第35話 服屋ってデートの定番だよね

「それでまずは何を始めるの?」


「そうですね、一先ず服装の勉強ですかね」


「服装の勉強.....ですか?」


 ユノ達は湖のほとりから街の中へと戻っていた。

 そして、多くの人が行きかう大通りを練り歩きながら、ユノはルルの次なる作戦を考える。

 その後ろを禅はなんとも居心地が悪そうか顔でついて来ている。


「ええ、そうですよ。いずれ来るはデートけっせんの日。意中の相手を落とすというのは一種のクエストのようなものです。その相手を攻略するために適した武器を持っていくのは当然でしょう?」


「それは言えてる。事前準備なしにいきなり攻略なんて愚の骨頂。そうした方が成功率は上がるし、それでも無理だったなら諦めも尽きやすい」


「まあ、私個人としてはルルさんに是非とも勝っていただいてあのクソアマたちにギャフンと言わせてほしいところですからね」


「それでまずは服装からとってことだね」


「そうです。幸い、お金には困ることはありませんし。ね? ゼンさん」


「俺は財布かよ」


「その通り、どうせ酒に消えていくあぶく銭なんですから少しは恋する乙女の応援投資に使ってもいいんじゃないですか」


「まあ、いいけどよ」


 禅はそのためにこう呼ばれたことに対して何とも言えない表情をする。

 ここ最近の自分に対するユノの態度がおかしいきがする。もう言葉のナイフがすごい。

 とはいえ、言い返せるほどの何かを果たしたわけではないので、禅はグッと堪える。


「それでマユラさん、どこかいい店知ってませんか? こう冒険者が訪れるよりは町娘が訪れる適な服屋」


「あるよ。私、そこでたまに買い物したりして、店員さんとも仲いいんだ。だから、少しは安くしてくれるかもよ」


 そう言いながらマユラは禅にウインクした。

 それは禅にとっていいことがあるという意味で、禅はこの時マユラがメシアに見えた。

 そして、マユラの案内のもとに街の中を散策していく。

 それからしばらくして、マユラはショウウィンドウから飾られた奇麗な服が並んだ店へとやってくる。


 店に入っていくとその中は若い女性で賑わっていた。

 冒険に使う服というよりも、普段の日常で使う服が多い感じなので冒険者にはややいずらい環境であったりする。

 そして、言わずもがな男にはもっと辛い環境だ。


「なあ、俺入っても良かったのか? 明らかにいずらい空気なんだが」


「まあ、確かに呼吸するだけで店内汚してますし......でも、それはさすがに仕方ないことなのでどんどん汚しちゃいましょう」


「はっ倒すぞ」


 相変わらずのユノと禅をさておきながら、ルルとメルトも禅とは違った意味で居心地が悪そうな顔をしていた。


 ルルの場合は単純な委縮だ。自分がこんな場所に本当に来て良かったのかという思いから、目線は興味ありげにキョロキョロするものの動けずにいる。


 そしれ、メルトの場合は環境の場違い感だ。メルトはこれまで汚い仕事を専門でやって来て、今の装備も基本黒に近く、体にピッタリな感じである。

 故に、ここは眩し過ぎる。キラキラしたものが周囲に点在し過ぎて、場違い感がすごいのだ。


 そんな二人をよそにユノはルルに告げる。


「いいですか、ルルさん。ここは立派なデートスポットでもあります。

 買い物はデートの基本と言っても過言ではありません。

 意中の相手がゼンさんのように店内に入ることを拒否することもありますが、そこはちょっとしたわがままとして入るように促しましょう」


「ど、どうしてそこまで?」


「まあ、簡単に言えば相手との共通の話題を作ることが目的ですね。どんなだらしないゼンさんのような人でも服を着ます」


「なあ、その一言余計じゃね?」


「となれば、服は日常生活で無視できない存在となります。

 それに、いくら冒険者であっても常にクエストに行ってるわけではありませんし、私達のようにオフの日もあります。

 そんな日にクエスト装備で過ごす人はいないでしょう。

 幸い、ここは男性用の服も売っているみたいですし、狙い目としてはありありのありです」


「まあ、もっと端的に言えばその服という共通の話題で会話数を増やすことだね。

 初対面の人と仲良くするにはその人の人となりを知る必要がある。それを知るためにはその人と会話をすることが最重要。

 相手を知るという事はそれだけ相手との距離を縮めていくことに等しいからね。

 別に無理に買い物をしなくていい。ただ会話を増やすために立ち寄るだけでも全然ありだよ」


「な、なるほど。勉強になります」


 ルルは取り出した紙とペンで二人の言葉を真面目にメモっていく。

 その様子をユノはルルがやる気になって嬉しそうな顔をすると続ける。


「例えばですね......これとこれ、ゼンさんどっちの方が似合うと思いますか?」


「え」


 ユノはサッと赤い服を二着取り出す。そして、それを禅に見せた。

 禅はその突然の行動に驚きながらも咄嗟に察した。

 これは女が良くやる特有の行動だと。一見の同じ色に見えるそれでも、女側からすれば全く別の色であるということ。


 それは男性と女性の色彩感覚の違いからの話らしいが......そんなことを考慮してもわからないものはわからない。

 なので、禅は片方を選ぶことも考えたが、正直告げた。


「どっちも同じじゃね?」


「はい、ルルさん。この返答がDの名を持つ人の回答です。せめて選んでくれればいいものの、その返答すら放棄するモテない男代表です」


「そこまで言われる筋合いはねぇぞ。それになんだ? そのDの名がつくって?」


「童貞に決まってるじゃないですか」


「全国のワン〇ースファンとモテない男たちからボコボコにされろ」


「さあ、こんなクソ童貞のことは一旦放置して、先ほどの質問にさっき以外のどんな形でも返答してくれたなら、それはこっち側に歩み寄ってくれている証拠でしょう。

 ここで、返答がゼンさんみたいだったら、会話数を増やして親密度を上げるしかないですね。好感度ゼロ攻略できる相手なんていませんから」


「わかりました。とりあえず、その行動も会話数を増やすための手段と考えればいいんですね?」


「そういうことですね」


 ルルが理解してくれたことにユノは嬉しそうに返答する。

 すると、ユノが持っている服を見てメルトが思わず告げる。


「ねえ、それって同じ色の服じゃない?」


「そうですよ。ゼンさんに童貞代表としての発言をさせるためにわざわざ探すなんで労力の無駄ですからね」


「俺、そろそろ一発殴っても許される気がする」


「まあまあ、ゼン様も落ち着いて。ともあれ、せっかくここまで来たんだから今のうち何か買っておくのも手だね」


「それもそうですね。それじゃあ、チキチキ第2回ファッションコーデ―――――」


「「「それはさせない」」」


 ユノがまたもや我欲を働かせて企画を企てようとしたところを他の3人が阻止した。

 そして、その後は普通に買い物して別の場所に移動した。

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