第7話 一本背負い

 肩越しに軍手をはめた手がにゅっと伸びてきた。

 美由紀は慌てず立ち止まると、ぐっと腰を入れ、その腕をつかんで豪快な一本背負いを決めた。

 警察学校で柔道を習った彼女は初段の腕前なのだ。


「イタタタタ……」


 投げを打たれたのは腰にタオルを挟んだ作業着姿の中年男だ。白髪混じりとはいえ髪の毛もあるし体格も小柄だ。防犯カメラに映った朽木弁太郎ではない。


「い…いきなりなにすんだ?!」


 作業着姿の男が腰の辺りを押さえて抗議の声をあげた。


「すみません。怪しいひとかと思って……」


「怪しいのはアンタだよ。新聞を読んでないのか。ここはレイプ事件が続発している物騒なところなんだ。

 なのにそんな『いかにも襲ってください』みたいなカッコして走って……」


 説教が長くなりそうな予感がしてきた。職務遂行のためにもここは素直に素性を明かした方がいいだろう。


「すみません。実は警察のものでして」


「なんだ囮捜査か。それだったら、管理事務所にひと声かけてくださいよ」


 どうやら作業着姿の男性はこの公園の管理人らしい。


「ったく、心配して声かけてみれば……そんなミエミエの手に犯人がひっかるかねえ」


 公園の管理人はぶつくさ嫌みと文句をいいながら引きあげてゆく。腰の辺りを大げさにさすりながら……。


「それもそうよねえ。なんかバカらしくなってきた」


 と、思わずため息を漏らした、そのとき――


 ピタ。


 ひやりとしたものが首筋に押し当てられた。


「なかなかそそるぜ、そのカッコ」


 刃が淡い水銀灯の明かりを受けて鈍く光っている。

 鋭利なサバイバルナイフだ。

 美由紀は首だけねじ向けて背後を見た。

 フードを目深に被った男の目が闇に光っている。

 間違いない。

 こいつは朽木弁太郎くちき・べんたろうだ!



    つづく

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