第10話 新型くっコロナウイルス

 最近、妙なウイルスが流行っているらしい。どうやらこの奇病は新型くっコロナウイルスと言うらしい。


 一応全人類には感染するものの、女騎士が罹ると重症化しやすいというものだった。一体何故女騎士だけ重症化するのか。その謎は未だに解明されていない。


 果たしてこのウイルスが終息する日が来るのか。この不謹慎なネタを扱っても大丈夫なのか。そんな不安を抱えながら僕は今日も出勤をする。


 僕は女騎士ではないが、一応感染予防のためにマスクを着けて出勤することにした。もし、大切な園児達に感染させてしまっては大変だ。しっかりと予防出来ることは予防しなければ。


「おはようございます」


 僕が職員室に辿り着くと、既にメアリー園長先生とシャルロッテ先生が職員室に来ていた。


 メアリー園長先生は職員室を掃き掃除している。本来なら下っ端である僕達の役目なのだが、メアリー園長先生は進んで掃除をしてくれている。本当にこの人には頭が上がらない。


「あ! おはようございますジョルジュ先生!」


 猫なで声で挨拶しながら、シャルロッテ先生がこちらに近づいてきた。しかし、次の瞬間、僕とシャルロッテ先生の間に衝撃波が飛んできた。


 なんとメアリー園長先生が箒を振り回して衝撃波を発生させたのだ。滅多に怒らないし、お淑やかだと思っていた園長先生だけに、正直言って度肝を抜かれた。


「密です!」


「え!?」


 シャルロッテ先生は目を丸くして驚いている。正直言って僕も似たような顔をしていると思う。一体何がメアリー園長先生の気に触れてしまったのか。それがわからないのだ。


「密です!!」


 鬼気迫る表情でメアリー園長先生が再び、箒を構えた。まずいこのままではもう一度衝撃波が飛んでくる。その前になんとかしないと。


「シャ、シャルロッテ先生。一旦距離を取りましょう」


「は、はい」


 シャルロッテ先生が僕に近づいてきた時にメアリー園長先生は怒った。つまり。二人の距離が近いことが原因なのではないかと推察をした。結論から言えば、その推察は当たっていた。


 僕とシャルロッテ先生が距離を取ると、メアリー園長先生の顔は柔らかくなってきた。いつものような優しい園長先生に戻ったのだ。


「おはようございます。ジョルジュ先生。今日もいい朝ですね」


「あ、あの……メアリー園長先生……? 今のは一体……」


 僕は恐る恐るメアリー園長先生にさっきのことを聞いてみた。するとメアリー園長先生は恥じらいながらも答えてくれた。


「いえ。あなた達の距離があまりにも近かったので、つい怒りで女騎士時代の血が騒いでしまいました。今はソーシャルディスタンスを保つ時代ですよ。私の前で濃厚接触するのは許しません」


 ソーシャルディスタンス。最近よく耳にする言葉だ。新型くっコロナウイルスは濃厚接触をすることで蔓延すると言われている。だから、今のご時世は人との距離を一定に保つことが推奨されているのだ。


「いいですか。私達は大切な女騎士の卵を預かっている身なのです。職員経由でもし感染させたりでもしたら、親御さんたちに申し訳が立ちません。だから、濃厚接触は慎むようにしてください」


「はい」


 僕は返事をしたが、シャルロッテ先生はどうも納得がいかない様子だ。


「そんなー。折角ジョルジュ先生と一緒になれたのに、濃厚接触を禁じられたら……私、干上がっちゃいますよ」


 30年間干上がりっぱなしだから、今更誤差みたいなものだと思う。


「シャルロッテ先生。もう一度私の衝撃波を食らいたいのですか?」


「ご、ごめんなさい」


 現役女騎士のシャルロッテ先生を威圧する程の力を持つメアリー園長先生。実はこの人が最強なんじゃないかなと思う。



さて、今日も可愛い園児達と触れ合おう。ソーシャルディスタンスを保たないといけないから、今まで通りという訳にはいかない。けれど、彼女達を教育し導くのが僕の使命だ。


「ぐへへー。濃厚接触して、くっコロナウイルスを移してやるぜ~」


「きゃー。やめてーオリヴィアちゃん」


 アニータちゃんがオリヴィアちゃんに襲われている。いつも通りの微笑ましい光景なのだが、ここは流石に止めなければならない。何故なら今はくっコロナウイルスが蔓延しているのだ。今の時流を考えたら、この光景は微笑ましいとは言ってられない。


「ダメだよ。オリヴィアちゃん。アニータちゃんが嫌がってるでしょ」


「嫌よ嫌よも好きの内ってお兄ちゃんの持ってる本に書いてあったよ。女騎士にとってのやめろは、もっとしてって意味だって」


 本当にどこでそんな知識をつけてくるのかこの子は……


「オリヴィア。先生の言うことをちゃんと聞いて。今のは貴女が悪いわ。今は新型くっコロナウイルスが蔓延しているの。ふざけていてはいけないの」


 流石セシリアちゃん。このクラスで一番のしっかり者だ。正しいことは正しい。間違っていることは間違っているとちゃんと言えるいい子だよ本当に。


「えーでも。くっコロナの影響で、出生率が上がってるって聞いたよ」


 何で幼稚園児が出生率なんて難しい言葉を知っているんだ。っていうか、ここで出生率を持ち出すって完全に分かって言ってるな!


「出生率……? なにかしらそれ」


「よくわかんないけど、女性が赤ちゃんを産む数みたいな感じだってお兄ちゃんが言ってたよ。皆が濃厚接触するとこの数が増えるんだって」


 間違ってない。間違ってないけど、幼稚園児に何を教えてんだ。オリヴィアちゃんのお兄さんは。


「なるほど。勉強になったわ。詳しい話はお母さんに訊こうかしら」


 セシリアちゃんのお母さん……誤魔化すの大変そうだなあ。


「ねえねえ。シャルロッテ先生。先生は濃厚接触したことある?」


 オリヴィアちゃんがシャルロッテ先生にとんでもない爆弾発言をかました。ま、まずい。この人は30歳になるまで濃厚接触出来てないことを気にしている。


「オリヴィアちゃん黙りましょうね」


 シャルロッテ先生が般若のような形相でオリヴィアちゃんを睨みつけた。流石のオリヴィアちゃんもこれには怯んでしまい、今にも泣き出しそうな顔をしている。幼稚園児相手になんて顔してるんだこの人は。


「うわーん。先生が怖いよー」


 この一件でシャルロッテ先生は園児から恐れられて、必然的にソーシャルディスタンスが保たれるようになってしまったのだった。

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