第29話 昼休み

 何でもない昼休憩の時間、俺の机の前に来た大和が言った。


「結月、ドッヂボールやらないか?」


 どこから持ってきたのか分からないが、青いボールを小脇に抱えて、眼鏡をクイッとしながら言う。


「……大和?」


 何言ってんだこいつ?高校生にもなって。

 大和はシャツの1番上のボタンを外しながら、俺に視線を向ける。

 とてつもない色気だが、俺にそっちの趣味はない。


「天照学園は有名な進学校だ。その代わり、部活には力を注いでいない。たまには運動も必要だと思うのだが、どうだ?やらないか?」


「やるぅ〜!」「大和君!私が一緒に遊んであげる!」「大和君の……玉。」「私、大和君のチームがいい!」「大和君と運動すりゅ!」


 俺とは別の場所から黄色い声が聞こえてくる。

 あっという間に女の子達に囲まれた大和が戸惑いを見せる中、これで俺は必要ないだろうと、席を離れた。


 今日は水曜日で、何時もなら未来が俺の所に来て、帰りのアポイントを取るのだが、今日は休みだ。


 少し校内を散歩してみることにした。

 が、いきなり目の前に立ち塞がる男がいる。

 辻本光斬だ。


「おい!てめぇは、なんだって何時も何時も俺の呼び出しを無視すんだ!」


「別に無視している訳じゃねぇよ。」


「無視してんだろうが!」


「興味がないから行かないだけだ。」


「それが無視してるってんだよ!」


 まるで子供のように地団駄を踏み、自分の思った通りにならない事に腹を立てる、器の小さい男。

 それが辻本光斬。


「面倒くせえな。なんかようか?聞いてやるから言ってみろ?」


「こいつぅ…まぁいい。おい!」


 辻本は俺に近づくと、耳元に口を寄せる。

 うわっ、気持ち悪!


「てめぇはどうでもいいが、兄貴なら美月は守ってやれよ?三年に気をつけろ。」


「は?何だそれ?」


 辻本はフンっと、鼻を鳴らして自らの教室に入っていった。


 そう言えばこの学校は、停学処分を二回喰らうと、退学になるらしい。

 辻本は既に王手だ。


 厳しいように感じるかもしれないが、普通の学生であれば、一度でも停学になる事なんて珍しい。

 だから、全然厳しい訳では無い。


 しかも、特待生で、授業料免除の生徒が停学になると、普通は特待生から外されると思うが、それも大丈夫らしい。

 金持ちの手が色々と入っているから、この学校の制度はかなり歪なんだと思う。


 さて、辻本が言っていた事だが、訳分からんし、美月が守られる?ありえん、ありえん。て事で、気にしても仕方がない。


 俺は散歩の続きをする事にした。


 中庭に行ってみると、数人の集まりが点々としていて、弁当を食べているようだった。

 一年から三年まで学年は様々で、多分だけど、クラスが違う仲の良い集まりで昼飯を食ってるんだろう。


 そんな中、端っこの木陰にあるベンチで、一人寂しくパンを齧っている女子がいた。


 何処かで見た覚えがあるな。


 確か、大和と共に美月の教室に行こうとしていた時、その手前の教室から飛び出してきてぶつかった女の子だ。


 何となく興味を引かれ、途中で買ったパックジュースをちぅちぅ吸いながら、同じベンチに腰掛けてみた。

 なんか、一人で昼休みを過ごしているのが、中学の頃を思い出させるからかもな。


 隣に座ったと言うのに、全く気付く様子はない。

 直ぐに気づくと思ったが、予想外だ。

 思わず苦笑いをしてしまい、話しかけてみる事にした。


「パン、美味いか?」


「もぅ、飽きました………ふぇ?!」


 声をかけてやっと気がついたようで、彼女は驚き立ち上がった。


「あ、おい!」


「ひやっ!」


 慌てて立ち上がったからか、彼女はバランスを崩し、尻もちを着いた。


「薄い、ブルーか…」


「はい?」


 彼女は自分を転ばせた俺を、涙目で睨む。

 でも、そんなのちっとも怖くない。

 美月に比べると、ドラゴンとハムスター程は差があるな。


「何時まで見てるんですか?何か言う事があるんじゃないですか?」


 涙目でプルプルと震えながらそんな事を言うが、はて、なんの事やら?

 …あ!そうか。


「ご馳走様でした!」


「ちっがーう!謝罪を求めています!立たせてください!」


「勃ってるけど?」


「な、ななな!何が立っていると言うのですか!」


「え?何がって…ナニが?」


 言いながら彼女の手を掴んで起こしてやるが、彼女は泣き出した。


 しまった…ちょっとやり過ぎたかもしれない。


「あぁ〜、悪かった。冗談だ。」


「ち、ちがっ…なんで?」


 何かを言っているが、良く聞き取れない。

 落ち着くまで待つ事にしたが、何故か俺の目からも涙が出てしまう。


 なんだこれは…


 ゆっくりと自分の中に湧き上がる何かを落ち着かせ、彼女が泣き止むのを待っていると、休み時間が残り僅かになっている事に気がついた。


「悪かった。俺もう行くから。」


「あっ!な、名前を…教えてください!」


「山口結月だ。お前の隣のクラスに双子の妹がいてややこしいから、名前で呼んでくれ。お前の名前は?」


「はぃ、私は星衛ほしえです。星衛凛。」


 漸く涙が止まったのか、星衛は顔を上げて答えてくれた。


「じゃあ、星衛も授業遅れるなよ?」


「あ、私も!り、凛って…呼んでくださぃ。」


 まぁ、断る理由もないな。


「じゃあまたな、凛。」


「は、はい、結月君。」


 校舎の窓から、美月がこちらを見て微笑んでいた事に、俺は気が付かなかった。


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R-TYPE 司馬楽 みちなり @shibarakumichinari

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