第11話 オーク飼育当番
このジャンヌ・ダルク幼稚園では、園児たちの情操教育のためオークを飼っている。世間ではオークを飼うだなんて危険ではないのかという声もある。が、このオークは既に去勢済みである。園児たちや職員が犠牲になることはない。安全に配慮した上での飼育なのだ。
これまでの女騎士たちはオークの生態を知らなすぎた。それ故に、オークとの戦闘で負けて「くっころ」してしまうケースが非常に多い。それを解消するために、ウチの幼稚園では、幼少の頃からオークと接することで対処法を学ぶというわけだ。
「やだやだーオークこわいー。うぇええん。やだよー」
アニータちゃんが泣きわめいている。そういえば、今日のオークの飼育当番はアニータちゃんだった。彼女はオークが苦手なのだろうか。
「アニータ。当番になったんだから諦めなさい。私だって、
「こらこら、セシリアちゃん。幼稚園児が下賤なんて言葉使わないの。オークだって一生懸命生きているんだから」
僕はセシリアちゃんに注意した。全く、この子はどこでそんな言葉を覚えてくるのだろうか。
「すみません。ジョルジュ先生」
素直に謝ってくれるセシリアちゃん。やっぱり彼女は周りに比べて大人なだけあって手を焼くことは少ない。教師としては非常に助かる。
「ねえねえ。アニータちゃん。私が一緒にオークの世話してあげるから大丈夫だよ」
オリヴィアちゃんがアニータちゃんに救いの手を差し伸べた。なんて優しい子なんだろう。僕は彼女の優しさに目頭が熱くなった。
「本当? ありがとうオリヴィアちゃん。オリヴィアちゃんと一緒なら、私がんばれる!」
「私、オーク好きなの。あのぶよぶよとしたお腹の感触がたまらないの。それでいて、腕はがっちりしていてそのギャップが最高。ああ、オークに抱かれたい」
「こ、こら! オリヴィアちゃん! 幼稚園児が抱かれるなんて言っちゃいけません」
「ダメなの? なんで? ギュってされると安心するのに」
ああ、本当の意味での抱かれるか。抱かれると聞いてすぐに、大人の営みを思いついてしまった僕は心が汚れているんだ。
大体にして、こんな天使にみたいに可愛い幼稚園児がそういう意味で抱くをつかうわけがないじゃないか。全く。
◇
オリヴィアちゃんとアニータちゃんがオークの飼育小屋へと向かった。去勢済みのオークだから大丈夫だとは思うけど、やはり怖がりなアニータちゃんが心配だ。僕はこっそり二人の様子を覗き見ることにした。
オークは首輪をつけられていて、それこから伸びる鎖で繋がれている。オークは寝そべって不貞腐れているようだった。だが、オリヴィアちゃんとアニータちゃんが飼育小屋に入ると、ご主人の帰りを待っていた犬のように起き上がった。
「
オークが肉を要求している。オークは肉食魔物だ。餌も基本的に肉を中心に与えている。
「はいはい。慌てないのー。はいどうぞ」
オリヴィアちゃんがバケツの中に入っていた肉をオークに向かって投げつけた。直接手渡しするとオークに手ごと噛まれる可能性があるから正しい対処法だ。
オークは肉にがっつき、音を立てて肉を頬張る。その姿はまるで野獣。こんな凶暴な魔物が幼稚園にいていいのだろうか。この幼稚園の方針が少し心配だ。
オークは肉をあっという間に平らげてしまった。オークの目は次の肉を要求している。まだまだ食べるつもりだ。
「ほら、次はアニータちゃんがあげて」
「う、うん。やってみるね」
アニータちゃんはバケツから肉を取り出して、肉を投げつけた。オークはそれを口でキャッチして、肉を一気に丸のみした。
「あはは。すごいすごい。そんなこともできるんだ。よしよし」
オリヴィアちゃんがオークの頭を撫でた。オークはその瞬間、鼻息を荒くして興奮しているようだ。
やはり、去勢されたとしてもオーク。小さいながらも女騎士のオリヴィアちゃんと接触して滾るのは本能と言えるだろう。
「
「しょうがないなあ。アニータちゃんも撫でてみる?」
オリヴィアちゃんの突然のフリにアニータちゃんは「えぇ!?」と驚愕してしまった。その場で後ずさりして今にも逃げ出しそうだ。
「大丈夫だよ。噛まないから」
「え、で、でも怖いよ。鼻息だって荒いし」
オークが苦手なアニータちゃん。そんな彼女が興奮しきっているオークを見て怖がらないはずがないだろう。幼少期に去勢されたオークは女騎士の味を知らない。それ故に、女騎士に危害を加えることはない。このオークも生後間もなく去勢されたので、襲われる心配はない。逆に一度でも女騎士の味を知ってしまったオークは、去勢しても女騎士を押し倒すことがあるという。恐ろしい生き物だ。
「
オークがアニータちゃんに語り掛けた。しかし、それでもアニータちゃんの警戒は解かれることはなかった。
「大丈夫だよアニータちゃん。オークも自分が怖くないって言ってるよ」
「う、うん」
アニータちゃんは恐る恐る右手をオークの頭の上に持っていく。そして、ゆっくりと手をおろしていく。触れる瞬間に目を瞑り、オークを直視しなかった。
ぎこちない手つきでオークの頭を撫でていく。アニータちゃんはゆっくり目を開ける。そこには目を細めて安心しきった表情をしているオークがいた。オリヴィアちゃんに触られた時とは打って変わって興奮はしていないようだ。
「わ、わあ……す、すごい」
何がすごいのかはよくわからない。けれどアニータちゃんが出した精一杯の言葉。語彙力がない幼稚園児特有のその言葉には不思議と重みがあった。
「ね? 怖くないでしょ?」
「うん」
オークの頭を撫でるアニータちゃんの手つきが段々と慣れてくる。良かった。あれだけオークを怖がっていたアニータちゃんがオークと触れ合えるまでに成長できたんだ。そう思うと不思議と目が潤んできた。いけない。最近歳のせいか涙腺が緩くなってきている。
「
急に何言い出すんだこの変態オークは! やはり子供のころから去勢されたとしてもオークはオークだった。というか幼稚園児にして既にいやらしい手つきとか言われているオリヴィアちゃんの将来の方が恐ろしいわ!
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