悩む



俊和に詳しい話を聞いてみると、こういうことだった。




 俊和が本土へ行ったことはある。けれど、幼い頃に数回だけ。


 この島にも小さい学校があったが、過疎化が原因で俊和が三歳の時に閉鎖していたようだ。


 俊和も本土の小学校に通うはずだったが、エイリアンの襲撃でこの島に取り残された。




「確か、婆ちゃんは船で一二時間とかだって言っていたような気がするけど」


「うーん、せめて方角が分かれば……」




 俊和とお婆ちゃんとの過酷な二人暮らしは、島から脱出するという考えすら奪っていた。


 おばあちゃんも一応は漁船を運転できたらしいが、エイリアンの襲撃時に漁船はすべて破壊され。当然修理なんてできなかったようだ。




 これが、健康な成人男性とかなら、子供一人を連れていても丸太で筏を作って、本土へ脱出をする体力と気力があったかもしれないが、高齢のお婆ちゃんと幼い俊和の二人でそれをやれとは無理な話だろう。


 生活基盤を整えるだけで、時間が過ぎていく。


 それでも、俊和を励まして守りきった俊和のお婆ちゃんは本当にすごい。




「ん? でも、一二時間なら、彩雲で行って帰って来れるかな?」


「彩雲?」


「偵察機、白い飛行機が飛んでたでしょ?」


「あ、うん、白い細い飛行機だよな」


「そうそう、彩雲の航続距離なら、一二時間の距離なら問題なく行って帰ってこられるはず」




 と言う訳で、さっそく彩雲四機を飛ばす。


 今手持ちの彩雲は七機。もしもの時の為に三機は残しておく。




「東西南北、これなら四機の内一機は本土を見つけられるだろう」


「そ、そうだな」




 俺の言葉に歯切れの悪い感じで頷く俊和。どうかしたのか?




「本土が見つかるか二時間くらいまで、釣りをしていようか」


「あ、ああ、分かった」


「砂浜って何か釣れるの?」


「えっとね、サクラが釣れるよ」


「サクラ?」


「うん、ピンク色の桜の花びらみたいな魚」


「お、おぉう、また新種か」




 ドギツイ色なのだろうか? 見たことも聞いたこともない魚を想像して、俺はちょっとげんなりした。






 それから、二時間が経った。東西南北、定期的に視界を彩雲と繋いで陸地が無いか確認をしてみたが、まったく陸地が見えなかった。


 もしかして、南東とか北西とか。地図で言うと斜めの方角だったのか? そう思いながら後一時間飛ばして見つからなければ、彩雲を帰還させることにした。




「……ぜんぜん釣れなかった」


「今日は駄目だったな、姉ちゃん」




 日が沈む頃、飛ばした彩雲が戻ってきた。


 彩雲を飛ばしている間の釣りの成果は無かった。ダブルで成果がなくて正直凹む。綾雲を東西南北飛ばしたけど、海だけしか見えなかった。




お婆ちゃんの言葉を俊和が聞き間違えたのかと思ったけれど、俊和の話しだと誕生日に特撮物の変身ベルトを買ってもらったことがあって、その時は朝早くに本土へ買い物に行って、夕方には島に帰ってきたそうだ。楽しい思い出だから、当時のことを詳しく覚えていた。




変身ベルトを買ってもらえると、嬉しくて興奮しっぱなしでずっと海を眺めていたと。


長時間、海を船で移動はしていないと俊和は言っていた。となると数時間で辿り着ける位置に本土はあると思うけど。




「彩雲の燃料そこそこ使ったからなぁ」


「姉ちゃん?」


「ああ、ごめん。何でもない」




 恐らくだけど、俺の身体も艦載機も史実の性能ではないと思う。


 たぶん、限りなく近いけれど微妙に違う気がする。でも、後二回くらいなら飛ばせるはず。それまでに本土の位置を特定しないと、アウトだろうな。


 そんなことを考えながら、夕食の支度をしていると。




「そうだ、今日は風呂の日だった」


「風呂の日?」


「うん、四日に一度風呂に入れって婆ちゃんがさ」




 俊和の家は古い家だ。昔からゴエモン風呂。風呂を作るのは水を運んだり風呂を炊いたりと大変だ。


 けれど、俊和の婆ちゃんは四日に一度は風呂に入る様に俊和に強く言ったらしい。


 風呂に入らなくなるとあっという間に病気になると言って。


 だから、俊和も婆ちゃんの言いつけを守っているようだ。


 まあ、俊和の話しを聞いていると俊和はあまり風呂が好きではないようだ。


 俺は入りたいから、風呂を作るのを頑張るけどね。


 と言う訳で、俺は夕飯を俊和に任せて、薪と水を家のゴエモン風呂に運んだ。


 ボタン一つで風呂が沸くとか、どれだけ楽だったのかが分かるよ。


 まあ、今の俺は航空母艦信濃。水運びくらいは楽勝だけどね。


 なんというか、身体の力は航空母艦信濃そのままの様だ。




巨大な船を動かす馬力、確か十数万馬力だっけ? うん、綺麗なドラム缶無いかな? それで水を組んで運んだ方が早いな。


 ドラム缶無い? と俊和に聞くと「いや、無いよ何に使うの?」と聞かれたので水を運ぶ。と言うとちょっと引かれた。




 ――傷つくね。




 ともかく、頑張って水を運んで薪を運び終えると俊和の方も夕飯が出来たらしい。




 居間でちゃぶ台に夕食が並ぶ。


 味噌はお婆ちゃんから教えてもらった手作り味噌。


 漬け物や干物。少量だけどご飯もある。




「あまり多くなくていいんだよ。戦女子はそこまで食べなくても平気のようだから」


「駄目だ。姉ちゃんも食べろ」




 食料の消費は避けたい。それと食事をして分かったが、俺の身体は食事をそこまで必要としていないようだ。


 俺の身体の燃料と言えばいいのか、スタミナが食べ物を食べると若干回復した。


 やっぱり、戦女子専用の食物がある可能性が高いな。




「でも」


「食べなきゃ駄目だ!」




 俺が食い下がると俊和は怒っている様な、泣いている様な表情で俺に強く言う。


 なので、俺もしっかりと夕食を食べた。




夕食後、俊和がポツリポツリと教えてくれた。


死期を悟ったお婆ちゃんは、あまり食べなくなったそうだ。




「婆ちゃんが死んだ時、すっごい痩せていてさ。俺が食ってくれって言っても、婆ちゃんは俺が食べろって」




 静かに泣き始めた俊和に俺は何も言えず、何もしてやれなかった。


 婆ちゃんは孫に生きてほしい。だから余計に食べるつもりはない。


 けれど、俊和は死んでほしくなかっただろうな。自分を生かすために無理をして死んでいく婆ちゃん。


 自分が俊和の婆ちゃんなら、恐らく似たようなことをしたかもしれない。


 けれど、残される側に立つと、止めてほしいな。死んだ大切な人が痩せこけていたら、多分一生心に残るだろう。




「…………」


「…………」




 それからある程度俊和は泣いて、俺に「風呂を焚く」と言って、居間を出た。


 風呂が出来ると、交代で風呂に入った。


 少し警戒していた、風呂の覗きや洗濯物が無くなるなんてことはなかった。


 一応、ゴエモン風呂なので、俺が入っている時は外に俊和が風呂を焚いてくれていたけれど、覗くかな? とか考えていた俺は馬鹿みたいだな!




 良く良く考えたら、お婆ちゃんだけで、俊和に性教育をしっかりとやったか? と考えるとちょっと無理がある。


 ってか、そんな余裕はなかっただろうな。


 ああ、そうだ。俊和ってどれくらい勉強出来るんだろうか? 十五歳くらいだから、ここから本土へ移動したら、高校生?


 いや、多分政府から社会復帰のプログラムとかが受けられると思うけれど、教師も無い状態で、この島に居たんだ。恐らく学力は小学生くらいか?




「…………」




 どうしよう。本当に俊和を連れてこの島を出ていいのかな?


 十五歳で、世間から孤立した島で暮らしていて、学力が小学生並み。


 この状態で一般社会に俊和は生きていけるのか?


 無理だろう。俺なら引きこもりになる。確実になる。




「そろそろ寝ようか」


「う、うん」




 気持ちが沈んでいる俊和に、俺はそう提案して。俺は借りている部屋へと移動する。






☆★






 借りている部屋には入り、布団を敷いてずっと考えている。


 俊和をここから連れて行ったあとのことを。


 俺は恐らく徴兵される可能性が高い。


 となると俊和は一人で生きて行くことになるだろう。


 …………ヤバいなぁ。考えただけで憂鬱になりそうだ。


 出会って数日、別にそこまで気にする必要ないじゃん。と思うかもしれないけれど。


 恩人の少年に「はい、サヨナラ」と言えるか? 自分が言われる側だったらどうだ? もの凄く辛くないか?


 それに俊和って、弟っぽいんだよな。


 音この時は弟や妹が居なかったから、俺が年下に弱いのもあるのかもしれないけど。


 放置はなぁ。


 それからあれやこれやと、考えていると人の気配がした。




「……俊和?」




 俺が呟くと微かに足跡が近づいてきて、襖を軽く叩く音がした。




「俊和?」


「ね、姉ちゃん。あの、さ」


「どうしたの?」


「その、い、一緒に寝ても良いかな?」




 襖の向こうから、今にも泣きそうな俊和の声が聞こえてきて、俺は困惑した。


 え、何があったの?


 俺は数瞬、考えたけど直ぐに「いいよ。入れ」と言うと襖がスッと相手、月明かりがあるけれど薄暗い部屋に枕を抱えた俊和が入ってきた。




「何があった?」




 俺が問いかけると、俊和は吐き出すように俺に教えてくれた。


 怖い夢を見たらしい。エイリアンに襲撃されて、大勢の人が死んだ時のこと、大好きな祖母が死んだ時のことを。




「確かにそれは悪夢だな」




 そういうことなら仕方がない。と、俺は呟き。布団を撒くって、俊和に声をかける。




「今日は姉が居る。安心しろ」


「う、うん」




 遠慮がちに俺の布団に入ってくる和俊。俺はそんな俊和を抱き枕にする。和俊も余程夢が怖かったのか、しっかりと俺に抱きついて眠りについた。和俊の顔が俺の胸の谷間にハマったが、下心を感じないので頭を優しく撫でながら、目を閉じ眠りについた。




 そして、俺のこの軽率な行動がややこしい事態を引き起こした。


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