第6話

 それから、四日後。

 予定通り、港で少年兵の社会復帰を行っているNGOに確保した子供達を引き渡し、俺の仕事は終わった。そしてそれは、この国での仕事の終了と重なったようで、契約期間は残っていたが、今回の依頼の完遂を持って任務終了となった。

 詳しい情報は入ってきていないが、なんでも、アジアで発生した感染症がヤバイらしいんで、その対策だとかなんだとか。


 晴れて満額の金を得て、早めに訪れた休暇のため、港に隣接している空港へと向かおうとすると……ソヘルと一緒に居た日本人と港湾事務所で鉢合わせた。

 まあ、狭い国で交通手段が限られるんだからそんなこともあるあろう。

「あの」

 無視するつもりですれ違おうとしたら、おずおずとだが声を掛けられてしまった。

「ん?」

「すみません、良い人だったんですね」

 どうにも、単純に白黒で色分けされているようで苦笑いが浮かんでしまった。

 今回は上手くいったというだけで、悪いが、俺は、少年兵のために自分の命まで提供するつもりは無かった。必要だったら、銃を使っている。怪我程度で済ませられれば、まあ、上等の方だし……。命を奪う必要が出てくることも、今後はあるかもしれない。

 そして、その時は躊躇するつもりはなかった。

「あの子達が、この国の未来をになっていくんですよね」

 キラキラした目で告げられた、実感の……いや、根拠の無い楽観的な台詞に、それは、どうかな、と、即座に思った。

 どうにもこの男は、現場を知らな過ぎるらしい。

 面倒だし、更に言えばは俺の仕事でもないんだが、ソヘルには世話になったし、ここにきて日本人の変死体が出て国際関係に不要なノイズが混じるのも面白くは無い。

 軽くでも釘を刺しておいた方が、リスクの低減に繋がるだろう。

「あのな」

「はい?」

「あの子達が再び銃を握らないって誰が決めた?」

「え?」

「世界中の富は偏在している。チョコレートやコーヒーの原料がどんな場所で作られているか、先進国のどれだけの人間が知ってるよ。逆に、ここのガキがこの国の特産品であるカカオから、どんな菓子が作れているのか、知ってると思うか?」

 それは、と、答え淀んだ男に、俺は更に畳み掛けた。

 多分、というか、きっと、あの村でもバレンタインを祝ったんだろう。それがダメだとまでは言わないが、搾取したものの一部を返して悦に浸るってのも悪趣味じゃないか?

「搾取されるだけで、一生クソみたいな仕事ではした金を得るしかないって分かれば、反発するのも無理も無いだろ? 未来への展望も希望も無いんだったら、死ぬリスクがいくら大きくても、武器を取った方がましだと思うのも分からない話じゃないぜ? まあ、その結果としての紛争だって武器屋の儲けと、特権階級の復興特需に変えられるって話もあるがな」

「……じゃあ、貴方はなぜ少年兵のDDR武装解除・動員解除・社会復帰に関わる仕事を?」

 食って掛かるように訊ねられ、俺は口の端に皮肉を乗せて答えた。

「たまたま、だ。確かに、考えれば考えるほど、なにをしたら良いか分からなくなる。が、なにも考えずに自分は良いことしているって感覚だけで動くのも違うだろ?」


 貧乏ではあったが、運動がそこそこ出来た。特技を活かして大学まで行ったが、結局は故障に負けて生き方を変えざるをえなくなった。……いや、プロスポーツ選手になっても、稼げる人間は、世間が思っている以上に少ないことには途中から気付いていたが――。

 自分自身の人生が……生き方が大きく折れた時、俺は始めてこれからの事を真剣に考えたような気がする。

 自衛官になるのも悪くは無かったが、縦横の関係の強い職が合うとも思えないでいた時、競技会で得た伝手でこの仕事を知った。

 今は……、そうだな、生まれた国と人種によるインチキがまかり通る世界を、少しでもましにしたいとは思っているかな。


 正義の味方のつもりでいたらしい目の前の男は、かなり複雑そうな顔をしていた。

 馬鹿なことだ。

 自分が正義なら、それ以外の反対意見は全部悪になってしまうだろうが。

 これみよがしに嘆息することで、俯いた男の視線を引き寄せ、軽く肩を竦めてみせる。

「アンタも自立した大人なら、他人に依存するな。自分で考えろ。予測出来た出来ないではなく、自分自身の行動で起こってしまった事、全ての責任を持て。そして――、可能なら、多少なりとも未来のためになる仕事をしろ」

 どこか途方にくれたような、置いていかれた……まるで子供のような視線が背中に刺さっていたが、俺は無視して空港へと向かった。



 二〇二十年現在――。

 二〇一五年で期限切れとなった国連のミレニアム開発目標を引き継ぎ、持続可能な開発目標が採択されている。

 その目標八の七に、少年兵の問題も盛り込まれている。

 ただ、それら目標には達成基準や期限が定められているものの、遂行を強制させるための罰則などは設けられておらず、実施の有無は各国に一任されている状態であり。二〇一七年七月の発表において、計画達成の困難さを認める宣言が出された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Red Hand Day 一条 灯夜 @touya-itijyou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ