民家に押し入るだろう。黙っていれば3人にはバレないかもしれない。野良犬に驚いて連絡用の笛を吹いちゃった、なんて適当にごまかして。イヤだ。自分は腐っても騎士だ。自分が助かる代わりに、どこかの幸せな家庭が盗賊の被害に遭うことになるなんて、そんなの認められるわけない。
それに、野良犬うんぬんなんてごかましたら、今後ずっとサリアやエルフィラを騙し続けることになる。2人と話すとき、常に後ろ暗い思いをしなくちゃならない。イヤだ。趣味のせいで子供のころから変人扱いされてきた自分の話を、なんだかんだ言いつつ聞いてくれる2人。2人の前でなら素の自分を出すことができるんだ。その2人に対しても、自分を偽らなくちゃならなくなったら、私は――――
(気持ちを強く持たなきゃ!)
自分はモブキャラなんかじゃないんだ、と思いたかった。不意に思い出したのは、前に風呂で意識朦朧としながらサリアに提案した、「フルネームで呼ぶとモブキャラっぽくない」という話だった。
敵との間合いは縮まった。あとはどちらが先に攻撃を仕掛けるか。ミリアーネは覚悟を決め、敵に向かって怒鳴った。
「私はミリアーネ=エンゲルハルト!!普通のモブみたいに、簡単には死なない!2人まとめてかかってこい!」
◆
サリアは全力で走っていた。笛が鳴ったのは市場の入口の方だから、ミリアーネが何らかの危機に陥っていることを示していた。
嫌な予感がする。ミリアーネが事あるごとに言っている、「自分たちはモブキャラだからすぐ戦死する」という話。いつも鼻で笑って取り合ってこなかったが、それがいま現実のものになりつつあるのではないか、という不安に脅かされていた。
いろいろバカなことは言いつつも、アイツは努力してる。それは身近にいる自分が一番よく知っている。努力の割に実力は伸びないし、努力の方向性も間違っているけれど、アイツの何事にも一途な姿勢が好きなんだ。どれだけバカにされても自分の信じることを続けるなんて、常人にはなかなかできることじゃない。それに、なんだかんだ言ってもアイツは親友だ。どこの馬の骨とも知れぬゴロツキに親友が殺される。本人の今までの努力を嘲笑うかのように簡単に斬り殺す。そんなこと、この私が許さない。
遠くで、ミリアーネが叫ぶのが聞こえた。
『私はミリアーネ=エンゲルハルト!!普通のモブみたいに、簡単には死なない!2人まとめてかかってこい!』
馬鹿!サリアは心の中で怒鳴った。馬鹿!今のミリアーネの実力で2人の敵に挑むなんて、自殺行為もいいところだ!逃げればいいものを!
アイツは根が馬鹿真面目なんだ。こないだ私の言葉を真に受けて好きな小説を読まず、体調を崩したのだってそうだ。そもそも平民出身なのに、騎士団に入ったヤツだ。「騎士道物語の騎士に憧れて」なんて言ってるけど、陰では血のにじむような努力をして入ったに決まってる。今だって、(逃げたらエルフィラとサリアに合わせる顔がない)なんて考えているに違いない。それだからお前は馬鹿なんだ!私たちがそんなことでお前を見限ると思ってるのか?こないだ『いったんは負けても、生きていれば反撃できる』なんて言っていたのは誰だ?私の鉄拳制裁でお前の馬鹿さ加減を矯正してやる。そのためにはまず、ミリアーネを助け出さないと!
今こうして走っている間にも、ミリアーネが死んでしまっているのではないか、という不安が頭をかすめる。それを振り払うように、サリアは叫んだ。
「ミリアーネ!もうすぐ詰所に着く!それまで持ちこたえろ!」
「うん!」
よかった、ミリアーネの声だ。まだ生きている!それにしても、私の足はなんで私の言うことを聞かないんだ?もっと早く走れと言ってるだろう!
ようやく詰所前まで戻ったサリアのカンテラに照らされて、ミリアーネと白の盗賊団2人が切り結んでいるのが見えた。明らかにミリアーネが圧されている。サリアは呼吸を整える間もなく怒鳴った。
「そこまでだクソ盗賊ども!ミリアーネ=エンゲルハルトとサリア=ベルンハイム、2本の剣の前にひれ伏すがいい!」
「いいえ、3本よ」
声のした方を振り向くと、こちらも肩で息をしたエルフィラがいた。
◆
剣を取ることにずっと迷いがあった。貴族に生まれながら騎士団に入った自分を、周囲の人間は変人を見るような目で見た。貴族のあり方への疑問に対する自分なりの答えだったのだけれど、他人には理解してもらえなかった。同じ騎士団員たちからすらも。そんな中、声をかけてくれたのがあの2人だったのだ。ミリアーネとサリアの凸凹コンビ。2人の掛け合いを聞いているだけで楽しい。そして、訓練から落伍しがちな自分を、いつもさりげなくフォローしてくれる。
あるとき、自分が他人を殺めることができるのか?と考えて恐怖に襲われた。そのとき励ましてくれたのも2人だった。私の最高の友人たち。あのとき結論は出なかったけれど、今ならはっきりわかる。
なぜ私は剣を取るのか――――ヒトを殺めるためじゃない。守るべきものを、守るため。
私は欲張りだから、守りたいものはたくさんある。父と母、実家の召使いたち、父の領地に暮らす人々。そしてこの国と、善良な国民たち。その中でも、いま一番守りたいのは――――
そしてエルフィラも大声で名乗りを上げた。
「エルフィラ=フォン=
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