第4話

 案内された彼らの塒は――、廃材を利用して作った箱、としかいえないような建物だった。雨風をある程度凌げれば良い、とか、そういう作り。森の中で移動生活を送っているから簡易的に作っているのか、根拠地は別にあり、ここはあくまで略奪や商談用の別宅だから簡素なつくりなのか。

 少年兵は、見える限りで八人。最年長の子供が、多分十四歳ぐらいで、一番幼いのは十歳ぐらいに見える。

 年齢のばらつきが少ないと感じた。

 もし年嵩の上の少年がリーダーとなり、独自に軍閥を組織していたとするなら、規模的に六~七歳程度の攫ってきた雑務兵が何人かいてもおかしくはない。積極的な勢力拡大は行っていない、と、判断しても大丈夫だろう。

 なら、前者の移動生活をしつつ略奪を行うタイプだな。多分、大きな軍閥の崩壊によって、哨所に取り残された少年兵の集団といったところだろう。


 掘っ立て小屋の前で足を止めると、俺を囲むように左右に二人ずつ散らばっていった。

 ある者は生真面目に銃を構え、一方で小屋の入り口で座って頬杖を衝きながら不真面目そうにこっちを見ている者、夜の見張り担当なのか眠そうに欠伸をしているのまでいた。

「英語は大丈夫か?」

「ああ」

 最年長の少年が答えた。

「アンタは、なにしにきたんだ? うりものは、いまは、ないぞ」

 今は、か。

 ってことは、取引の直後だからここに居たわけか。

 運が良いんだか、悪いんだか。

「商売で来たんじゃない」

「へいし、か?」

 少年の目つきが鋭くなる。

「いや、違う」

 しかし、いや、まあ、元々こちらを信用しているって感じではないので、それも当然かもしれないが、こちらが否定しても警戒は弱めず、早口で――おそらく現地語で罵倒してきた。

「落ち着け。俺は助けに来たんだ?」

 助けに? と、疑うというよりは蔑む目を向けてきた少年に、ゆっくりと言い聞かせる。

「ゲリラ狩りの空爆がはじまる。その前に、お前等を避難させるために来た」

「やまがりなら、これまでもあった」

「規模が違う。人の発する熱を感知して、誘導爆弾を落とすんだ。銃の届かない空の上から」

 俺の言うことを信じていない、というわけでは無さそうだが、素直に言う事を聞いてくれるって空気でも無さそうだな。


 多分、この連中は、実戦を経験していないんだと思う。いや、銃を使った略奪なんかも実戦ではあるんだろうが、俺が言っているのは、紛争時に軍隊との戦闘を経験していないという意味だ。

 比較的素直に投降してきた少年兵から聞いた話だが、戦闘が始まると、銃で撃つための敵は“見えなかった”そうだ。どこから撃ってきているのか分からない砲弾が、いつの間にか建物を崩していた。空爆なのか地対地ミサイルなのか分からない爆弾が、あちこちで炸裂した。

 煙と轟音、そして死体だけの世界だったらしい。

 空爆という単語に対し、彼等はなんの特徴的な反応も示していない。恐怖や危険に対する感覚は、まだ鋭く無さそうだ。


 相手は八人、か。

 多分、不幸中の幸いというべきか、拠点の位置は村からそう遠くは無い。これなら、拘束して抱えて運んでも構わない、か……。手間は手間だけどな。

 そもそも、川下りをするのだって、村人とコイツらを合わせないためでもあるんだし。


「どこへ、つれていく、きだ?」

 警戒する少年の表情から、概ねなにを考えているのかは分かった。戦場でのデマコギーは広がるのが早い。

 いや、まあ、デマって訳でもないんだがな。

 強制的に従軍させられた十八歳未満の少年兵といえども、犯罪者として裁かれるケースは多い。彼らに他に生きる術が無いとは言え、略奪にさらされた地元の村としては、子供だという理由だけで怨みは消えるものでもない。

 この少年兵達も、表沙汰になっているだけで十八件の事件を引き起こしている。

 物的被害が、家畜十数頭に、日本円で約五万円――とはいえ、この辺りの村の貨幣価値からすれば、四人家族が二年程度食っていける金額だが――相当の金品。

 そして、より問題になる人的被害としても……。軽傷者多数、障害が残る負傷が四件、それに、二人とはいえ人死にも出ている。

 本人達にとっては、生活の糧、そして、悪戯の延長のつもりなのかもしれない。だが、流石にこれだけヤンチャされては、この国の警察や軍隊としては、ただで済ますって訳にはいかないだろう。


 まあ、自分達が悪い事をしたと言う自覚が多少なりともあるのは、その後の教育を施す上では助かるが……。いや、だからこそ裁判や報復を恐れてより先鋭化するってのは、頂けないか。

「警察や裁判所じゃない。お前達は、銃を撃つことしか教わっていないんだろ?」

 無言で頷かれた。

 まあ、典型的な少年兵ってところか。ゲリラが、読み書きをきちんと指導してくれるわけもないだろうし。

「言葉や文字、計算を覚えてもらう。希望するなら、農業や漁業も。成績次第では、商業や医学も――」

「がっこう?」

「そうだ」

 学校という言葉が出てきたのは少し意外だった。英語が通じ難いところから察するに、初等教育を受ける前に連れてこられたか、ゲリラ内部で生まれ育った連中だと思っていたから。

 しかし、俺が同意すると少年兵達は殺気立った。

「なんだ?」

「われわれは、せんせいと、じょうきゅうせいがころされ! へいしにされた!」

 左右の少年兵が、銃の安全装置を外す微かな音がする。

 予想しなかったわけじゃないが、結局はこうなってしまったか。


 しかし……。

 成程な、若干通商語を話せるってのは、襲撃や略奪品を売るのに必要だから覚えたって訳じゃなく、単純に、初年度教育を少し受けていたからか。

 確かに、学校や小規模な村は武装勢力に狙われやすくはある。幼児期健忘の効果を狙ってなのか、児童を少年兵にするために誘拐されるのは、五歳前後が多いらしい。子供の頃の記憶が薄れると同時に、上官への依存が始まり、部隊の外では暮らせなくなる。武装集団という閉鎖空間に長く居れば、過剰適応でその環境を普通だと子供は思い込んでしまうし、周囲の大人がそうなのだから、と、犯罪行為に対する心のハードルも下がるからだ。

 そして、仕上げに縁のある村を襲わせ、土地からも血縁からも完全に切り離される。


 確保するのも骨だし、その後のカウンセリングと教育にも時間が掛かりそうだな、これは。

「おまえを、ひとじちにする。それで、にげる」

 ライフルの銃口を向けられ、軽く両手を挙げるが――。

「はいはい。……ああ、銃を渡すぞ」

 腰のマシンピストルに視線を移し、子供達の表情を見る。さっさとしろ、とでも言うように銃口が払われたので、左手で腰の拳銃を抜き――銃に視線が集まった――、手を上に上げる動きに合わせ、子供の頭よりも高い位置まで持っていくと、ひょい、と、リーダー格の少年の方へ投げる。

 放物線を描く軌道に、少年達全員の視線が上向き、それに合わせるように銃口が上にずれた。役割分担がされていない少年全員の意識が俺を離れた隙を逃さず、投げると同時に自然にだらりと下げた左手で素早く腰のスタングレネードを抜き取り、人差し指でピンを抜いて地面に転がし、横に飛ぶ。

 発砲音。

 だが、狙いはつけられていないのは明白で、近くへの着弾はない。

 撃ちっぱなしの銃口が俺を追うまでの僅かなタイムラグ。

 信管を三秒に縮めていたスタングレネードが――炸裂する寸前、手で目と耳を覆う。それでも、キィンと、脳が揺さぶられるような高く鋭い音が響いた。

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