王都の依頼1

 本日も快晴、ポカポカ陽気にすっかり服装も春仕様だ。


 半袖シャツに革のズボン。それと履き慣れたブーツ。

 一応寒さ対策でジャケットも持ってきている。


 一方のフィネたんはまだ肌寒さを感じるらしく、長袖のワンピースにブーツ、それから上にはポンチョを羽織っている。


 青々と茂る草原のど真ん中を通る道を、俺達は荷物を背負って歩いていた。


「ねぇ、どうして王都まで歩きなのよ」

「その方がいいだろ。景色も楽しめて最高じゃないか」

「最初はね! 途中から飽きてくるわよ! あんた、ティアズを出て何日経ったと思ってんの! 五日よ! 五日!!」

「分かった、分かったから怒るなよ」


 イライラが募る相棒をなだめる。


 さすがに王都まで歩きはストレスだったか。

 帰りはせめて乗り合いの馬車にでも乗るとしよう。


 ――俺達はとある依頼を受けて王都へと向かっている。


 依頼者はどうやら貴族らしい。

 なんでも暗殺を悟られたくないので、わざわざ田舎の暗殺ギルドへ頼んだのだとか。

 標的のことを考えるとその方法が妥当なのは明白だ。


 依頼者は伯爵夫人、標的はその子供である長男である。


 なぜ王都の暗殺ギルドへ依頼しなかったのか、それは夫の耳に入れたくなかったからだろう。

 どこの国でも子殺しは禁忌とされている。

 どんなに愚かで手に余る子供だろうと、育てる義務と責任があるのだ。


 表向きは。


 しかし、この国では割と頻繁に行われている。

 強盗のふりをした暗殺者が始末するなんてことはよくある話だ。

 もちろん理由は様々、親殺しなんてのもたまに聞く。


 そして、その場合できるだけ遠くの暗殺者に頼むのが筋だ。


 貴族ともなれば暗殺業界と懇意にしている者も多い。自然とどこにどのような依頼を出したなども耳に入るだろう。

 そうなると貴族同士のネットワーク間で悪い噂が流れてしまう。

 いくらよくあると言っても建前としてはないものとされている行為だ。

 外聞は良くないし人によっては大きく評価も下がってしまうだろう。


 兎にも角にも依頼者の伯爵夫人は、夫に知られずに息子を始末したいらしい。


「個人的には子供を始末するのには反対だわ。でも、その息子ってすごく我が儘でやりたい放題してるのよね。家を食い潰す勢いで」

「一族の先を思っての行動なんだろうな。幸い優秀な三男がいるらしいし、跡取りはそっちにするんだろ」

「ちょっと待って、次男はどこ行ったのよ」

「幼い頃に落馬事故で死んだらしい。実は長男の仕業だって話もあるそうだ」


 話を聞けばかなり酷い跡取り息子だ。

 当主である伯爵自身はどう考えているのかは分からないが、母親である夫人の方が耐えられなくなったようだ。


 俺は足を止める。

 後ろにいたフィネたんが背中で顔を打った。


「鼻を打ったじゃない。なんで急に止まるのよ」

「ノビルがあったから取ろうかと思って」


 しゃがみ込んでネギのような植物を引っこ抜く。

 根元には小さなタマネギのような鱗茎が付いていた。


 ノビル――道ばたや畑や土手などに生えている野草だ。ネギやニラやニンニクの仲間で春が旬とされている。


 よく見ればそこら中にノビルがあるじゃないか。


 スコップを取り出し根の辺りを掘り返す。

 ノビルは強引に引き抜くとちぎれてしまう。なので採取は掘るようにして下から鱗茎ごととる。


「これ好きなんだよなぁ、美味しいし。昼食はこれにしよう」

「うぇ、本当に美味しいの?」


 フィネたんは疑っている様子。

 彼女も食べてみればよく分かるだろう。

 ノビルがどれほど美味な野草なのか。


「やっ!」


 不意にフィネたんが針を放つ。

 遠くで鳥の鳴き声らしき音が聞こえた。


「みてみて! 七面鳥がいたわ!」

「どこからか逃げ出してきたんだろう」


 想定外だが、食材が増えるのは大歓迎だ。

 せっかくだしローストチキンでも食べるか。


 小川の近くで折りたたみのテーブル出し、焚き火台とダッチオーブンを出す。


 まず下処理を終えた鳥を紙に包んで水分をとる。

 一晩くらいおけばオッケーだ。

 今回はフィネたんの魔術で強引に水分を抜くので待つ必要はない。


 それから丸鳥におろしたニンニクをまんべんなく塗り、塩、コショウを振りかける。


 あらかじめ温めておいたダッチオーブンに鳥と野菜を入れる。

 できればセロリとニンジンがいいが、今回は手元にないので適当なものを入れることにした。

 ちなみにダッチオーブンは上と下で火力を調整しなければならない。

 下火を強めにすると焦げ付くので弱めが基本だ。


 その間にフィネたんがノビルを天ぷらにする。

 からっと揚がったところで皿に盛り付けた。


「あむっ、さくさくでおいひい!」


 ノビルの天ぷらを食べたフィネたんが顔をほころばせる。

 俺も塩を付けていただけば、予想通り熱々で美味い。


 さらにできあがったローストチキンを切り分け食べる。


 切り口からあふれ出る肉汁と一緒に口に含めばジューシーだ。

 俺も彼女も満足な昼食である。


「王都に着いてからの予定は立ててるの?」

「簡単にはな。標的の居所はもう分かってるからわざわざ苦労して探す必要もない」

「そうじゃなくて、もし手強い護衛がいたらどうするかって聞きたいの」

「そっちも問題ない。普段なら腕利きの騎士が守っているらしいが、夫人の手回しでしばらく休暇を取っているそうだ。今ならやる気のない代理の騎士が身辺警護についているはず」


 つまり狙い放題なのだ。

 事故に見せかけてもいいし強盗を装って始末してもいい。

 かなり楽な仕事だろう。


「でももし、何かの理由で同業者が邪魔をしたら面倒なことになるわよ」

「ないとは言い切れないな。だが、引き受けた以上はやるしかない」


 その長男がどこまで頭が回るかが不安要素だな。

 危機を察知して、あらかじめ同業者に護衛を依頼していたら厄介だ。

 田舎のギルドならともかく、王都のギルドは凄腕揃いと聞く、さすがの俺でも退かせるのには相応の時間がかかるだろう。


 ぱくり、肉をもぐもぐしながら目的地のことを考えた。



 △△△



 地平線に無数の建造物が見えた。

 あれこそがこのビステントの首都デオールだ。


 が、面倒なので王都と呼ぶことにする。


 名前なんて覚えたところでどうせ忘れるんだ。

 必要なのはどこで標的を始末するかだけ。


 街に近づくほどに行商と冒険者の姿を見かけるようになる。


 中には同業者らしき雰囲気の者もいた。

 向こうもこちらに気が付いたらしく視線だけ交わす。


 巨大な門を超え、王都の中へと入った。


 フィネたんは見上げて建造物群を眺めている。


「わぁぁ、これが王都なのね。花の都」

「来るのは初めてなのか」

「うん。ずっと田舎から田舎を点々としてきたから今回が初体験なの」


 彼女は俺の腕を引っ張ってあれこれ店を覗く。

 それから俺達は適当なカフェに入り、大勢の人が座るテラス席でコーヒーを啜った。


「例の長男ってのはどこにいるの」

「あそこだ」


 振り返って指さす。

 それを見た相棒は顔をしかめた。


「高そうな店ね……酒場? 娼館かしら?」

「その中間、着飾った女性に酒を注がせる貴族向けの酒場だ」

「金持ちが喜びそうな店ね」


 そりゃあそうだ。なんせ貴族が経営している店なのだからな。

 一応、健全な店ではある。一応。


「色狂いの長男ってことね」

「毎日入り浸っているそうだぞ」

「依頼者に同情するわ」


 彼女は呆れた顔をする。

 俺は店の周囲を観察して同業者らしき者がいないか確認した。


 やはり表にはいないか。


 護衛に付くなら手の届く近くまで接近するだろう。

 標的を見るまでは確信は得られないな。


「タイミングは?」

「夜だ。変装をして中に入る」

「一応聞くけど……どっち」

「…………」


 聞くまでもないだろうと相棒をじっと見る。

 彼女は引きつった笑顔で硬直した。



 △△△



 街に明かりが灯る頃。

 ドレスを身につけたフィネたんが建物の裏口で不満顔になっていた。


 ピンクのフリルをあしらった胸の空いたドレス。

 耳にはさりげなくピアスを付け、足には履き慣れないヒールを付けていた。


「なんで私が!」

「だってお前、完全に気配を殺せないだろ」

「うっ」


 腕の良い彼女だが、隠密技術はまだまだ。

 俺のように目の前に人がいても見つからない技術は未習得だ。

 かといって俺だけ入ると、逆に目立ってしまう。


 ひとりでにドアが開けば誰だって違和感を抱くだろ。


 その点、フィネたんが店の店員として潜入すれば、周囲の目は彼女に集中し俺は自由に行動することができる。

 はっきり言うと彼女は囮だ。


「一つ聞くけど、見知らぬ私が入ってきてバレないの?」

「心配するな。今回だけという約束で、すでに店には話がついている。お前はさりげなく標的に近づきさえすればいい」

「それって私が何かする必要はないのよね」

「ない」


 今回はあくまでも標的の確認だ。

 周囲に同業者がいないか知っておかなくてはならない。


 同時に店で事故に見せかけて始末する方法も探らなくては。


 とにかく標的が店内でどのような行動をとるのか知る必要があるのだ。

 もちろんタイミングが良ければそのまま始末するつもりだ。


 裏口を叩く。


 ドアを開けたのは厳つい風貌の男だった。


 俺はすかさず腰を低くして話を切り出した。


「夕方にお話をさせていただいたロックと言う者です。今夜はどうかこちらでこの娘を勉強をさせていただきたく存じます」

「おう、話は聞いている。それでその娘が――マジかよ」


 男はフィネたんを見るなりぼーっとする。

 彼女の美貌に目を奪われていた。


 ごくりと生唾を飲む音が聞こえる。


「こりゃあ逸材だな。とにかく今夜はウチの店で色々学ばせてやるよ」

「ありがとうございます! それではどうぞ!」

「うぇ!?」


 相棒の背中を押して中へと送る。

 男がドアを閉める瞬間を狙って俺も中へと入った。


「ふへへ、まさかこんな可愛らしい娘が来るとはな。今夜はしっかり指導してやるよ」

「ソ、ソウデスカ。ウレシイナァ」


 おい、フィネたん。言葉が片言だぞ。

 もっといつものように堂々としろ。


 耳元で囁けば顔をしかめた彼女が振り返る。


(五月蠅い。あんたは仕事に集中しなさいよ)


 彼女は男に連れられてホールへと案内される。


 そこは赤い絨毯の敷かれた広い部屋だった。

 いくつもソファが置かれ、貴族らしき男性が女性を侍らせて酒を飲んでいる。

 部屋の中には無駄に贅がこらされ、豪華な花瓶や石像が飾られていた。


「お客様、本日は飛び入りで絶世の美少女が入店いたしました。どうか遠慮なくお声をかけてやってください」


 男の言葉に客達が色めきだつ。

 視線に晒されたフィネたんは、先ほどとは打って変わり軽やかな動きで挨拶をした。


 さて、標的はどこか。


 事前に特徴を聞いているので見つけるのは簡単だ。

 すぐに部屋の中央の席にいるのを発見する。


 長い金髪に整った容姿と貴族服。

 左の目元にはほくろがあり、右手の親指の付け根には剣の稽古で付けた古傷があった。


 あれが標的のマークスだ。


 護衛は背後にいる二人の騎士。

 だが、一方は注意散漫、もう一方は静かすぎるほど気配に動きがない。


 間違いない。片方は同業者だ。


 フィネたんはマークスのすぐ近くの席に案内され座る。

 相手はまだ若い体格の良い男だった。

 服装と腰に剣があることから武官だと推測する。


「なんとも可愛らしいお嬢さんだ。風に揺れる一輪の花のように儚く繊細、何故にこのような場所にいるのか不思議で仕方がない」

「お金がなくて……でも私、稼ぎ方を知らないんです」

「だからここで働き始めたと?」


 武官らしき男性客は興味津々でフィネたんの話を聞いている。

 彼の両サイドには、店の女性がいるにもかかわらず完全に放置状態だ。


 なんとか時間を稼いでくれよ。


 俺は気配を殺したまま標的へ近づいた。


「僕を誰だと思っている。あのクラッサル家の長男だぞ」

「ですが本日はすでに予約が入っておりまして」

「じゃあその客には僕の名を出してキャンセルしてもらえよ」

「それは困ります。この店ではお客様は平等だとルールが……」

「いいから言うことを聞け!」


 マークスは女性を押し飛ばし馬乗りになる。

 その様子に店内がざわついた。


「マークス殿、少し頭を冷やされてはどうか」

「ちっ、グエイン将軍か」


 武官らしき男性が席を立ち、彼の愚行をたしなめる。

 ぴりついた店内は平静を取り戻しマークスは勢いよく席に戻った。


「用を足しに行くぞ」

「「はっ」」


 気分を害しただろうマークスが騎士を連れて席を立った。


 これはチャンスだ。


 急いでフィネたんの耳元で囁く。


(奴を追ってトイレに行く。ボロを出すなよ)

(早めにお願い。この人ぐいぐい来て困ってるのよ)


 俺は足早にトイレへと向かった。


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