第3話

 国境に程近い村の先、ジャングルの手前までは道路が続いていた。

 略奪品とはいえ物資は物資だからな、山岳ゲリラと密売人の取引が多少はあるんだろう。とはいえ、結局はここもアスファルトで舗装されているわけではなく、赤っぽい土がむき出しになって踏み固められている、ギリギリ車が走れる程度の道だが。

 車から降り、雇い主のNGOからの指示通り、貸与されていた軽トラックを村に提供し、徒歩で森に分け入る。なんでも、次に入るNGOがインフラ整備で足が必要との話で、俺自身は少年兵と一緒に川下りして、次の待機地点へと移る手筈になっていた。

 乾季で植生が変わっていたので、事前情報の印象よりは進みやすくはあったが、その分、俺の姿も敵の目に付く。得か損かは……どっちとも言い難いな。

 相手が話しが通じる手合いなら助かるが、子供は少し難しい。素直だが頑固でもあり、独自の信仰というか、思い込みがある。

 彼等独自の思想を否定せずに、変化するってことを受け入れさせる。もしくは、ここじゃない場所での新生活に期待させる。

 実直さではなく、詐欺師のスキルの方が必要な仕事だ。


 距離を詰めてくる足音に気付いたが、森に入ってまだ十分も経っていない。

 意外だと思った。村を一望するため、もっと遠く――少なくとも山の中腹以降の高所に潜んでものだとばかり思っていたから。

 変に鋭く動けば反射的に撃ってこられるので、気付かない振りをしながら徐に足を止め、引き寄せる。左後ろの木陰で足音が止まったので、こちらから話しかけるか迷っていると、僅差で向こうから声を掛けてきた。

「ベェレ?」

 くそ、現地語か。

 確か、ベェレの意味は……名前を訊いているのか?

「ジョー」

 まあ、本名は東条で、名前ではなく苗字なんだが、日本以外では発音がし難い名前だし、姓と名をはっきり言う意味もここではないだろう。多分、俺を識別する固有名詞が欲しいってだけなんだろうから。

 せめて、クリオ語が通じる相手が居ると助かるんだがな。

 クリオ語は、英語をベースに、所々にフランス語やポルトガル語が混ざった言葉で、英語を短縮した上で語尾が伸びるような特徴はあるが、英語で話しかけても概ね通じる。

「Can you speak English?」

 単語一つ一つを区切ってゆっくりと呼びかけると、木陰から二人の少年が出てきた出てきた。こちらの言葉を全く分からないというわけではないようだが、英語での会話は少し難しい様子だった。

 口で話すよりも物で釣った方が早そうだな。


 難民キャンプで貰ったチョコレートバーを取り出し、二等分し、割った際に崩れた欠片を口に入れる。

 熱帯用の、熱さで解けにくいが、その分、粉っぽくて食感がねっちょりするチョコだった。二等分したチョコレートバーを二人に渡す。

 俺が欠片を食ったのを見てか、二人の少年兵も、チョコレートバーを一口で食い……まあ、そんなには警戒を解かなかったが、すぐに撃って来る様な空気ではなくなった。人間、意外とそんなもんだ。緊張感は長続きしない。シリアスな空気だって、緩和の間さえ間違えなければ、笑いに変わる。

 口の前で、喋る、というジェスチャーをし「クリオ」と、クリオ語を話せるヤツはいるか、と、訊いてみる。

 二人は、早口の現地語で何事か話し合い――。

「モニ」

 ああ、これはクリオ語だな。Moneyの現地語版。訳すると、金を出せ。

 ……ったく、仕事が終わった後で、必要経費、多めにせびってやるからな。

 現地通貨ではなく、天下のUSドルで五ドル札を二枚渡すと、小猿のような動きで先頭に立った二人の少年兵がなにごとか短く叫び、駆け出した。

 ついて来い、という意味だろうな。

 これまでは北部ばかりに居たから、テムネ語は覚えていたんだが、中々ままならないものだな。

 この国では、英語が話せる人の割合がかなり高いものの、生まれ着いて英語を話す人間は一割にも満たないということを改めて実感した。子供の内は基本的には現地の少数言語を話しているが、働くために英語を覚えていく。文化的に、自分達とはなんの関わりもなかったはずの言葉を、働くために覚えざるを得ない。

 だからなのか、今現在この国で主要となっているクリオ語も、スラングや方言がかなり多かった。

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