第20話 いつもの日常へ

「え?マジ……もう分かったの?」


 マイクは直ぐに南京錠を回し始めた。

「First、3」


 ダイヤルを『0003』にする。



 ――――――――――

 ×○××○×○×○×××○○

 ――――――――――


 天井を指でなぞりながら電球の数を数える。


「Next、32」

 ダイヤルを『0035』に回す。


「え、どういうこと?」

 困惑するハルカを尻目にマイクは再び天井を確認する。


「128」

 ダイヤルが『0163』になる。


「ワンハンドレットトゥエンティエイト……128、128をさっきのに足していってるってこと?」

 その通りだった。マイクは天井を確認しながら数字を足していた。


 二進数―それがこの暗号を解く鍵。

 通常人間は『0〜9』の十種類の数字を使っているが、二進数は『0』と『1』の二種類のみを使う。これは人間ではなくコンピュ―タ―などに使われている。

『0』か『1』つまり『ON』か『OFF』だけで数字を表すことが出来る。例えば『1』は二進数でも『1』だが、『2』だと桁が上がってしまうため二進数だと『10』になる。『3』は『11』、『4』は『100』と言った具合だ。

 つまりON/OFFで表現されている14桁の電球の二進数を、4桁の十進数に戻して南京錠に当て嵌めるということ。二進数を十進数に変換する場合、右から1、2、4、8、16と言った具合に2倍ずつとなっていく(2のn乗)ので、『0』つまり電球が消えている部分は無視し、『1』となっている電球が付いている部分のみに該当する数字を十進数に直して足していく。


 ――――――――――

 ×○××○×○×○×××○○

 ――――――――――

 これを二進数に直すなら

『01001010100011』


 地道に『1』に該当する桁の数を足していくのだが、今回マイクは『紙』や『電卓』が無かったので、南京錠をメモ帳代わりに数字を足していくことにした。ちなみに最初の『3』は『11』の1+2をするまでも無いので、暗算で『3』とした。



「512」「4096」


 1+2+32+128+512+4096=


 全ての数字が足され『4771』が完成した。


 ガチャッ


 南京錠が外れた。


 ついに扉が開いた。マイクはレディファ―ストを考えたが、もしこの先に罠があってはいけないと思い、先に扉をくぐっていった。


「Come on Haruka, harry up!(早く来い、ハルカ)」

 マイクの声色が明るい。どうやらこの先を期待しても良いみたいだ。


 ハルカも扉を潜った。

 潜るには海面が上昇したため一度もぐる必要があったが、匍匐前進が必要な配管のような作りではなく、直ぐに隣の部屋に繋がっていた。顔を水面から上げる。


 部屋は先ほどと比べると少し薄暗いが、それでも視界に困る事は無かった。結構広い。部屋の奥でマイクが呼んでいる。


 腰の高さの水中をゆっくり歩き、マイクの方へ近寄る。


「これマジ……?」


 梯子が付いていた。マイクのぶら下がるようなそぶりから見ると、頑丈そうだ。

 その上をなぞるように見上げると……


 闇……いや、あれは星空……つまり…………外!


「マイク〜!」

「Haruka!」


 2人は抱き合った。喜びを確かめ合う。ダメかと諦めかけた。死を覚悟したがついにせいにしがみ付くことができた。


「へっくし!」

 ダメだ。身体が冷えてきた。早く上がろう。


「That's right(そうだな)」


「先あがってよ。私スカ―トなんだけど」

「Oh, sorry(ああ、ごめん)」


 最後まで言葉は通じなかったが、目と表情、ボディ―ランゲ―ジで二人の意思疎通は完璧になっていた。

 マイクは直ぐに梯子に足をかけた。


 マイクが見えなくなる前に、ハルカもあとを続く。


 濡れた手と足が滑らないように慎重に登る。幸い梯子の高さはそこまでだったので、直ぐに外に出れそうだ。


 ふと上を見ると、マイクの片足が消えていった。どうやら出口に到達したらしい。


 あと少し……滑って落ちないように、慎重に……


「ってうわっ!」

 身体に何かが当たった気がした。胸の辺り。いや、違う。シャツの胸ポケットに入れていたスマホだ。

 なぜかバイブが振動した。


「なんだスマホか……びっくりさせんなよ」

 でも気になったので、登っている途中だが片手を離してスマホの画面をチェックする。


『サキ:ドユコト?水曜日?笑』

 親友サキからのグル―プチャットだった。あ―あれか。5つの問題を解いてた時の『かようのあしたは』。これが知らぬ間に送信されていたということ。


 って事はもう電波つながるって事?キタキタキタ―!

 外に出れるって事。助けも呼べるじゃん―――――――――



 ピピピッピピッピッピピ……


 何?今度は音?マナ―モ―ドにしたはずなんだけど……






 あれ?明るい。なんで?外は夜じゃね―の……?


 ん?知ってる景色だわ。あ―これね。



「って夢かよ!」


 自分の部屋だった。自分の部屋の自分のベットの自分の布団の中だ。

 無意識に五月蝿いスマホのアラ―ムを消す。


「あれ……夢なんだよね?」


 妙にリアルだった。最後のダイビングなんて本当に息苦しかったし……


 スマホは充電ケ―ブルが差しっぱなしで電池は100%、ホ―ム画面には『06:30』、『11月12日火曜日』の文字。


「顔洗お」

 寝惚けた頭を冷ますために洗面所に向かう。いつもの家だ。何も変わらない。


 やっぱりあれは結局夢だったのか。手に掬い上げた水を顔に勢いよく飛ばす。水の冷たさが刺激となり目が冴える。

 顔をタオルで吹き、リビングへ向かう。


 静寂な朝に響き渡る、ジュ―っという爽快な音がする。母が溶き卵を流し、卵焼きを作っていた。


「お母さん、おはよ」

「あれ?ハルカ今日は早起きね」


「なんか変な夢見てさ」

「ふ―ん」



 母は興味無さげに返答し料理を続けた。特にすることがないハルカは、机に座りテレビのスイッチを入れる。

 朝から情報番組のアナウンサ―が元気にはしゃぐ。毎朝ご苦労なことだ。


「そういえばさ、あんた昨日何してたの?」

 母が話しながら目の前に朝食を置いてくれた。


「昨日?学校行っただけじゃん?」

 朝食のサラダに、ドレッシングをかける。


「いや、学校終わった後。帰り遅かったじゃん」

「ああ、そういえば……」


『いただきます』をしようとした手が止まった。


「あれ?みんなと別れた後、電車の中で寝ちゃって……その後あの部屋に閉じ込められて」

「部屋に閉じ込められた!?」

「いや、違う。それ夢の話だから」


 愛する娘が監禁……母の形相が変わる前に直ぐにフォロ―を入れるハルカ。ファインプレ―だ。


 でも、昨日の放課後から今朝までの記憶はしか無かった。あの出来事が夢だとしたら、ワタシはどうやって家に帰って自分の布団で寝たんだろう?


 ハルカは朝食に箸を付けずに立ち上がり、自分の部屋に向かった。


 スマホのグル―プチャットを起動する。


 ―あった


 ―――――――――――――――――――

『ハルカ:かようのあしたは』<


 >『サキ:ドユコト?水曜日?笑』

 >『チハル:なんか普通に打ち間違いとか?』

 >『ナナコ:お―いハルカ、どしたん?笑』

 ―――――――――――――――――――


 訳が分からない。夢と現実がごっちゃになってる。というかあれは現実?


 だが、どうやら夢みたいだ。

 諦めて捨てたはずのリュック、その中には筆箱やノ―ト、教科書も。


「う―!わけわかんね―よ」

 ハルカは頭を掻き毟った。


 でもお腹がすいてきたので、とりあえず朝食に戻ることにした。このことは友達みんなに相談してみよう。




「だからさぁ、リアル脱出ゲ―ムする夢見たんだって」

「面白そうじゃん」

「面白くないよ。大変だったし、死に掛けるし」

「その時の問題の中に『かようのあしたは』ってのがあって……」

「それが昨日のメッセ―ジなんだ。で、なんで?なんかおかしくない?」

「だから、それをみんなに相談したいんだって」


 ハルカたちの登校時間はその話で持ちきりだった。でも結局は「よく分かんないね」で話は終わり、話題が変わって……


 またあの出来事の記憶が薄れていった。




「はい、チャイム鳴ったよ。みんな席について」

 始業ベルが鳴り、1限目の授業が始まった。化学の教師近藤の頭皮のテカリは今日も絶好調だ。

「今日は32ペ―ジから」


「あ、やっべ。教科書忘れた……ってことはノ―トも」

 カバンの中は昨日のまま。つまり火曜日なのに月曜日の授業の教材しか入っていない。


 また違うノ―ト使ってメモするしか無いか。

 世界史のノ―トを取り出した。空白のペ―ジまで捲る。


「あれ?なんだこれ」

 書いた覚えの無い文字がノ―トに書いてある。



「も―勘弁してよ。夢か現実どっちなんだよ」



『Good luck, Haruka Mike』

 ノ―トには、こう刻まれていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

白い部屋 モモノキ @momonokiki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ