第4話 葬儀

 劇団主宰者の稽古場からの飛び降り自殺というショッキングなニュースは演劇界を駆け巡り、会田安宏の葬儀には演劇関係者が弔問に訪れ、祭壇の供花には有名劇団や俳優の名前が並んだ。一見すると会田の人脈を表しているようだが、実際の会田は他劇団との交流は乏しく、弔問客は逢友社の団員の知人、供花も同じ業界のよしみで贈っただけというものも多かった。


 故人を惜しむ声に交じって「まさか柳田と同じ最期を辿るとはね」そんな声も聞かれた。


 多村は葬儀の様子を傍観していた。非番だったこの日、ドライブに行く予定が、会田の葬儀が執り行われることを知って、自然と足が向いた。映像の中のジャージやスウェット姿が今日は喪服だから他の参列者と見分けるのに手こずりったが逢友社の面々を一人一人確認した。


 テレビで見たことのある女優がマイクを向けられインタビューを受けていた。マスコミも何社か取材に訪れていて、その対応に当たっていたのが滝沢淳だった。滝沢はその女優と親し気に挨拶を交わしていた。劇団内の序列は会田に次ぐ二番手で、会田亡きあとの逢友社を任されているようだ。


 それを隣でサポートしているのが西野佑樹だ。映像では激しくやりあっていたものの普段は親しい仲であることが窺える。ともに切磋琢磨しながら劇団を支えてきた。その自負もあり、その分劇団に対する思い入れも強いのだろう。映像からは舞台俳優としてのプライドも伝わった。


 一人会田に食って掛かっていた古山博美は劇団内では異質の存在のようだ。他がジャージやスウェットの動きやすい服装の中、一人カーディガンだったことからも、それが見て取れた。映像ではアンニュイな印象を受けたが、長い髪を下した黒のフォーマルスーツ姿からは大人の色気が漂っていた。


 最年少の近藤武史は現役の大学生とのことで、着ているのは大学の入学式のために購入したスーツだろう。黒縁の眼鏡も安価品に見える。上背はあるもののかなりの痩身でいかにも文化系の学生といった風貌で、見た目からは劇団員と見当はつかない。


 そして国村里沙。目を真っ赤に腫らして、涙を流し続けていた。映像では幼さをなじられていたが、喪服だと落ち着いて見えた。テレビCMで見かけるようなはっきりとした顔立ちの美少女とは違う、幼さを残した柔らかな容姿だが、化粧映えしそうな、なにか雰囲気のようなものが感じられた。


 これが現在の逢友社の全劇団員。この5人の目の前で、会田は転落という方法で自らの命を絶った。



 会田の死はテレビ番組でも扱われた。稽古中の自殺には話題性があるはずも、会田安宏は無名の俳優に過ぎない。柳田の死から5年経ち、逢友社は視聴者の記憶から消えている。死の様子を収めた映像の存在も公にはされておらず、このニュースに割かれる時間は少なく、すぐに画面から消え去った。



 桜井が部屋の前を通りかかると、中でまた多村が例の映像を見ていた。オリジナルのものは劇団に返却したからDVDに焼いたものだが、ちょうど会田が飛び下りようとしているところだ。そこで映像は終わったが、多村は身じろぎせずじっと腕を組んだままだった。


 お疲れ様ですと桜井が声を掛けた。

「どうかしました?」

 振り向いた多村に訊ねた。何か腑に落ちないことがあると背中が語っていた。


「この前、なんで口論の最中もカメラを回してたのか訊いたけど、覚えてる?」

 多村は椅子に座ったまま桜井を見上げた。


 桜井は頷いた。夜通しの事故処理で眠気に襲われていたが、そういう会話をしたことは覚えている。


「その時は、止める理由がないからじゃないかって言ったよな」


 そう答えたことも覚えている。今考えてもそれが妥当に思える。


「だとしたら、最後の場面、飛び降りる直前は何故止めたんだ?」


 その問いに桜井は怪訝な顔を浮かべた。多村がなぜそこに疑問を抱いているのか、すぐには理解できなかった。


「慌てて駆け寄ってるよな、会田のもとに。こっちの方が止める必要がないんじゃないか」


「それは・・・死ぬところを撮るわけにはいかないからじゃないですか」

 桜井は思い付いたままを口にした。


「そうすると、死ぬのが分かっていたことにならないか」


 こめかみをかいていた桜井の人差し指が止まった。多村の視線を受けたままいくばくか思案した。

「飛び降りたら死ぬって分かりますよね?」


「このほんの僅かな時間にそこまで考えたのか。これから飛び降りる、死ぬ、だからビデオを止めよう。それから飛び降りるのを止めるために駆け寄ったのか」

 教壇で講義をしているように手ぶりを付け熱のこもった口調で多村は語った。


 桜井にはこの場面は気になるものではなかった。人間はとっさの場合、理屈ではない行動をとるもので、後から冷静に判断しても結果論に過ぎないと考えていた。

「深く考えず、とっさに止めただけじゃないですかね」 


「そうかもしれないけどな」

 多村は口ではそう言ったが納得はしていなかった。頭の後ろで手を組み、宙に向かって息を吐いた。

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