二十周年プレッシャー問題

@r_417

二十周年プレッシャー問題

「成人式があるからかな? 二十年という節目って、とてもメモリアルな気分がするの」


 食後のコーヒータイム中。

 妙にしっとりとした口調で語り始めた妻・ナナミに若干の違和感を覚えた。

 というのも、ナナミは基本無邪気ないたずらっ子気質。コロナ対策自粛が続く中でも明るさの変化がなかっただけに胸騒ぎがする。とは言え、生涯ともに過ごすことを誓い結婚した間柄。このくらいで狼狽えていてはいけないだろう。俺は一旦感じた疑念をひとまず封じ込め、ナナミと会話する。


「ああ、そういうのあるよね。ということは、今年は二千年生まれの子が成人になるのかあ。え、じゃあ。ナツミちゃんもう成人になるの!?」


 ナツミとは、歳の離れたナナミの妹だ。

 似通った名前に対する当事者同士の本音は流石に分からない。だが、夏生まれであり、そしてナナミの血縁者でもあることが一発で分かる情報がふんだんに盛り込まれた他人に優しい名前だと、俺は密かに感心していたりする。


「ふふふ、そうだよー。ケンちゃんと初めて会った時、まだランドセル背負ってたもんねえ」


 同じ高校のクラスメイトとして、親しくなり、徐々に深めていった仲だからこそ、二人の歩んできた歴史の中に歳の離れた妹の存在は常に色濃く残っている。それは俺自身が、いつも歳の離れた妹を気遣うナナミの心優しさに惹かれていたからこその記憶でもあるだろう。


「だな。そっかー。あんなに可愛かったナツミちゃんがもう二十歳……。俺も歳を取るはずだわ……」

「何、言ってるの。ケンちゃんが歳取るとか言ったらダメだよー! 同級生の私、逃げ場ないじゃない」

「そりゃあ、そうだな」


 クスクスと、二人一緒に笑い合う時間はいつだって心地よい。だからこそ、忘れかけていた。ナナミの雰囲気が違っていたことを……。


「でさ、ケンちゃん。今年の夏、メモリアルな二十周年を迎える最大級に大切な存在モノは、私の中ではぶっちぎりでナツミなんだけど」

「……だけど?」


 曰くありげな笑みを浮かべて、ナナミは俺に問いかける。


「ケンちゃんも持っている大切な存在モノだって、今年の夏に二十周年を迎えるんだなあとふと気づいて。でさ、ずっと家にこもってるのも辛気臭いし。私が気付いているケンちゃんが今持っている今年の夏に二十周年を迎える大切な存在モノは何か当ててみてよ!」

「……へ?」

「で、もしも私だけが覚えてて、ケンちゃんが忘れてたりしたら……。そこまでケンちゃんが愛着を抱いていないってことで、私に頂戴! ねっ!」

「いやいやいや……」


 確かに百歩譲って、妹の存在を前面に押し出されれば、メモリアルな時期を覚えてない行為は愛着の欠如と結び付けられる流れになることは理解できる。とは言え『頂戴』というフレーズが飛び出す辺り、それは人間を含む生き物ではなく物質であることは間違いないだろう。それをナナミの妹と同列に語るのも……正直どうなの?

 などと思う節もあったが、コロナ対策自粛中に行うレクリエーションの一つだと思えば、このくらい家族、いや妻の願いを聞くことをしてもいいように思えた。


「んー。なかなか無理やりというか、こじ付け度が高い気がするけど、乗ってもいっか……」

「やったー!! 勿論、スマホやパソコンでの調査は禁止だよー!」

「分かってるよ。そこはスポーツマンシップに則り、正々堂々戦いますよ」

「さすが、ケンちゃん!!」


 そう言って、ナナミはソファーの上ではしゃいでいる。そんなナナミを観察しつつ、ふと過ぎる。


 調査は禁止、更には手に入る可能性が近づくことに喜びを見出す……ということは、俺にとっても価値があり、尚且つナナミにとっても価値があるものに狙いを定めていると踏んで、間違いないだろう。


「(ということは、趣味である釣り具はスルーの方向で)」


 勿論、釣りを煙たがって処分したい思惑ありきの行動の恐れもある。だが、こんな手放しに喜ぶ姿からは、処分するための権利を欲しているようには見えない。


 二人にとって価値のあるもの……といえば、たくさんある。極論で言えば、この家も然り、車も然り。家具、家電……。とは言え、名義の書き換え、税金の負担等を鑑みれば、離婚の煙も立たぬ中、敢えてナナミに所有権を移すほどの価値もないだろう。また、二人対等に使っている共有品も右に同じ……。

 となると、俺だけが使える自由な存在モノでありつつ、その価値をナナミも見出している存在モノということか……。


「うーん……」

「何々、降参しちゃう?」


 覗き込むナナミの表情には隠しきれないワクワク感が滲み出ている。そんなナナミの雰囲気を目の当たりにするだけで、かなりの価値ある存在モノであることだけはハッキリ分かる。


「うーん……。万人から愛される究極な存在モノといえば、お金だけど……。って、まさか!!」

「およ? 何か、分かっちゃった感じ?」


 おどけて答えるナナミに俺は自信満々に答えていた。


「答えは二千円札だな!」

「それが答えで本当にいいのかな、ケンちゃん?」

「ああ、いいよ! 『二千』年に『二千』円札を発行したってことで、話題になったもんな。間違いない!」


 ドヤ顔になる俺に額をくっつけ、ナナミは答えを渋る。

 そして、ナナミはふっと小さな笑みを浮かべて、額を離し、実に盛大なジャンプで喜びを爆発させた。


「やったー! 二千円札は諦めますが、新五百円硬貨は有り難く頂戴しまーすっ!!」

「え!? え!? 新五百円硬貨!!?」


 ルンルンと小躍りしているナナミを見つつ、プチパニックを起こす俺に向けて、ナナミがスマホを渡してくる。そこの画面に書かれていたのは……。




【二千年の出来事】


●七月

  一九日…二千円札発行


●八月

  一日……新五百円硬貨発行



「えええええ……」

「ふふふ、二千円札は余裕でたどり着くと思っていたの。だけど、二千円札が浮かべば、それで確実に思考は停止すると思ってね。二千円札も確かに魅力だけど、五百円玉も結構大きいんだよねえ」


 悔しいけれど、二千円札が浮かんだ段階で、最高の答えが浮かんだと信じ込んだ俺の思考はナナミの予想通り。ナナミのてのひらで踊ってる感じに苦笑しつつ、俺は財布を引っ張り出す。


「ははは。チリも積もれば山となる、か」


 チャリン、チャリン……。

 どうして、こんな時に限って、小銭が多いかなあ……。


「わー! まいどー!」


 ホクホク笑顔で複数枚の五百円玉を受け取るナナミを見て、強く思う。こんな夫婦のたわいない会話も積もり積もって、強固な絆になるといいな、と。そんなことを願わずにはいられない二千二十年、今年の夏も直ぐそこまでやって来ている。



【Fin.】

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