最近できた妹への誕生日プレゼント

無月兄

第1話

「小学生の女の子って、誕生日に何をもらったら嬉しいと思う?」


 その日、俺──涼介は、自らの通う中学のに登校して早々、同級生の青葉にそう訪ねた。


 いきなりこんなことを聞かれて、普通ならキョトンとするところかもしれないが。そこは十年来の付き合いのある幼馴染み。すぐに、俺の質問の意図を理解してくれたようだ。


「それって咲ちゃんのこと? へえ、もうすぐ誕生日なんだ。お兄ちゃんとしては、気の効いたプレゼントの一つでも渡したいってわけだ」

「茶化すなよ。けどまあ、そういうわけだ」


 小六の妹、咲の誕生日に、何をプレゼントすればいいかわからない。これが、目下俺の頭を大いに悩ませていた。


「で、誕生日はいつなの?」

「…………明日」

「明日!? ずいぶん急な話ね。今日中に用意しなきゃ間に合わないじゃない」


 もっと前から準備しておけ。そう言うかのようなジトッとした目で見てくる青葉だけど、俺にだって言い分はある。


「仕方ないだろ。それを知ったの、昨日なんだから。兄妹になってまだ二ヶ月。まだまだ知らないことだらけだよ」


 俺の妹、咲ちゃんは、正解に言うと親の再婚で妹になった子だった。


 そして昨日まで、咲ちゃんも母さんも、咲ちゃんのお父さんも、てっきり誰かが教えたものだろうと思って、俺だけ誕生日を知らなかったんだ。


「前から知ってたら、何がいいか、もっとじっくり考えてたよ」


 とはいえ、時間があってもいいアイディアが出ていたとは限らない。兄になって日が浅い俺にとって、咲ちゃんが何をもらえば喜ぶか、まるで見当もつかなかった。


 だからこそ、せめて同じ女の意見を聞こうと青葉に相談してみたのだが、彼女は俺を見てクスクスと笑っていた。


「なんだよ?」

「涼介も、しっかりお兄ちゃんやろうとしてるんだなって思って。だって少し前まで、まともに話もできてないって言ってたじゃない」

「……まあな」


 青葉の言う通り、以前は俺と咲ちゃんとの間には、ほとんど会話がなかった。

 いきなりできた妹ってのは、親の再婚以上に受け止めるのが大変で、なんて話せばいいかも、よくわからなかったから。


 だけど今は、そんな微妙な距離感も、少し変わってきている気がする。そして、そのきっかけを作ったのが、他でもない咲ちゃんだった。


「少し前に、咲ちゃんから言われたんだよ。もっと話をしたいって。もっと、俺のこと知りたいって」


 多分咲ちゃんも、俺と同じように色々悩んでいたんだろう。いや、俺より小さい彼女にとっては、より不安も大きかったかもしれない。そんな子が、わざわざ話をしようと言ってくるなんて、きっとすごく勇気がいっただろう。

 そんなことをさせてしまった自分が情けなくて、だけど同時に、少しだけ嬉しいと思った。


「それから、本当に少しずつ話すようになって、前よりちょっとだけ仲良くなれた気がするんだ。で、そのタイミングでの誕生日だろ。やっぱり、ちゃんと喜んでくれるものを渡したいんだ。頼む、協力してくれ」


 もう一度頼み込むように言うと、青葉は笑って頷いた。


「仕方ない。涼介が立派なお兄ちゃんになれるよう、私も一肌脱ぎますか」

「本当か。ありがとう」

「でも、もう時間もあまりないからね。放課後、直接お店に行って考えよっか」

「そうだな。けど、どこに行く?」


 すると青葉は、既に行き先まで考えていたようで、即座にこう答えた。


「近くにショッピングモールがあるでしょ。そこにある、ファンシーショップ」






 ファンシーショップ。いかにも女の子が好きそうな、可愛い装飾やキャラクターが印刷された商品を扱う店だ。

 ここそういう店があるのは、俺も知っていた。けど、中に入ったことはない。なぜなら……


「ちょっと涼介、何してるの。早く入ってきなよ」

「いや……けど男としては、こういうところに入るのには勇気がいるんだよ」


 こういういかにも可愛さ全開な雰囲気には、なんとなく居心地の悪さを感じる。というか、入るのが恥ずかしいんだ。


「そんなの誰も気にしないから。咲ちゃんへのプレゼント、ちゃんと探す気あるの?」

「うっ……そうだな、悪い」


 青葉に促され、ようやく中へと入る。とはいえこの中からどれがいいかを探し出すのは、そう簡単にはいかなさそうだ。

 だが、ここで頼りになるのが青葉だ。


「あんまり高いものにしたら引かれるかもしれないから、手頃な値段のやつにしようか。とりあえず、候補になりそうなものいくつか選んで持ってくるね」

「ああ、頼む」


 改めて、青葉に相談して本当によかった。そもそもどこに何があるのかもよくわからない俺とは違って、若葉は店内を歩き回りながら、次々と商品を買い物カゴに入れていく。

 色ペン。プロフ帳。中にはネイルセットなんてのもある。


「いや、咲ちゃんはまだ小学生だぞ。ネイルセットなんて送ってどうするんだよ」

「女の子なら、小学生からこういうのに興味を持っててもおかしくないよ」

「そ、そうなのか?」


 正直同級生のメイクですら、なんでそんなことをするんだろうと思っている俺にとって、それは軽い衝撃だった。


「しっかりしてよね。私も協力はするけど、最後に選ぶのは涼介なんだから」


 選ぶのは俺。それは、ここに来る前から青葉に言われていたことだった。

 それに俺だって、全部青葉に決めてもらって、自分は金だけ出すってのは、何か違う気がする。


 そう思っているうちに、青葉はさらにいくつかの商品をカゴに入れる。これらが、彼女の見立てたプレゼント候補達。そしてその中から、俺が最終的にひとつに絞るんだ。


 とはいえ、それらの候補を眺めていると、そこから一つ選ぶだけでも、かなりの難問のように思えた。


「これだけあると、幅が広すぎて、どれを選んでいいのかさっぱりわからない」

「もう。この期に及んでまだそんなことを言うか」


 だって、彼女の持ってきた品は全部で10近くあるし、例えばペンとストラップのどっちがいいかなんてのは、完全に好みの問題だ。絶対の正解なんてものはないのだろうし、だからこそ何を基準に判断すればいいのかわからない。


「そんなの、チョッカンで決めればいいじゃない」

「そんな適当な……」


 直感。そんないい加減なもので決めるのは、あまりにも無責任だ。だけどそこで、青葉は更に言ってきた。


「違うってば。直感じゃなくて直観。字だけじゃなく、意味も違うから」

「なんだよ、それ?」

「直感は、涼介の言う通り根拠のないものだけど直観はそうじゃない。知識や経験から、自然と答えが出てくるもののことを言うのよ。この中で、咲ちゃんが一番喜びそうだと思うのを選べば、それが直観よ」

「って言ってもなあ……」


 直観の意味は理解した。だけどそれにしたって、それで決めるってのは俺にとってなかなか難しそうなことではある。


「知識や経験って、俺は咲ちゃんのこと、ほとんど何も知らないんだぞ。喜ぶものなんてわかったら、最初からそれを買ってるよ」


 それが無理だから、こうして青葉に相談したんだ。


「本当に? 本当に、何も思いつかない?」

「えっ……?」

「涼介だって言ってたじゃない。前より少しだけ、仲良くなれた気がするって。それって、少しは咲ちゃんのこと、わかったってことじゃないの?」

「いや、だからって……」


 それとこれとは違う。そう言おうとして、だけど気がつけばその言葉を飲み込んでいた。


「涼介が、咲ちゃんを家族として受け入れようと頑張ってたの、私、知ってるからさ。そんな涼介が選ぶんだから、きっと大丈夫だよ」


 そう言って、青葉はポンと俺の背中を押す。

 気づかいと発破を同時にかけられたようで、少し気恥ずかしかしい。だけどそれは、俺をその気にさせるには十分だった。


「咲ちゃんの喜びそうなもの、か……」


 咲ちゃんに、話をしようと言われたのが、一ヶ月くらい前。それから今まで話してきたことといえば、得意な教科に、読んでる漫画に、仲の良い友達のこと。時には、学校であった嫌なこと。まだまだ足りないかもしれないけど、少し前より、確実に咲ちゃんのことを知っている。


 もちろんだからといって、この中でどれをあげたら喜ぶかなんて、そんな限定的なことは知らない。

 でもそれなら、想像すればいい。咲ちゃんにこれらを渡した時、どれなら一番喜ぶ姿がイメージできるかを考える。

 そして、選ぶ。






「付き合ってくれて。ありがとうな」

「どういたしまして」


 店を出たところで、もう一度青葉にお礼を言う。


「って言っても、俺の直観で選んだプレゼントじゃ、本当に喜んでくれるかわからないけどな」

「きっと喜んでくれるよ。それにもしダメだったら、来年もっといいものを渡せばいいじゃない。きっと来年には、今よりもっと咲ちゃんのことを知って、直観だって磨けていると思うよ」

「渡す前から来年の話かよ」


 思わず苦笑いするけど、きっと青葉の言う通りなのだろう。今より明日の方が、そして今年より来年の方が、ずっとずっと相手を理解する。俺と咲ちゃんは、そんな新米の兄妹だ。


「あっ、そうだ。それと、これは青葉に。今日、付き合ってくれてたお礼だ」

「えっ!?」


 青葉に向かって、さっき彼女が候補の中に入れていたストラップを差し出す。咲へのプレゼントと一緒に、コッソリこれも買っていたんだ。


 プレゼントを選びもちろんだけど、青葉のおかげで、咲ちゃんのこと、より真剣に考えることができた気がする。これは、そんな彼女に対する、ほんの気持ちだ。


「実はこれ、青葉もいいなって思ってただろ?」

「そ、そうだけど……どうしてわかったの?」


 驚く青葉。だけどどうしてって、そんなの決まってるじゃないか。


「直観だよ。こっちの直観は、少しは自信あるんだよ」


 何しろ青葉とは長い付き合いだ。何が好きかなんて、言われなくてもだいたいわかるんだよ。

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