第44話 人の不幸は蜜の味、しかしその蜜にはきっと毒がある

「それではルルさんの目標が一歩前進したところでかんぱーい!」


「かんぱーい!」


「か、かんぱーい」


「飲みたかっただけでしょ二人は」


 ジョッキを頭上で突き合わせるユノと禅を見てメルトは思わず呆れたため息を漏らす。

 二人に合わせてルルも恥ずかしそうに声を出すが段々と尻すぼみになっていき、最終的にマユラに「無理しなくていいよ~」と言われてる。


「けどまあ、あそこまでことが運ぶとは思わなかったな。正直、今回は普通に活躍できるところを見せるだけだと思っていたんだが」


「全てはルルさんの行いがいいからですよ。とはいえ、まさかあの魔物を倒すとは思いませんでいたけど」


 現在、ユノ、禅、メルト、マユラ、ルルは行きつけの食堂でお酒を飲んでいるが、それから数時間前までは強敵との戦闘が行われていたのだ。


 バルガルディという強敵に対し、ルルとラック、そしてラックの仲間二人という四人だけで戦ったのだ。

 しかし、本来は四人だけで戦うにはかなり個人戦力が高くないといけないが、英雄的肉体を有するルルが強アシストとなり、多少の苦戦はしながらも一人もかけることなく倒せたのだ。


 本来、そもそもの目的としてはラックにルルという存在の認知及び意識に置くというだけであったが、途中のイレギュラーを無事乗り越えたことで強烈な印象を残したのだ。


「とはいえ、今回のでもう少しかけて進むステップを一気に駆け抜けていった感じがするね~。案外そう遠くないうちに目標が現実になっちゃうかもね~」


「それは気が早いですよ~」


「とは限らねえぜ? 途中で俺たちが気配を嗅ぎつけてやってきた呈で帰り際にラックにルルの印象を聞いてみたがいい評価だったぜ? 『最初は少し頼りないとも思いましたが、僕たちが危機の時に一番になって立ち向かう姿は普段とは違う凛としてカッコいいと思いました』ってな」


「そ、そうなんですか~~~////!」


 ルルは顔を抑えながら身をよじらせる。決してお酒で血の巡りがよくなったことによる顔の赤みだけではない赤さがその表情に現れていた。

 そして、隠しきれていない頬の緩みはなによりもルルが喜んでいるということを示していた。


 そんな表情にユノも禅もマユラもニヤニヤ。メルトもすました顔ではあるが、少しだけ口角が上がっている。


「全く普段大人しめの子が急にカッコいい姿をみせるというギャップ萌えを駆使するとは存外やり手ですね~ルルさんは。このこの」


「ち、違いますよ~。そんな器用なことできませんって」


「それじゃあ、自然とやったってことですか!? この魔性っ娘め~」


「ははは、ユノさんくすぐるのはやめてください~」


 お酒が回って段々とセクハラおやじ気味になってきたユノに襲われるルルを横目に見つつ、禅はお酒を飲みながらメルトに尋ねた。


「そういえば、メルト。首尾はどうなってるんだ?」


「あの三人組のこと? ルルが顔見せる機会が減ったせいかイライラしているみたいだけど、特に何もしてない。もともと周囲の風当たりが強くなることを気にもせずやっていた連中だから近づく冒険者もいないし」


「それじゃあ、むしろルルちゃんがその三人から解放されて喜んでるってこと~?」


「ま、そうともいうけど、一部では報復的なことが起こるんじゃないかって」


「報復? 報復も何もルルは別にあいつらに何もしてないだろ?」


「してない......とも限らない。それはルル本人がやっていなくても、受け手側がそう感じれば成立してしまうもの」


「それはさすがにおかしいだろ」


「おかしい。でも、人の気持ちなんて時にはそんなもの。理由はなんでもいい。『ただ1回目を逸らされた』ということを相手が『怖いから逸らした』としても、受け手側が『無視した』となればそれを口実に無理やり成立させることは可能なの」


「魔女の世界じゃ考えられないことだね~。生物として雌の奪い合い以外で傷つけあうのは人間ぐらいのものだよ~」


「でも、それが人間。なまじ理性と感情という似て非なるものを手に入れてしまったが故にそうなってしまう。

 話を戻すけど、今の時点で動きはなくラックを狙って三すくみ状態ともいえるけど、きっかけさえ与えてしまえばすぐに動き出すと思う」


「敵の敵は味方ってか」


「人に幸、不幸はつきものだけど、狙って相手を不幸にさせて得た幸が本当に幸せなのかな~」


「さあね。少なくとも、そのまやかしに囚われてる間は幸せなんじゃないの? もっともこの世は因果応報で成り立ってるから遅かれ早かれまやかしから覚まさせられる時がくるけど」


「ひゅーこわっ」


 禅はわずかに身をぶるっと震わせてごまかすようにお酒を飲んだ。いろいろツケが溜まっているので、そろそろ何か来るのではと思っているのだ。


 とはいえ、それはそれとして知り合いには是非とも幸せになってもらいたいと思っている。なので――――


「メルト、引き続き報告よろ」


「どうせその善行でツケを溜めてる悪行が帳消しにならないかとか思ってるんでしょうけど、わかった」


「バレてらぁ」

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私が適当に転生させたのが悪いので謝りますから、日常を返してください 夜月紅輝 @conny1kote2

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