17.緊迫

「!!」


 顔を上げる。心臓が痛いくらいに早鐘を打っていた。見慣れた講義室の中に、網膜に焼き付いたりずの繋がれた白い体が映り込む。彼女に刃物が振り下ろされる光景が、生々しく脳にこびり付いていた。


「なんだよ、あれ…」


 目を見開いたまま、頭を押さえてうずくまった。頭が割れそうにガンガンする。

 りずが。彼女が。考えたくない。


 自分の呼吸の音がうるさいくらいに速く荒くなっていった。けれど、いくら息を吸っても酸素は足りない。まるで暗く狭い箱に閉じ込められたように、息が出来ずに俺は胸を押さえた。


「おい、不破。なあ、お前どうしたんだよ」


 声がして、ハッと振り向く。そこには心配そうな顔をしたいつものクラスメイトが、こちらを見つめていた。


「なあ、ハセベ!」


「うわっ!」


 興奮に任せて肩を掴む。彼は驚いて、一瞬のけぞったようだった。


「お前、りずって子知らないか!?」


「り、りず…?さあ…外人か?」 


 思わず指に力が入っていく。ハセベは痛みにか顔を少し歪めて、俺を静止しようとしているようだ。けれど俺は言葉を止めなかった。


 とにかく、彼女を探さなければ。それだけが頭の中を支配していた。


「いや、日本人だ。なあ、お前サークルで他の大学とも交流あるだろ。誰か、知り合いの知り合いとかで、りずって名前に聞き覚えのあるやついないか!?」


「ま、待て、ちょっと落ち着けって!」


「落ち着いてられるかよ!一刻も早く、…ああ畜生、どうすりゃいいんだ…!」


 ハセベから手を離し、前髪をくしゃりと掻き毟った。あれが未来だとして、どうしたらいいんだ。


 何かすれば変えられるのか?いや、だとしても何を?けれど、とにかく彼女に会えば変わるのかもしれない。


 ああでもどこにいるんだ。会ってどうすれば良いんだ。あれがりずの運命だとして、どうすればそれを変えられるんだ。どうすれば、どうすれば、どうすれば、どうすれば。


「おい、なあ不破、お前本当最近おかしいぞ。何かあっ」


「何でもない!」


 肩を掴まれ、思考が停止する。

 俺がどうとか余計なことはどうでもいい。いまは、どうすれば彼女を救えるかが知りたいだけなんだよ。


 バン!という破壊的な音がして、ハセベの顔が引きつった。壁に打ち付けた自分の右手に、ぬるりとした感触がした。


「ああ、もうとにかく、何か分かったら教えてくれ。」


 出来るだけ落ち着いた声を出そうと努めたが、掠れた音声が出ただけだった。網膜に焼き付いた映像が消えず、片目を押さえる。


「あ、ああ…」


 これ以上ここに長居は無用だ。少し怯えたような様子のハセベを残して、俺は荒々しく講義室を飛び出した。


 とにかく、どうにかして、彼女を見つけなければ。それだけでひたすら足を進めていた。

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