偽物再び

 エドワード殺害から三日が経過した。


「フィネたん」

「…………」

「おい、フィネア!」

「え?」

「焦げてるぞ」

「うわぁあああああっ!」


 台所で調理を行っていたフィネたんが大騒ぎする。


 またぼーっとしていたのか。

 この調子が続くのだとしたら心配だな。


「えへへ、ちょっと焦げちゃったけど美味しいよ?」

「ちょっとじゃないだろ。トーストが丸焦げだぞ」


 とりあえず食べる。

 ジャムを塗ればなんとか食べられそうだ。


「はぁぁ」


 彼女はトーストをかじりながら心ここにあらずの状態だ。

 完全に気が抜けている。


 だが、仕方のないことなのかも知れない。


 ようやくフィネたんの復讐は終わりを告げたのだ。

 今まで彼女を支えていた怒りが消えたことで、柱を失ったモノポールテントのようにしぼんでいる。

 なんだか一気に老け込んだ気さえする。


 トーストを置いてコーヒーを飲み始めた彼女は頬杖を突いた。


「私、暗殺者辞めていいのかな……」

「いいんじゃないか。これで菓子店で働く夢も叶えられるだろ」

「そうなんだけど、なんだか気が抜けちゃって」

「だろうな。いつも以上に間抜けな顔だ」


 素早く鶴の構えをとった。

 いつものフィネたんなら激しいツッコみが入るはず。


「はぁぁぁぁ」


 溜め息を吐くだけでツッコみはない。


 ふむ、調子が狂うな。

 思っていた以上にエドワードへの復讐心は彼女を支えていたらしい。

 数日後には老衰して死んでしまいそうな覇気のなさだ。


「とりあえず急いで依頼を受ける必要もなくなったんだ。自由な時間を使ってこれからやりたいことを探せばいいんじゃないか」

「やりたいことね……なんだろ」

「俺が知るか。それを見つけるんだろ」


 ダメだなこれは。

 しばらく放置しておくか。


 コンコン。裏口のドアが叩かれる。


 裏から、と言う事は使いか。


 ドアを開けると黒装束に白いマスクを付けた者が一人いた。


「お坊ちゃま、お呼びだと聞きはせ参じました」

「ありがとう。これが家への報告書だ。エドワードを始末した経緯が記載されている」

「はっ、確かに受け取りました。それでは」


 使いは静かに後方へと下がり一瞬で姿を消す。


 奴は我が家で使える上位の使用人だ。

 主に正式な書簡などの受け渡しに使用される。


 これでようやく俺も一段落だ。


 一人目を殺すのに一年かかるとはなんとも骨が折れる。

 できれば早いペースで二人目、三人目と始末していきたいところだ。


 それとなくリビングの方を覗く。


 ぼんやりとするフィネたんは、変らない姿勢のままコーヒーだけをテーブルにじゃばじゃばこぼしていた。


 ……本当に大丈夫だろうか。



 △△△



 リュックを背負った俺は家を出てマイスの店へと向かう。

 ドアを開けると大勢の客がいて動揺した。


「いらっしゃ――なんだイズルか」

「どうしたんだこの客の数」

「それが俺にもよく分からん。聞いた話では、この街の冒険者の間でウチの話が広まっているらしいんだ。宣伝らしい宣伝なんてしてなかったんだがな」


 その話でピンときた。

 恐らく噂の元は『炎ノ翼』のルカ達だろう。


 つまりこの盛況ぶりは俺の手柄だ。


「この前冒険者にアウトドア用品を宣伝しまくったからな。その影響じゃないのか」

「なるほどねぇ、そりゃあありがたい。お礼に今日だけは特別に、なんでも二割引にしてやるよ」

「三割引」

「二割だ。ウチにそんな余裕はねぇ」


 くっ、マイスの奴どんどんケチになってないか。

 アウトドアとはロマンであって金ではないんだぞ。


 だがしかし、今日は喜んで二割で購入しよう。


 さっそく店内を物色する。

 だいたいの物は購入しているしこれといって欲しいものはないんだよなぁ。


 ふと、シンプルで無骨なハチェットが目に入る。


 ちなみにハチェットとは小型の斧のことだ。

 アックスとは違い柄が短く薪を割るなどに向いた道具である。


 他にも手になじむハンマーを見つけて確保。


「あとは……グローブとか欲しいな」


 レザーグローブを確保してとりあえず商品選びを終える。

 カウンターに商品を出したところで、近くの床に置いてある物へ目が行った。


 クーラーボックスだ。


 これからのシーズンに重宝すること間違いなし、保温性抜群の新鮮食材の強い味方。

 オートキャンプの時から欲しいと思ってたんだよ。

 と言うわけでカウンターにクーラーボックスも出す。


「しめて十万だ」

「高いな」

「嫌なら買わなくていいぜ。ウチは媚びるような商売してないんでな」

「客が増えていきなり態度がデカくなったな」


 金を支払い道具を購入した。

 店内を見渡してみるとすっかり商品棚はすかすか状態。

 今までが嘘のように飛ぶように売れている。


 だが、こんな日が来ることはすでに分かっていた。


 なんせ俺がいた十年後の時代はアウトドアが定着していて、大勢の人がキャンプを楽しんでいた。

 ま、アザートマンが出現するまでの話だが。

 大地は荒廃して自然を楽しむどころじゃなくなってたし。


 この時代に飛んできた俺は、再びアウトドアができるってそりゃあもう喜んだ。


「ところでイズル、フィネの嬢ちゃんはどうした」

「それが、復讐が終わってすっかり気が抜けてんだよ」

「ようやく終わったのか。だったらしばらくはそっとしておいてやるんだな。嬢ちゃんは無理矢理膨らませてた風船みたいなもんだったからな、そりゃあ中身が消えりゃあしぼむだろうさ」

「風船か。俺はモノポールテントだと思ったんだが」

「なに言ってんだお前」


 俺はカウンターの近くの椅子に座り、マイスがコーヒーを出してくれる。

 金属製のマグカップを見た他の客が同じ物を購入していた。


「で、嬢ちゃんは仕事辞めるのか」

「どうなんだろうな、まだはっきりとは言わないんだよ。菓子店で働きたいとか言ってたから、すぐにでも足を洗うと思ってたんだけどな」

「イズルに気を遣っているんじゃないのか」

「まさか、俺のことはあいつもよく分かってるだろうし、別に足を洗ったからって家を追い出すつもりもないんだがな」


 コーヒーを飲み干しカップを置く。

 店を出ようとするとマイスが声をかけた。


「とにかくほっとけ。嬢ちゃんなりに色々考えてるはずだ」

「分かった」


 軽く挨拶をして店を立ち去った。



 △△△



 街の外でのんびりした後、俺は市場へと向かう。

 その途中、甘い臭いの漂う菓子店の前で、見覚えのある顔を見つけた。


「…………」


 フィネたんが店の前でぼーっと眺めていた。

 入るでもなく立ち去るでもない、ただただ菓子店をじっと見つめている。


 こう見るとお金がなくてお店に入れない女の子みたいだな。


 ぽんっ、彼女の肩を叩いた。


「あ、イズル」

「入って買わないのか」

「うん。今日は買いに来たわけじゃないから」

「じゃあ雇ってもらいに来たのか」

「わからない」


 ふるふると首を横に振る。


 これは重症だな。もはやポンコツフィネたんだ。

 叩いて直るなら叩くが、そうはならないだろう。


 そこでとある思いつきを口に出した。


「思うんだが、雇われって自分の好きな菓子をなかなか作らせてもらえないだろ。それよりも自分の店を持って自分の菓子を売った方が面白いんじゃないか」

「え……自分の店?」


 反応あり、話に食いついてきたな。


「前にフィネたんは言ったよな。能力があるのにそれを活用しないのはどうなんだって、だったら今の仕事で稼げるだけ稼いで金を貯めて、それから自分だけの最高の店を出せばいいんじゃないか」

「それって暗殺者を続けろってこと?」

「嫌なら別にいい。でもさ、エドワードみたいな奴に苦しむ人は、まだ大勢いると思うんだよ。そいつらも片付けてからでも遅くはない気がしてさ」

「そうね、悪人はまだまだいるわよね」


 彼女の目に急速に力が戻ってくる。


 マイスには放っておけと言われたが、やっぱり覇気のない相棒を見るのは気分のいいものじゃない。それにこいつが暗いと俺のキャンプも暗くなってしまう。最高のアウトドアを送るにはまず、最高に楽しめる雰囲気作りから始めないとな。


「イズルの提案にしては悪くないわね。自分の店って響きが良いわ」

「その店にはアウトドア用品も置いてさ」

「置かないから。なんで菓子店にそんなもの売ってるのよ」

「ああ、そっか、マイスの店と競合するよな」

「そこじゃないから! このキャンプ馬鹿!」


 目をひんむいてフィネたんが怒る。

 彼女は俺の腕を掴むと抱きしめるように抱えた。


「家に帰るわよ」

「いや、市場に行こうかと思っててさ」

「今日の夕食はなんなの?」

「たまにはシチューもいいかなとか」


 フィネたんは「賛成」と満面の笑みを浮かべた。

 いつもの調子を取り戻してくれたようだ。


 二人で薄暗い路地に入ったところで一人の男に行く手を遮られる。


「見つけたぞあの時の男」


 そいつは金の短髪に口元には布を巻き、黒い革の防具を身につけ両手にはかぎ爪を付けていた。

 どこかで見た気がする。

 うーん、どこだったかなぁ。思い出せない。


「貴様に殴り飛ばされた俺はあの後、大木に引っかかるわ、アバラは折れているわ、複数の鳥の魔物につつかれるわで大変だったんだぞ。今こそあの時の恨み晴らしてくれる」

「誰なの?」

「さぁ」

「忘れたのか! ザザ家の次男レイブンだ!」


 あー! あの時の奴か!

 やっと思い出したよ!


 黄金タケノコを見つけたところで現れたから、天高くぶっ飛ばして排除したんだよ。

 そっかそっか、ちゃんと生きてたんだな。そりゃあめでたい。


 レイブンはかぎ爪を光らせ構える。


「俺に目を付けられたこと、あの世で後悔するのだな」

「どうしてもやるつもりか」

「当然。さぁ、泣き叫び逃げ惑え」


 フィネたんを下がらせ構える。

 さすがに町中での殺しは避けたいところ。


 血の臭いを嗅ぎつけ、他の暗殺者が集まってしまう。


「しゃぁぁっ!」


 四本の鋭い線が目の前を通り抜ける。

 俺は上体を反らし最小限の動きで躱していた。


 レイブンは壁から壁へと跳躍して上から俺を狙う。


 腕は悪くないみたいだな。

 この街のギルドなら二十位以内には入れそうだ。

 スキル次第では一桁と同クラスとみるべき。


「どうした! 手も足も出ないようだな!」

「へぇ、今時そんな台詞言う奴がいるんだな」

「馬鹿にするな!」


 振られた爪と爪の隙間に指を差し込み挟む。

 それだけで奴の腕はびたりと止まった。


「なんだと……俺の爪を素手で止めただと……!?」

「もう少し修行した方がいいんじゃないか。この程度でザザの名を騙るのはやめておいた方がいい。じゃぁな」


 腹部に拳をめり込ませレイブンを天高く打ち上げる。

 奴は空の彼方へと消えていった。


 前回は生きてたんだ、今回も死にはしないだろう。


「気持ちが良いほど高く飛んだわね」

「運が良ければ街の外の木に引っかかるだろう」

「でも始末しなくて良かったの?」

「別にいいだろ。正体がばれたわけじゃないし」


 それにあの程度の相手をいちいち殺す方が面倒だ。

 殺さなくていいならそれに越したことはない。


 俺達はのんびり市場へと向かった。


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